夏が、終わる。

@sakuramai0108

第1話

夏が、終わる。

若干ジメジメした和室にリーンと音が響き、線香の甘い香りが鼻を刺す。


僕たちは車でたったの2時間しか離れていないのにも関わらず、毎年このお盆の時期にしかこの家に──祖父母に会いに──来ない。だから、この家といえば、この線香の香り。それは16歳になった今でも変わっていない。


だからこそ、僕はこの香りが大好きで、そして大っ嫌いだ。


はやくこんな家から逃げ出したい。だけど、離れたくない。


8月ももう終わりに近づいている。


少し寂しさはあるけれど、ここから離れることのできる安堵感が僕の眠気を誘ったらしい。


気づけば僕は、’あの’ 和室で眠りに落ちていた。


────────────────────


「ちょっと颯太、起きて!おばあちゃんが呼んでる!」


知らねぇよ、なんてこの時の僕は言わない。

まだぼぅっとする頭を無理やり起こして返事をする。


「あぁ、うん。今行くってば。」


でも、行ってみても特に僕に用事があるわけではないらしい。


大抵は『颯太また大きくなったねぇ』とか

『美味しい野菜が取れてねぇ』なんて、正直どうでもいい話だ。


だけど、今までで2つだけ、聞いて良かったと思っている話がある。


ひとつ目は、単純にお小遣いのこと。


ふたつ目は───

「颯太くん、夏祭りに行ってみないかい?」


──夏祭りの、こと。


以前から『夏祭り』というものに興味があったから、おばあちゃんからこんな提案があるのは思ってもみないことだ。


だから、僕はソッコーでOKの返事をした。



そして、今日がその夏祭りの日。


あの後血迷ってしまったおばあちゃんの提案により、なぜかおばあちゃんのお隣さんの女の子と一緒に夏祭りに行くことになった。


本来ならばたった5,6歳の子供だけで夏祭りに行くなんて考えられないけれど、過疎化が進みすぎたこの街にそんな常識は通用しなかったらしい。


あとから聞いた話だと、その女の子は僕に好意を寄せていたそうだ。


ただそんな事この時の僕が知るはずもなく。


でもやはり、あまり話したこともない同年代の女の子と会うというだけで緊張するという慣例に大人しく従って、僕はその女の子──千聖ちゃんというらしい──を待っている。


5分くらい待ったのち、僕は千聖ちゃんと一緒に会場までの道を歩きはじめた。

(ちなみにこの時は周囲の大人たちが僕たちを生温かい目で見守っていることをしらない)


何を話せばいいのか分からずひたすら千聖ちゃんを見ていると、何を勘違いしたのか頬を赤く染めた。


「っその浴衣、綺麗だね。」


苦し紛れに僕の口から出たのは、紛れもなく素直な、浴衣の感想。

(ちなみに『この子天然の女タラシだ、、』とこの時周囲の大人は思った。)


だけどその発言は、まだ5歳でしかない少女をオトすには十分らしく。


その後2人で金魚すくいやくじ引きをしていたが、綺麗な色の金魚をくれたり、くじの景品のお菓子を分けてくれたりとどうしても僕を喜ばせたいようだった。


あっという間に時間は経ち、僕たちは花火が綺麗という噂の広場に来ていた。


広場にはかなりの人が集まっている。まるで過疎を感じさせない混みかただ。


それに、目の前に立っている人たちの背が高すぎて空がよく見えない。


あっ、と声を上げる間もなく、大きな華が空に広がった。


綺麗、と見惚れている僕に、目の前に立っていたお姉さんが振り返った。


「キミ、花火見るのは初めて?私、毎年屋台の手伝いで見れなかったから今年こそはって思ってたんだっ。やっぱり、見れて良かったぁーー!」


その一瞬だけ、僕は花火を見ることを忘れていた。


いや、正確には、花火がただの背景にしか見えないほどに、名前も知らないお姉さんに、見惚れてしまっていた。


花火をうつし出したガラス玉みたいな瞳も、ゆらゆら揺れているポニーテールも、まったく日を浴びたことがないみたいな白い肌も、すべて脳裏に焼きついている。


ただその時間も、長くは続かない。


突然、僕の意識は真横に立っている女の子──千聖ちゃんに、奪われた。


「そうたくん。きょうは、いっしょにお祭りにきてくれてありがとう。」


そう言った千聖ちゃんの頬が若干赤く見えたのは、花火に照らされていたからなのかもしれない。


「あたし、そうたくんが好きだよ。1年に1回しか会えないけれど、あたしまだ5さいだけど、それでもやっぱりそうたくんが好き。」


予想だにしなかった人生最大の告白イベントに驚きつつも、彼女の言葉はあまりにタイミングが悪かった。


まだ僕の頭の中ではお姉さんの声が響いていて、僕の意識は完全にお姉さんの方を向いていた。


狼狽えることしか出来ない僕の口からは、

「あ、、う、、」

という音が吐き出される。

(ちなみにこの時周囲の大人は『やっぱり両片想い拗らせてたんだこの2人』とニヤニヤした)


その言葉を肯定と取ったのか、千聖ちゃんは僕の手を握ってきた。


その瞬間、今まで感じたことのない悪寒に襲われ、気づけば僕は千聖ちゃんの手を振り払って駆け出している。


どうしようもない罪悪感に苛まれつつも一種の高揚感を覚えながら、最後と思われる無数の大きな華を空に見た。


『キミ、花火見るのは初めて?』


お姉さんの声が頭にエコーする。


うん、初めて。そしてその ’初めて’ も、お姉さんのお陰で素敵な思い出になりそうだ。

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