第20話 初陣

「……あかりさん」

「私が行くなら、大翔ひろとは不参加でいいだろ。神が憑いてるのは私が保証するが、とても戦闘向きの能力じゃない。それはラシャもよく分かってるはずだ」


 ラシャはそれを聞いてうなずく。


「レイラ、車を飛ばして大翔くんを近くの村へ送り届けられるか。任務を達成したら、全速力で戻ってこい。故障がなければ、馬の足には追いつけるだろう」

「了解しました」


 返事をすると同時に、レイラは背を向けて運転手と車の整備を始めた。その間に灯とラシャが、ザザに大翔が離脱する理由を説明してくれている。大翔は外された荷車を見ながら、ひとり考えを巡らせる。


 リシテアを守るため、自分も何か力になりたい。そしてできるだけ灯の側にいてやりたい。自分で決めたこととはいえ、フロムが好き勝手した後に灯がまた傷つくのは、避けようがないだろうから。


 しかし、ただ行ったところで何もできないのであれば、不幸を生むだけというのも分かっていた。灯を乗っ取ったフロムは、理由もなく自分を守ってくれるような優しい存在でもないだろう。


 何か証拠が欲しい。自分が戦場で役に立てるという、証拠が。


 必死で視線を巡らせた次の瞬間、荷車の中身が目に入った。缶詰や瓶詰に混じって、比較的日持ちのしそうな生鮮食品も積んである。自分が食い込めるとしたらここしかない、と大翔は勘でつかみとった。


「待って下さい。行きます。俺も一緒に行きます」

「大翔、何を言い出すんだ!」


 大翔が手を上げると、灯が気色ばんだ。その顔には落胆の色もある。しかし大翔はそれを遮った。


「俺に宿っているのは食神ミルカです。腐りかけた食料も、俺がいれば食える状態に戻せます。籠城で備蓄を食いつぶすしかない状況に陥ったなら、必ず俺の能力が役に立ちます!」


 叫んだ声を聞いて、ザザが大翔を見返した。


「それは嘘ではないな」

「疑うなら、この場に腐りかけたトーフィでも持ってきてください。変えるのに十秒もかかりません。俺がいれば、最後の最後まで軍が飢える可能性を減らせます」


 大翔はさらに続ける。


「そして俺は料理人でもあります。条件の悪い食材でも、兵の士気を落とさない食事を作り、必ずテラウ防衛戦を有利に運ぶことができます。──お願いします、連れて行ってください!」


 頭を下げる大翔の耳に、しばらくしてザザの苦笑交じりの声が聞こえてきた。


「ラシャ。よくも私にこんな大事なことを隠していたな。得がたい能力ではないか」

「申し訳ありません、閣下。しかし、無理強いして参加させても、良い結果にはならないと思いまして」

「顔を上げよ、少年」


 大翔は言われるがまま、頭の位置を元に戻す。引き締まった顔をしたザザが、大翔を正面から見つめていた。


「名は?」

「中村大翔です。中村が姓で、名が大翔」


 ザザがそれを聞いて微笑んだ。


「では大翔、軍命により貴殿を調理部員として召し抱える。終戦時にはそちらの灯と同様に、名誉従軍者として相応の処遇を受けることになるだろう。……だから、良い目を見るまで決して死ぬなよ」

「はい!」

「総員、休憩は終わりだ! 荷車を戻し、隊列を組め。日が落ちるまで、テラウに向かって進軍を続けるぞ!!」





 一行はテラウの町でなく、その後方の丘に向かってひた走った。自動車なら一日ほどと言われていた距離だったが、馬に合わせると三日ほどかかった。大翔たちが到着した夕方ごろにはまだ丘の上に敵の姿はなく、集まってきた援軍が陣地を構成するために火器を運び、塹壕を掘ったり盾を作ったりしている。


 ここで大翔と灯は別れ、灯はフロムに体を譲り渡した。奥で食事の準備をする大翔たちを置いて、フロムはザザ、ラシャと戦場の状況把握に努める。


「予想より早く着きましたね」

「しかし陣地を完璧にするためには時間がなさすぎる。欲を言うなら二日三日の時間が欲しいところだ……到着してしばらく、にらみ合いを続けてくれていればいいのだがな」


 しかしそんなザザの望みは、通信兵の連絡であえなく潰れることとなった。


「今朝、町の北西で敵の偵察部隊と本邦駐留部隊が接触したと報告有り。互いに援軍を送り合い、収拾がつかなくなってきています!」


 その報告を聞いて、ラシャの顔も険しくなる。


「長い間にらみ合ってからの暴発です。おそらくもうこれを止めることは不可能でしょう。せめてあともう一日遅ければ!」

「……始まってしまったものは言っても仕方無い。テラウにいる隊の状況はどうなっている」

「線路沿いに展開している部隊は押されておりますが、未だ尾根で陣地を作り戦闘を継続中。テラウ残留部隊は西、北、南に兵を割いて敵侵入に備えております」

「直ちに伝令を送れ。南には援軍到着、西と北に優先して兵を回すようにとな。なんにしても最善は、テラウを抜かれぬことだ」


 司令官たちの会話をフロムは黙って聞いていた。そしておもむろに口を開く。


「このままでは済むまいな。時にテラウに近い北側には、必ず増援が来ると見ておいた方がよかろう。万が一西の決着が付く前に北の守りが抜かれれば、挟み撃ちにあって間違いなく防衛隊は壊滅する。引き際を見失わぬことが肝要と言えような」

「……全てフロム神のおっしゃる通りです。懸念を裏付けるように、北の防衛隊へ向かわせた連絡隊の帰りが遅い。ご出陣を願うのもそう遠いことではないかと」


 最悪の予想というのは当たる、いやそれ以下の知らせを連れてくるという、嫌な常識はフロムの生まれ故郷にもはびこっているらしかった。間もなく続報を持ってきた通信兵は、明らかに色を失った顔で告げる。


「北部にシレール軍の増援が現れたと報告有り! 本日正午近くに到着し攻撃開始、北方防衛隊第二軍団はすでに壊滅。第一軍も半数が死傷するという激戦。もう北方防衛線はいくらも持ちません!」


 最悪の知らせに、ザザがさっとフロムを振り返った。フロムは状況を聞いて、満足そうに微笑む。


「分かっておる。北の敵を蹴散らし、味方を撤退させる時間を作ってみせよう。その間に西の軍にも撤退命令を出せ。私が北を食い止めている間に、奴らが逃げてこられなければ意味がないからな」

「西の軍は追撃してこないでしょうか」


 やや不安げに聞いたラシャに、フロムは笑った。


「それはなかろう。日が落ちかかって足下がおぼつかない上、五大神フロムが顕現したとあれば無策でつっこんでくる愚か者はまずおらぬ。せいぜい、悪名が広がるように派手に動いておくとしようか」

「北方の同胞を、どうぞよろしくお願いします!」


 頭を下げるザザとラシャを残して、フロムは陣地を離れた。町に向かってひたすら飛ぶと、下から風に乗って悲鳴が聞こえてきた。神であるフロムは、それが人々の絶望を含んだ声だと感じ取ることができる。


 フロムは少し高度を下げた。下でうごめく人の波が見える。司令官が死にでもしたのか、隊列の動きが少しぎこちなかった。ただ、代理が立っているのかまだ完全に秩序が崩壊したわけではない。


 逆に敵は勢いに乗って攻めかかっており、巨大な黒い塊が伸縮しながら襲ってくるように見えた。フロムはただ、その化け物のような影に向かってすんなりとした腕を向けた。



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