第21話 豪炎とカレー

 火花が散った。星のごとく夕闇の中できらめいたそれは、瞬間にはひどく頼りなく見える。しかしその刹那の後に空気を受けて膨らみ、巨大な豪炎となって敵の一角をなぎ倒す。炎の中で一瞬のたうち回る人の影が見え、その後には焼死体だけが残された。死ぬと筋肉が縮むため、皆顔面を守るように奇妙に腕を丸めた形になっている。


 今ので二百や三百は死んだか、とフロムは感覚的に理解した。恐怖や後悔はなく、身の内には敵を討ち果たした高揚感があるだけだ。あがる黒煙を片目に、次の攻撃に備えてまた炎を練り始める。


「なんだ、今のは!?」

「大砲か、火炎放射器だ! 敵の射線に入るな、小隊ごと全滅するぞ!!」


 逃げ惑う敵に向かって、フロムは二撃三撃を放つ。異様に照射感覚が短く、しかも軌道が直線でないことから、相手は徐々に戦う気力も逃げる気力もなくしていった。なにか得体のしれない者がいて、自分たちは狩られるためだけにここにいるのだと、その魂が認めていった。


 十分に恐怖が染み渡ったのを確認して、フロムは戦場中に響き渡るような声で叫ぶ。


「我は五大神が一柱、豪炎のフロム!! 殿は請け負った、デイトの防衛部隊は即時後退し、新たな防衛陣で体勢を立て直せ!!」


 その声をきいたデイト軍は、信じられないといった表情で顔をあげた。動けるどの人間の顔にも血飛沫がべっとり付き、すでに腕や足、目を失った者も多かったが──目の前に広がる炎の渦を見て、彼らの間に生気が戻り始めた。


「フロム神……」

「神憑きがいると噂には聞いていたが、まさか五大神まで戻ってきてくださったのか!?」

「諦めるな、まだ立て直せるぞ! 重傷の者には肩を貸してやれ!」


 息を乱し、足を引きずりながらも撤退が始まる。それに追いすがろうとする敵には、雨あられと火炎が降り注いだ。火炎のカーテンは街道全体を覆うようにたっぷり三十分は現れ続け、その間に味方はかなり移動距離を稼いだ。


「……いつまでも維持しておきたいところじゃが、西の方に回す力も考えればこれが限界か。この体はかなり優秀ではあるが、やはり人を通すと限界が早いものよな」


 フロムは嘆息し、炎の壁を解除してその向こう側を見ようと目をすがめる。敵は追撃する気力を完全になくしたようで、火傷だらけの体を地に落とし、ただ見開いた瞳をこちらに向けてきていた。


 この生き残りは殺さない。生かして仲間と合流させることで、フロム復活の報を軍中に広めてもらわなければ困るからだ。西方も同じようにすれば、司令官はもはや見間違いで済ませることはできないだろう。


 フロムは息を吐いた。体を動かすことができない依代の精神が、怯えているのを感じ取ることが出来る。残酷だ、なんて殺し方を、と口が動いたなら彼女はきっと言うのだろう。


「仕方ないではないか。痛い目をみなければ、敵は戦うのを止めようとは思わぬのだから」


 戦場に出た敵を哀れだと思うことは、とっくの昔にやめている。殺すか殺されるかの場にいるのなら、どのような結果になろうとも責任はとれない。そしてフロムは、殺される前になんとしても殺すという意思の集合体のような神であった。別にそれを依代に分かってもらえようともらえなかろうと、あり方としては変わらない。


 ただしこれに怖じ気づいて、体を貸さないと言われた場合は困ってしまう。フロムのような神が人間の体を使い続けるのは負担が大きいので、どんなに頑張っても一定時間が経つと体の主導権は元の持ち主に戻ってしまう。そのことは歴史が証明していた。


「……依代が限界になる前に、ミルカとあの小僧、それに軍属どもがうまくやってくれることを願うしかあるまいな」


 フロムはそう小さくつぶやくと、今度は西側の敵を攻撃するために夜の空へ飛び去っていった。





 大翔ひろとあかりと別れ、調理隊員の先輩たちと顔を合わせていた。大翔と同じ班になったのは、下ぶくれの顔をした人の良さそうな中年男ニコルと、まだ若い新兵イラクだ。どちらも大翔が民間人と聞いてまず驚き、次いで神憑きと聞くと顎を落としそうにしていた。


「本当かい。初めて見たよ」

「いやあ、さすがにそれは嘘じゃないですか……どう見たって普通のひょろい兄ちゃんでしょう」


 イラクの方は、容赦なく大翔に疑いの目を向けてくる。素直に信じてもらえると思っていなかった大翔は、まず悪くなった食料のところへ案内してくれるように頼んだ。


「食料の荷車はこのあたりだな」

「まずは食べられそうなものと、悪くなったものを分けよう。都度やってきたんだけど、最後の方は行軍が優先だったから手が回ってなかったね」


 麻袋を用意して、皆で食材をより分けていく。全体の一割くらいは芽の出方がひどかったり変色していて、食べない方がいいだろうという結論になった。


「これを本当に食べられるようにしてくれるんだったら、俺はお前のことをずっと『大翔様』って呼ぶぜ。できるもんならやってみな」


 啖呵を切るイラクの横で、大翔は傷んだトーフィの一つを持ち上げた。指先から金色の光が散って、それが芋に吸い込まれていく。


「はい、もうやりました」

「嘘だろ!?」


 大翔が状態の改善したトーフィを差し出すと、イラクは文字通り飛び上がった。そして芋の表面を何度も指でなぞり、こわごわと状態を確かめる。


「……こんなことがあるわけねえ。そうだ、お前、ポケットに無事なトーフィをいくつか隠し持ってるんだな!? それなら説明がつくぜ」

「じゃ、納得いくまで身体検査でもしますか」


 その後、イラクとニコルは二人がかりで大翔の体を調べた。そしてようやく二人が納得した後、大翔はあっさり傷んだトーフィを元に戻してみせた。


 流石にこれにはイラクも言葉がないようで、「なんだ……あの……あれだ!」という急にボケたようなことしか言えなくなっていた。


「なんなら全裸でやってみせたって構いませんよ」

「わ、悪かったよ大翔。こいつはすげえや……」

「大翔?」

「……大翔様、申し訳ございませんでした……」


 イラクがつっかかってこなくなったので、大翔は自分の仕事にとりかかることにした。少し悪くなったトーフィと、保存肉を使って作れる料理。芋の品質の悪さをごまかせる味がしっかりした物がいい。


「カレー風味の炒め物にでもするかなあ」


 スパイスはいくつかあったから、完全再現とはいかなくてもそれに近いものはできるものだ。パンにはさめば作業の合間に食べられるし、食器の準備も少なくて済む。後は温かいお茶やコーヒーの類いがあれば、夜食には十分だ。


「かれー?」

「ああ、スパイスを使った料理ですよ。試作してみます」


 とりあえず、軽く茹でたトーフィの皮をむいて千切りにし、保存肉を炒めた鍋に放り込む。芋が十分脂を吸い、芯がなくなって柔らかくなったら、スパイスと塩を混ぜ込んで味を調える。それをバターを塗ったパンにはさめば、一品完成だ。


「はい、食べてみてください」


 差し出しても、イラクは眉を八の字にしていた。案外気弱そうなニコルの方が精神的にタフなのか、躊躇なくかぶりついて顔をほころばせる。


「これは美味いねえ! 悪くなったトーフィで作ったとは思えないや」

「え、本当ですか?」


 ニコルのことは信用しているのか、イラクもサンドイッチを食べた。ひと口食べると止まらないらしく、あっという間に一個完食してしまう。カレーって一気に食べたくなるんだよな、と大翔は苦笑いした。

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