第25話 勉強するって聞きました

 二人して恥ずかしくなった後、顔を合わせづらくなった僕達は黙々と勉強を進めていた。


「うーん……」


「…………」


「あー……」


「……」


「えーっと……」


「唸ってないで手を動かしたら?」


 白石さんがさっきからずっと唸っている。恐らく問題がわからないんだろうけど、一旦無視だ。僕も自分の勉強がある。


「動かせるなら動かしたいよ! わからないの!」


「じゃあ聞くなり調べるなりすればいいじゃん。どうしてずっと唸ってるの?」


「だってぇ……」


 顔を赤くしてこっちをチラチラ見てくる。なんだ? 僕のせいだとでも言いたいのか?


「恥ずかしくて話しかけづらかったんだもん……」


「うん。なんとなくわかってた」


 実は僕もそうだった。でも、それは口に出さない。こんなに余裕な感じを醸し出しておいて実は恥ずかしがってました。なんて、カッコ悪すぎる。


「じゃあそんなこと言わなくてもいいじゃん!」


「恥ずかしくても調べるぐらいはできると思うけど?」


「うぐっ……」


「やる気がなかっただけじゃん」


 前日なのにそんなので大丈夫なんだろうか。少しだけ心配になり、聞いてみる。


「明日もテストなのに、その調子で大丈夫なの?」


「多分大丈夫だよ! だから喋りながらやろ!」


 どうしてそうなるのか。根拠のない自信もそうだけど、勉強をしようと言っているのに雑談に講じようとしている。それじゃあ勉強にならないと思うんだけど……


「何のための勉強会なのさ。家に集まって雑談なんて、普通に遊んでるのと変わらないよ。いつもやってる事じゃん」


「そこにかるーく勉強ってスパイスを加えるから面白くなるんでしょ? それが勉強会の醍醐味だよ!」


「’勉強’会だって言ってるのに勉強がサブオプションになっちゃってるじゃん。それじゃただの雑談会だよ」


「それがいいんじゃん!」


 駄目だ。今回ばかりは理解が及ばない。白石さんの謎理論には慣れてきたつもりだったけど、たまに飛び出してくる言葉の意味を全部ひっくり返してくる発言は、相変わらず理解できない。黒井さんが言ってたのは、こういうところだったんだろうな。


「なら僕は帰らせてもらうよ。テスト前日ぐらい勉強したいんだ」


「わー! まってまってまって!」


 立ち上がった僕の腕を引き寄せて、引き留めようとしてくる。抱きしめるように引き寄せられたから、腕に豊満なが当たっている。やわらけぇ……


「あの……白石さん?」


「なに? 言っとくけど、帰らないって言うまで離さないから」


「がっつり当たってるって言っても?」


 そう指摘すると、さっきまで落ち着いていた顔がまた赤くなってきた。気付いていなかったのか、はたまた指摘されたことが恥ずかしかったのか。そのどちらなのかはわからない。


「ううううう……えい!」


「え、ちょ!?」


 これで離してくれるだろうと思っていたんだけど、予想が外れた。少しの間唸った後、僕のことをさらに自分の方へ引っ張った。さっきよりも格段に距離が縮まって、少し手を伸ばせば抱き合える。そんな距離感になった。


「何してるの!?」


「もういい! 開き直る! こうすれば絶対逃げれないでしょ!」


「確かに逃げれないけどさぁ!」


 さっきより距離が縮まったせいか、家では感じることがない甘い香りが鼻腔をくすぐる。人の家で、女の子と超至近距離まで接近する。そんな状況に、色々爆発しそうになり、嫌でも意識してしまう。


「流石に恥ずかしいよ!」


「なんて言いながら、引き剥がそうとはしないじゃん! なら別にいいでしょ!」


「引き剥がしてもいいなら今すぐ引き剥がすけど?」


「駄目!」


「逃げないって言っても?」


「駄目なものは駄目!」


 逃げないって言ったのに駄目なのか……


 ※※


(はわわわわわ……どうしよう……)


 星華は絶賛大焦りしていた。勢いでこんな状況になったけど、この後どうするか考えていなかったのだ。


(え、待って恥ずかしい。蒼君の顔が凄い近くに……今すぐ離れる? いや、こんなチャンスめったにないし、少しでも意識してもらえるようにこのままの方が……)


 蒼も少しは意識しているから、この思惑は成功している。だが、そんなことは知らない彼女は更に大胆な行動に出る。


 彼と目を合わせ、なにやら決意したような顔つきになると……


「えいっ!」


「!?!?!?」


 抱きついた……抱きついた!? ……コホン。失礼。取り乱しました。まさかそこまでやるとは思ってもいなかったもので……


 おっと、そろそろ自己紹介をしておきましょう。私は物語の観測者。ではなくです。お間違えなさらないように。


 基本的に表に出てくることはありませんが、今回のように作者ハルの気分によって駆り出されることがあります。突然私が実況し始めても、不愉快にならないでいただけると、うれしく思います。


 それでは、今回の私のターンはここまで。視点を返すとしましょう。


 ※※


「し、しらいしさん!?」


 目が合ったと思えば、突然抱き着かれた。確かに少し手を伸ばすだけでこうできる距離ではあったけど……えぇ!? さすがの僕も我慢できなくなりそうなんだけど!


 それにしても……女の子の体って柔らかいんだなぁ……じゃなくて!


「急にどうしたの!?」


「…………」


「何か言ってよ!」


 ……顔を赤くしたまま返事がない。ただの恋する乙女のようだ。


 その頃の彼女に心境はというと……


(あったかい……安心する……好きだなぁ……)


 かつてないぐらいにフワフワしていた。今自分が何をしたかも忘れて、今という瞬間の幸せを全力で享受していた。


「おーい。聞いてる? 聞こえてる?」


 駄目だ。全く反応がない。家に来た時よりも重症な気がする。少し大きな声で呼んでみても、帰ってくる様子はなかった。どうしようか……そうだ


「てい」


 彼女の頭を軽く叩く。以前までなら異性をたたくどころか、触ることすらありえなかったけど、白石さんに対してならそんな行動をとることもできる。


 軽くこういうことをするぐらいでは離れないと思っているから、多分甘えてしまっているんだと思う。


「あう」


 よし。反応があった。これで離してくれる……と思う。


「気がついた? なら離してほしいんだけど」


「え……あ、えっと……お茶入れてくるね!」


 ようやく自分がやったことに気がついたのか、急いで僕から離れ、顔を真っ赤にして部屋を出ていった。


「はぁ……」


 危なかった。ざわついた心を落ち着かせるために、一度寝転がる。


「なんとかなったかな……」


 ある程度平静を装ってはいたけど、かわいいだとかいい匂いだとか、いろんな言葉が喉まで飛び出してきていた。


「心臓に悪すぎるよ……」


 思い出すだけで顔が熱くなる。これは今日は眠れなさそうだな……試しに今目を瞑ると、さっきの光景が脳裏に浮かんでくる。


「本当に来たんだよな」


 一人になったことで、今まで目を逸らしていた、『同級生の女の子の部屋にいる』という事実を再認識する。


 僕の部屋と違って明るい雰囲気で、どこか甘い匂いがする。何故だかおしゃれな感じがする家具の置き方は、そこにいるだけで華がある白石さんらしいと思う。何に使うかわからない物がいくつかあるのも、また彼女らしい。


 カーペットの上に寝ているからだろうか。部屋の匂いがダイレクトに伝わってきて、またもさっきの事を思い出す。


「駄目だ……ここにいるとおかしくなりそう」


 いつまでも悶々もしてはいられない。ひとまず外に出て落ち着こう。


「わっ!」


 ※※


「私のバカバカバカ!」


 恥ずかしさに耐えきれなくなり、蒼君の前から逃げ出した私は、リビングのソファーで悶ていた。


「何があったかい……あんしんする……なの! 間違ってはないけど……暴走しすぎでしょ私!」


 ああやってイチャイチャするのを期待してなかったわけじゃないけど、無理矢理迫るつもりはなかった。そんなことをしたら、引かれかねないから。


「はぁ……落ち着こう。深呼吸して……」


 息を吸って、吐く。落ち着いたような錯覚に陥るけど、別にそんなことはない。心臓は凄い速度で動いているし、顔の熱も冷めることはない。


「早く帰らないといけないよね……でも……顔を合わせづらいよ……」


 あんなことがあった後なのに、何もなかったかのように戻ることは私にはできない。でも、お茶を取りに行くだけで時間がかかるのも不自然だ。


「仕方ないか……戻ろう」


 顔の熱が冷めないまま、お茶を入れて部屋に戻る。胸のドキドキも、収まる気がしない。顔を見たら、また加速するんだろうな。そんな確信を持って扉を開ける。


「わっ!」


 中に入ろうとすると、思ったより軽く扉が開いた。まさか……そう思って下がろうとしたけど1歩遅く、お盆を持ったまま、蒼君と衝突してしまった。


「ご、ごめん! 大丈夫?」


 正面からガッツリお茶を被ってしまった蒼君は、そんなことは気にしないとばかりに私の心配をしてくれる。


 優しいなぁ……なんてのは置いといて、タオルタオル!


「私は大丈夫!それよりタオルを……」


「あぁ、大丈夫だよ。家も近いし、帰って着替えることにする。今日はありがとね」


 そう言って、そそくさと帰る準備をしだす蒼君。引き留めたいけど、風邪は引いてほしくないし、家に着せてあげれるような服もない。それに、私の心も限界が来そうだから、お開きにしとこうかな。


「わかった。なら、今日はお開きにしよっか」


 準備を終えた彼を、玄関まで送りだす。


「またね」


「うん。また明日」


 そう言って家を出ていく彼の後ろ姿にそっと手を振る。この時の私はきっと、悲しい顔つきをしていただろうな。

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僕はいつまでも君の隣で ハルノエル @harueru

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