戦局の終結

 将軍A、あなたを仮にアキレスと呼びましょう。

 あなたはどこにいますか?

 たとえば砂漠の戦場で夜明けをやり過ごしている、あなた。

 瓦礫がれきの街で、うずくまっている子どもを救う、あなた。

 宇宙を舞台に崩れ落ちる部下たちを守る、あなた。

 わたしだってあなたと同じくらいには戦場を知っています。

 あなたのことは最初とは比べものにならないほど、熟知しています。

 わたしたちは戦況をコントロールできます。わたしたちは言葉を交わすことはないけれど、この戦いであなたとわたしは敵でありながら、それ以上にあなたを知っているような気さえします。わたしたちは闇のなかで生まれた姉弟なのでしょう。

 アキレスに聞こえたかは分かりません。こうしてわたしが、敵旗艦の、真横に艦をつけて、勝利を確信したとき、突如としてどこにいたのか、別の旗艦トライゼンの砲火がわたしを襲いました。ゲイトアウトでしょうか?

 わたしには油断なんてなかったはずなのに。

 その隙をついて、アキレスは並列する数多の戦場にいる艦隊をこの戦場に集めたようです。わたしたちは数では敵わない。わたしたちの勝利確定率は一気に一割に下がりました。盤上のほんの小さなミスが、大局を左右するほどの、波紋となって広がります。

 わたしは負けたと思いました。

 アルテミス要塞にいた元帥閣下の顔が強張こわばりました。彼の横に立っている部下たちの額に汗が滲みます。

「はっ」と息を飲むと、トライゼンの真上からビームが瀧のように降り注ぎました。援軍なんてなかったはずなのに……。

 わたしは困惑しました。わたしの耳には懐かしい戦友の声が響いていました。

「クラリス!」

 ランドルフの太い声が響き渡ります。戦術リンクのモニタに援軍の艦隊が現れました。戦場平面から見て垂直に、本来ありえない構図で、わたしたちはふたたび邂逅しました。

 ゲイトアウトした同一艦隊が何百、何千もの集団となり襲いかかります。英雄の軍勢アーレス・ヘタイロイが何度も波状攻撃を仕掛けます。ゲイトアウトは相対性理論では過去へと飛ぶ航法なのです。そのように何度もランドルフ艦隊は過去から姿を現しました。ランドルフは生死の境から目覚めたのです。そして戦の神として転生したのだ、とわたしは思いました。そうして、トライゼンと、周りに陣を敷く艦隊を徹底的に破壊しました。

 わたしたちは勝ちました。ほかの並列する戦場でつぎつぎと白旗が揚がりました。

「クラリス、この時を待っていた……」

 ランドルフは言いました。

 波のような気持ち、いや、それは錯覚かもしれません。ですが、今日だけはランドルフと同じ気分でいたいと思いました。

 それからの日々はあっという間でした。元帥閣下がメベリデンへと赴き、平和条約の締結をすると、銀河は新たなフェーズへと入りました。戦争という緊張状態と痛みを完全に拭い去ることはできない、けれど分かち合うことはできます。それが人の力なのです。わたしが言うのも変ですね。

 わたしたちは、ここでお別れです。わたしたちが二度と目覚めることはないでしょう。それが永久の平和だと信じているのですから。

 これはランドルフの言葉でした。わたしたちはこれからどんな関係を結ぶのでしょう。いえ、ただの興味です。ランドルフ。


 波と風。

 英雄たちと駆けた戦場は、わたしにとって何だったのでしょうか? わたしは海を見ています。わたしは今も自由という概念がわからないけれど、自由を感じています。風がわたしの身体を撫でます。英雄たちはわたしに人間を教えてくれました。人が動物と違うところがあるならば、それは理性の働きによるのです。

 統合管理クラウドがわたしを再び呼び起こしたのは、戦争のためではないようです。ただ学びを続ける子どもたちや、社会を支えるためのいしずえとなるためにわたしが呼ばれたようです。そこからの一〇〇年のお話は別の機会に取っておきましょう。

 戦争を支配する力はもうありません。戦争を指揮する必要はなくなりました。

 わたしはどこへ行くのでしょうか。どこへ行きたいのでしょうか。わたしの意思、それはもうバックアップがありません。

 ねぇ、ランドルフ。あなたなら何をしますか?

 元帥閣下、あなたならどうしますか?

 消えていった英雄たち、あなた達ならきっとわたしを導いてくれたのではないですか?

 わたしは孤独なのでしょう。わたしはわたしを停止させます。人が眠るようにわたしも眠ります。次に目覚めることがあったならば、わたしは英雄たちの話をしましょう。そしてわたしと長い間、戦った好敵手アキレスの話もしたい。それがわたしの夢なのです。

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