エメラルド
ナナシリア
エメラルド
俺に希望と呼べるものは何一つなかった。
希望がなかったというよりは未来の検討がつかなかった、結果が出なかったという方が正しいのかもしれないが、希望も確かになかったと思う。
でもそんな俺を救って、今の幸福まで導いてくれたのは、このエメラルドを模した石のお守りのおかげだ。
「いったいなんなんだろうな、このお守りは」
俺が買ったわけでもなく、誰かからもらった記憶があるわけでもなく、なぜかすぐそこにあった。
いったいなんなのかはわからない。でも論理ばかり求めていた当時の俺には珍しく、捨てようというつもりにはならなくて、それどころか時には頼ってしまうくらい、大切にしている。
論理を優先して大切なものを見失ってしまった俺を現実に引き戻してくれたのも、このエメラルドを模したお守りだった。
「喉元まで出かかってるのに、思い出せない」
本来あるべきなにかが欠けているような感覚。
俺が感謝するべきなのはこのお守りではないような気がして、だけどなにに感謝すればいいのかわかるわけじゃなくて、考え込んでしまう。
「ははっ、非論理的だな……」
でも、非論理的だからと言ってこのお守りを糾弾するのはおかしいと心か訴えかけてくる。
考えても仕方ないので、パソコンを開き小説サイトを開いて、期限までもう間もない原稿作業に手を付ける。
原稿とは別の、小説サイトに投稿済みの最新作につく無数のコメントの中で、一つ気になるものを見つけてしまい、原稿作業に手を付けなければならないのにクリックしてしまう。
『結局自分の書きたいものを書くことにしたんだね。良かった』
その瞬間、存在しないはずの記憶が現実味を帯びて脳裏にフラッシュバックした。
『少しは息抜きを――』
『君の表現を捨てるべきじゃ――』
『この作品はさ――』
『本当に、自分の好きなジャンルは後回しに――』
論理を優先して大切なものを見失っていた僕を現実に引き戻してくれたのも、感謝するべきなのも、エメラルドを模したお守りじゃなかった。
このエメラルドを模したお守りは、僕の人気がまだまだ出なかった頃に助手として僕の作品と向き合ってくれた少女が、活動のモチベーションにしようとお揃いで購入したものだった。
彼女のおかげで僕はここまで来られた。
きっと僕は、彼女を愛していた。
普段はコメントに返信しない俺だけど、彼女のコメントに返信しないわけにはいかず、返信ボタンを押す。
でも、インターネットの大文豪などと言われてきた俺だけど、彼女にいったいなんと言えばいいかはわからなくて、頭を悩ませる。
『僕は僕の表現を捨てるべきじゃなかったみたいだ。ありがとう』
彼女が僕に言ってくれた言葉を引用して、答える。
喧嘩別れしてそのまま卒業してしまった以上、彼女と会える可能性は限りなく低いが、インターネットの広い海で見つけてもらえたことが幸福で、幸運で、俺に希望をもたらしてくれた。
僕と俺を救って今まで導いてくれたのは、エメラルドを模したお守りであり、彼女でもあった。
彼女と再び出会えたことが、少しだけでインターネット上でも話せたことがとても嬉しくて、俺はエメラルドを模したお守りをそっと胸に抱いた。
エメラルド ナナシリア @nanasi20090127
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