第19話 君の決断

「それが……」


 ラシャが言いよどむと、ザザが軽く眉を上げる。


「どうした。民間人といえど協力者なのであろう。戦場に赴くに不都合はないと思うが」


 ラシャはまだ困っていた。実はまだ大した信頼関係がないため、前線には出さないつもりだったとは言いにくいのだろう。フロムが先走って炎で攻撃なんかしなければ神憑きとバレなかったかもしれないのに、本当に余計なことをしてくれたと大翔ひろとはほぞを噛んだ。


 大翔もラシャに加勢したいところだが、ろくな情報なしでは援護が逆効果になることもありえる。だからすり足で灯に近寄って、耳打ちした。


「フロムのせいでややこしいことになった。ここでうなずいたら、有無を言わさず戦場行きだ」

「……どうするの」

「適当に事情を聞いて、納得できないと言って断ろう。いざとなったら今度こそフロムの力で振り切って逃げる」


 それを聞いたあかりは、複雑そうな顔で首を横に振った。


「フロムは戦いたがってる。出したら絶対に逃げ出したりしない。切り抜けるには、私たちだけでなんとかしないと」

「この戦ジャンキーが……」


 話の流れだと、ラシャをはじめとする主力は戦場へ直行しなければならないようだ。彼らにくっついて行くのと、フロムの力なしでリシテアまで戻るのとどちらが危険だろうか。


 大翔が決めかねていると、ラシャがようやく口を開いた。


「実はこの二人、神憑きだが他国で育った者です。協力してくれるかは、事情が聞いて彼らが判断すること。私も詳しいことが聞きたいので、まずは説明をお願いできませんか」


 それを聞いて、ザザが顔をしかめた。


「そのような甘いことを……しかし、ちょうど馬を休ませねばならぬ頃か。神憑きたちよ、しばし説明する。が、猶予はあまりないと心得られよ」


 そう言ってザザが馬から降りてくる。黒い馬はわずかに身じろぎしたが、大人しく荷から出された水を飲み始めた。他の馬たちも一旦重い荷車を外され、ほっとしたような空気を漂わせている。


 大翔はザザを見上げ、勇気をもって話しかけてみた。


「……まず、本当に基本的なことで申し訳ないんですが……テラウを攻撃してるのはどこなんですか?」

「北の大国シレールだ。まさか、シレールまで知らぬとは言わんだろうな」

「知りません……」


 それを聞いて何か言いかけたザザを、ラシャが手で制する。


「少佐、申し訳ありません。彼らは本当に知らないのです」

「えらく田舎の出身なのか、世捨て人でもしておったのか……」


 渋い表情をしつつ、ザザは口を開いた。


「シレールはこのデイトと北、北東方面で接する大帝国だ。着実に南下のため領土を他国から削り取っており、我がデイトも国境付近の地区がじりじりとやられている。野心を絶やさぬ好戦的な国家だ」

「なるほど。北方の国なら、不凍港が欲しいという理由もありそうですね」


 大翔が言うと、ザザはわずかに笑った。


「田舎者だが、頭の回りは悪くなさそうだな。もちろん、奴らの狙いはそれもあるだろう」


 しかし灯は話についていけず、不思議そうな顔をしていた。


「不登校?」

「お前、絶対違うもの思い浮かべてるだろ。寒い地区だと、港に氷が張って船が動かせなくなるんだ。そうなると貿易にも差し支えるし、軍事行動も制限される。だから冬でも凍らない港、つまり『不凍港』が欲しいわけだ」


 説明を聞いて灯はうなずいた。


「……ですが、シレールは野心を持ってはいるがバカではない。だから、侵略する時には必ずもっともらしい理由をつけてきた。領土への侵攻や住民の虐待といったものを。しかしテラウほどの要衝を攻撃してしまえば、言い訳はききません。全面戦争に踏み切る以外なくなります。ですから私はテラウはしばらく安全とみて、この二人を送り届けようとしていたのです」


 今度はラシャがザザに話しかけた。


「彼らは何故攻撃に踏み切ったのですか? そして、どう始末をつけるつもりなのでしょう?」

「……急な呼び出しだったゆえ、私にもそこまでは分からん。だが、なんらかの理由でそれを正当化できるようになったということだな。とにかく、奴らは万単位の軍を率いて南下してきた。まずはテラウなどの要所を締め上げてリシテアを孤立させ、弱ったところを叩く作戦だろうとみている」


 補給がなくては戦えない。それは、人も都市も同じだ。大翔は理解している、というしるしにうなずいてみせる。


「……難しいことはよくわからんが、味方はそれを黙って見てたのか?」

「当然進路を妨害しようとしたらしいが、前述の理由でテラウ侵攻はまずないとみていたから、配備の兵に対して敵の数が多すぎた。状況はかなり不利、すでに明日には、テラウは向こうに取られているかもしれん」


 大翔はそれを聞いて、驚きの声をあげた。


「もう町が落ちているのに、救援に集まったらさらに叩かれるだけじゃないんですか?」

「いや、現地の地形を考えると、町を落とされたとしてもそれで素直に終わりにはならない」


 ザザはそのあたりに落ちていた小石を拾うと、地面に簡単な図を描き付ける。町を示す家のようなマークの横に二本の線があり、そのさらに下に大きな丸印が描かれていた。


「町の南側に丘がある。この丸だ。その側に二本の筋、この尾根があるから絶対的ではないが、高所の有利が生きている。町を捨てても丘に防御陣地を置けば、南からやってくる援軍と合流し敵を迎撃できる」


 大翔と灯は黙って図を見つめた。


「まず確実に、丘沿いにある尾根筋──丘の北と西は敵に取られる。時間が経てば奴らは西側から回り込んで、南の方も固めて完全包囲の体勢を整えてしまう。その前にできるだけ援軍がテラウ付近に到着していなければ意味がない、こちらの負けだ!」


 ザザは身を起こし、まっすぐに大翔たちを見る。


「テラウが落とされたら、奴らが首都リシテアを攻撃圏内におさめる。そうなればもはや手加減不要、全力で陥落させにくるだろう。過去の略奪、陵辱、放火の歴史がまた繰り返されるというわけだ」


 その言葉は、今までにないほど大翔の胸を刺した。あの町並みが壊される。ルタンが、町の人々が襲われる。それを想像すると、大翔の胸の中がざわついた。


「ザザ、だったっけ。……私は、ラシャと一緒に行こうと思ってる。私の中にいる神に主導権を譲れば、少なくとも死ぬことはないだろうし」


 先に覚悟を決めたのは灯の方だった。


「戦いたいわけじゃない。人を傷つけた時の感覚って、いつまでも体に残って嫌な感じがするから。でも、私はルタンやリシテアの人たちを死なせたくない」


 灯はつぶやくような小さな声で言ってから、ラシャを見上げた。


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