第14話 なぜか大繁盛!
「へ、へえ~……それは、良かったですね」
「君らも知らないかあ。まあ、噂の出所がお調子者のリックだからなあ。また適当
なこと言ってるだけかもしれないけど」
「あの野郎」
「え、何か言った?」
「いえなんでも」
帰ったら絶対にルタンからリックの家を聞き出し、そしてシメる。
「……じゃあ、俺たちそろそろ帰ります。お店、教えてくださってありがとうございました」
「ああ。気をつけてな」
手を振ってくれる気のいいカップルに別れを告げ、大翔たちは最低限の買い物だけして宿に戻った。
「おー、お帰り。今日は何を作ってくれるんだ?」
呑気にリックが宿の食堂でくつろいでいた。それを見た大翔は、風よりも早く動いて彼の頭部を両手でホールドする。
「何を町中に広めてるんだ? ことと次第によっては明日、あんたの葬式が出ることになるが」
「お前温厚そうに見えて切れると容赦ないな!?」
「家訓は『やられたらやり返せ』なのでどうぞよろしく」
大翔ににらみすえられ、リックは眉間にうっすら汗をかき出した。
「……まあ、手をお離しよ。最初にあんたのことをしゃべっちまったのは、この男じゃないんだよね」
ルタンに言われて、ようやく大翔は手を緩めた。
「でも、町ではこの男が出所って話になってましたよ」
「そりゃ、ちょっと広まる間に話が変わっちまったんだね。正確には、その男の長女だね。『ルタンおばあちゃんのシチューが美味しかった』って話をしてたら、側の大人が聞いてて広まっちまったらしい」
「なるほど。それならその子を責めるわけにはいきませんね」
大翔はそう言って、再びリックに向き直った。
「これ幸いとヘラヘラしてるこの男には腹立ちますが」
「いいじゃねえかよおー。こうなったらもう開き直って、ここの料理人になっちまえば。お前、向いてると思うぞ?」
大翔はそれを聞いて、手を離し少し立ちすくんだ。料理人に向いているといわれて少し嬉しかったのもあるし、今更否定したところで話はすでに広まってしまっている。今日、何も知らない人間が夕食を食べに来る可能性は結構高かった。
「……大翔。やってみたら? お金も入るし」
同じ事を考えたらしい
「ルタンさんはそれで構わないんですか?」
「あたしは、亭主の味がまた食べられて嬉しいねえ。あんたの負担にならない範囲でやってみなよ」
「分かりました」
大翔は腹をくくった。ラシャがなんとかしてくれると期待してただ待つより、己の手でこの世界に居場所を作りたかった。そのチャンスが今、偶然にも訪れたとしたら──利用しない手はない。
「……リックさん。市場に行って、今から言う物を買ってきてください。大至急」
「ええ、俺が!?」
「それで今回の件はチャラにします。夕食もサービスしますよ」
「行ってくる!!」
飯をちらつかせると、リックはすぐに部屋を飛び出していった。大翔が料理の準備をしていると、間もなく彼が帰ってくる。大量の買い物だったので店の丁稚が運ぶのを手伝ってくれていた。
買ってきたのは、大量の香味野菜と肉の骨、スパイス、キノコ、牛乳、バター、茄子に似た野菜にナッツ類。それに丸い全粒粉のパンと角切りの牛肉。大翔は全ての食品の品質を確かめたが、リックの目は悪くないと結論を出した。
それからが慌ただしかった。肉の骨と香味野菜をゆででまず出汁を取る。その間に材料を片っ端から切り、前菜作りにとりかかった。
ナッツを細かくすり鉢で潰し、香草、スパイス、塩でちょっと濃いめに味をつける。茄子もどきを薄く切って色づくまで焼いたら、ペーストをくるんで一品完成だ。
煮立っていた出汁が出来上がったら布でこして、スープのベースを作る。刻んだキノコをゆでて牛乳とバター、出汁を加え、軽く温まったら具材を荒く潰してポタージュスープにした。
そして最後は牛肉の串焼き。本来なら前日からスパイスに漬け込みたいところだが、時間がないので焼いた肉にソースをつけて食べてもらう形にした。
「よし、これを使うか」
今日市場で味見をして、料理に使えそうな魚醤とウスターソースに似た調味料、それにはちみつを買っておいた。自家製トマトもどきペーストにそれらをぶちこみ、香味野菜でアクセントをつければ特製バーベキューソースの完成だ。後は串に肉を刺しておけば準備完了。
全ての料理セットにパン食べ放題をつけて、強気で三千五百円の価格をつけた。今日は色々買いこんだので、その赤字を補填する意味もある。
「これだけ作って、誰も来なかったら大赤字だな……」
大翔は厨房でひとりごちた。しかし、その三十分後になると、最初の客が宿の扉をたたく。中年男性二人連れの客は、よほど楽しみにしていたのか頬を紅潮させていた。
「今日はキノコのスープ、ジャーニニ、牛の串焼きの三点定食だよ。パンは食べ放題。それしかないけどいいかね?」
「いいよ、いいよ。早めに頼むぜ」
「酒はないのかい?」
「仕入れが間に合わなくてね。それに料理人が若いんで、しばらく酒は出せないから勘弁しとくれ」
ルタンが断ってくれると、男たちは納得した様子だった。大翔はそれを確認してから、まず茄子もどきの冷菜、ジャーニニを運んでもらう。そして厨房からこっそり様子を覗いていると、男たちは欠食児童のように前菜にかぶりついていた。
そしてしばらくまじまじと空になった皿を見つめてから、ぽつりとこぼす。
「この味だよ、この味……」
「いや、正直半信半疑だったんだが、本当に親父さんが蘇ったみたいだ。恐れ入ったよ。ルタンさん、いい人が入ってくれて良かったねえ」
やがてリックも会話に加わり、場が賑やかになってきた。そこでキノコのスープを温めて出し、牛肉の焼きにかかる。
「大翔、もう三人来た」
「はいよ」
追加で客が来たので、灯にもヘルプに入ってもらう。冷菜を運び、場をもたせたところで牛肉がいい感じに焼き上がった。
「肉自体には薄味しかついてないから、ソースにつけて食べるように説明してくれ。ちょっと盆が重いから落とさないようにな」
「分かった」
灯は小さな体でくるくるとよく厨房と食堂を行き来した。さらに客が入って十人定員の食堂がいっぱいになり、外で待っている人まで出たと報告してくれる。
「外は何人くらい?」
「二人連れが一組と、四人連れが一組」
「分かった。じゃあ、今日はそこで打ち止めにする。その旨伝えるよう、ルタンさんに説明してくれ」
最初の材料で作れるのは二十人強くらい。大翔と灯、ルタン、それにイリアの分を確保するとなると、今の人数でギリギリだ。
夢中で料理を作っていると、軽々と一時間半が経過していた。最初に入った客が精算を済ませる頃か、と大翔がふと思った時、食堂の方からルタンが手招きしているのが見える。
「ちょっと、忙しいだろうけど。切りのいいところで出てこられないかい?」
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