ルビー
ナナシリア
ルビー
『優輝くん、私は卒業するけど、頑張ってね』
そう言って記憶の中の先輩が記憶の中の俺に差し出したのは、一見ルビーのように見える、宝石だった。透明のプラスチックの箱に設置されていて、おもちゃとかではないように思える。
『これは?』
『コランダムに人為的に元素を加えて表面を赤くしたもの。ルビーのパチモノって感じだね。しかも、無理に透明にしたから脆い』
『じゃあ、あんまり直接触らない方が良いんですか?』
『そうだね。割とすぐ変色しちゃう』
卒業するのは先輩だというのに、俺がプレゼントをもらってしまっていいのだろうか。そう思って俯いた俺に、先輩は続けた。
『ルビーの石言葉は、情熱と、勝利。頑張って受験に勝利するんだよ、優輝くん』
『ごめんなさい、俺先輩へのプレゼントとかは持ってきてないんですけど……高校でも頑張ってください!』
『ありがと』
先輩は心から嬉しそうに微笑んだ。そんな先輩が愛おしくて、好きだと思ってしまう。
結局俺は、先輩が卒業するまでこの気持ちを先輩に告げられなかったけれど、必ず先輩と同じ高校に入って、そこで言おう。卒業式のあの日、そう決心した。
そのはずなのに、俺は今一体どうしてこんなに遠回りをしているのだろうか。先輩への気持ちはどこかに溶けてしまったのか?
俺は机の上に飾っていて少しも色褪せていない先輩からのプレゼントの方へ視線をやる。この石はルビーほど高額ではないものの、中学生からしてみればかなり値が張る。そんなものを受け取っておいて、この体たらく。
先輩は部活でもトップクラスの実績を上げていたが頭もよかった。そんな先輩と同じ高校に進学したいというのだから、並大抵の努力で届くわけがない。届くわけがないのに、努力することを拒んでしまう俺がいた。
俺は、どうにかしようと机の上の、石が入った箱に手を伸ばす。
その時、ベッドの上に放置していたスマホが振動した。
着信は先輩からのものだった。今の俺が先輩からの電話に出るべきなのかわからなくて少し躊躇ってから、電話を無視するわけにはいかなくて電話に出る。
「はい、先輩ですか?」
『うん。優輝くん、受験勉強頑張ってる?』
先輩が世間話のつもりで訊いたであろう何気ない言葉だったが、頑張ってると容易に返すことは出来なかった。
『優輝くん?』
「……俺、頑張ってないんですよ」
『……そっか。優輝くんの志望校って、私が通ってるところだよね?』
「はい」
突然志望校なんて尋ねて、一体どうするのだろうと思ったが、隠す理由もないので大人しく話す。
『私、また優輝くんの先輩になりたい。だから、勉強頑張ってよ』
俺は先輩に求められていることがわかり、嬉しくなった。暗闇で覆われた視界が開けたようだった。
同時に、同じような構図を過去に経験したことがあるように思えてくる。
小学校に入ってすぐだったから、九年前だろうか、親同士の付き合いがあってよく遊んでいた一つ上の女の子——その子に慰められていた時だった気がする。
『ゆう、くん……』
「はる、ちゃん……」
言ったのはほぼ同時で、電話越しに懐かしい呼び名が聞こえてきて俺はさらに嬉しくなった。
なぜ忘れていたんだろうか、俺にとっては忘れられない記憶だったはずなのに。
それでも、思い出せたことが嬉しくて、あの時の女の子と再び出会えていることが嬉しくて、無限のモチベーションが湧きだしてくる。
『ルビーの石言葉……良縁、って言うのもあるんだよ』
先輩がなにかボソッと呟いたが、聞こえなくて申し訳なく思いつつも訊き返す。
「すみません、聞こえませんでした」
『や、なんでもない。受験勉強頑張ってね』
勝利へ向ける情熱は、底なしに湧き出てきた。
ルビー ナナシリア @nanasi20090127
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます