第24話 おじゃましまーす

 おかしい。誰もいないと聞いていたはずの家の中に、人がいる。白石さんも固まっているし、想定外のことだったんだろう。


「えっと……家には誰もいないって聞いてたんですが……」


「そうだよ! 今日は家にいないって聞いたから連れてきたのに!」


「あら、誰もいない家に連れ込んで、何をするつもりだったのかしら?」


 笑顔を崩さず、聞き返してくる。笑顔だけど、凄い圧を感じる……


「えっと……勉強を……ね? 明日テストだし」


の勉強なのかしらね? まさか、保健体育だなんて言わないですよね」


「なんでそうなるんですか!」


「普通のテスト勉強だよ!」


 どうしてだろう。この家族と関わるとどうも調子が狂わされる。血筋単位で僕に特攻が入っているのか?


「だって……ねぇ。そうやって仲睦まじそうに手を繋いで家まで来たのに、何もしないなんて思わないでしょう?」


「「え? あっ!」」


 そう言われてやっと、未だに手を繋いでいることを思い出した。これを見られたのはかなり恥ずかしいぞ……


「ご、ごめん!」


「こっちこそごめん! 今の今まで気付かなかった!」


 二人して顔を赤くして、慌てて繋がれていた手を離す。少し気まずい空気が流れ、二人の物理的な距離が若干遠くなる。心の距離? 知らんがな。


「あらあら、初心なのねぇ。でも、この調子じゃ何もなさそうね。私の勘違いみたい。私は今から出かけるから、二人とも仲良くするのよ」


「はーい! 行ってらっしゃい!」


「蒼君、ちゃんと星華の面倒を見てあげてね。頼んだよ。か、れ、し、さん」


「了解です。それと、まだそんな関係じゃないです」


「え!?」


 白石さんは横で驚いてるけど、僕何か変なこと言った?


「ふーーん? ま、今はそういうことにしといてあげる。それじゃ、また後でね」


 そう言い残して、白石さんのお母さんは玄関から出ていった。白石さんのお母さんって呼ぶの、長くて面倒くさいから、名前教えてもらえないかな……


 まぁ、今はそんな事は置いとこう。今日は勉強をしに来たんだ。早く上がらせてもらおう。


「白石さん……どうしたの?」


 案内してもらおうと思って声をかけたのだが、顔を赤くしたまま動かない。こうなってる時は何かしらが原因で恥ずかしがってる時なんだけど、そうなるような事あったかな?


「おーい。聞いてるー?」


「蒼君が……まだって……いや、多分無意識だし、そんなに気にすることでも……」


 何かブツブツ言ってるけど、はっきりと聞こえない。この距離で聞こえないって、どれだけ小さい声で喋ってるんだ?


「白石さん!」


 さっきまでより少し大きい声を出す。さっきからずっと上の空だし、これぐらいしないと気付かなそうだったからね。


「ひゃう!? な、なに?」


「上がってもいいかな?」


「だ、大丈夫。あと、近いよ……」


 そう言われ初めて、かなり近づいてしまっていたことに気がついた。


「あ……ごめん」


 顔が熱い。こんなに近くで顔を見たのは初めてだったから、凄く緊張する。それにしても……相変わらず綺麗な目だなぁ。


「だから! 恥ずかしいからそんなに見ないで! もう。こっちだよ」


 そう言うなり、白石さんは家の中を早足で移動しだす。僕を置いて。……なんで? 連れてくるだけ連れてきて放置なんて酷くない?


「ちょっと待ってよ!」


 急いで靴を脱いで、後を追う。階段を登っていくけど、1階でやるんじゃないの?てっきりそこに見えるリビングでやると思ってたんだけど……


「どこに行ってるの? そこの部屋でやると思ってたんだけど」


「私の部屋だよ。あ、先に着替えてくるるから扉の前で待っててね」


「ちょ、ま……行っちゃった」


 初めから自分の部屋に案内するなんて、そんな事をしたら何をされるかわからないでしょ。そういうのは好きな人にやってくれ……って言おうと思ったけど、その相手が僕だったから言い返す言葉が無くなった。


「それにしても……慣れないなぁ……」


 人から好かれるというのはどうも慣れない。今まで好意というものを正面から受けてこなかったから、今かなり困惑している。


 それと同時に、家族以外にある一定以上の好意を持つというのも初めての経験で、正直なところどう動けばいいかわからないでいる。友達以上ではあると思っているんだけど、今以上の関係になりたいのか? と聞かれるとわからない。今の心地よい関係を崩すぐらいなら、このままの関係でいいんじゃないか。なんて思っている。まぁ、そう思っているのは僕だけで、肝心の相手は進むことを望んでるんだけど。


 結局、僕の気持ち次第だよなぁ……なんて考えながら、出てくるのを待つ。てか、これ帰ったら駄目? 今なら誰も見てないし、こっそり家から出ることができる。もう帰るか……ん?


『かえったらだめだよ』


 スマホが振動したと思ったら、こんなメッセージが表示された。ついに僕は顔を合わせなくても思考をジャックされるようになったのか。アルミホイル巻かなきゃ。


『なら早く出てきてよ。着替えるだけでしょ』


『うるさい! 服選びに時間がかかるものなの!』


 こんなことを言ってるけど、さっきから聞こえてくる音が明らかに服を探している音じゃない。物が落ちる音や、何かを蹴る音。微かにだけどうめき声も聞こえたから、何かにぶつかったりもしていそうだ。僕の勘違いじゃなかったら、多分今部屋の片づけをしている。


 なんで今? という疑問はさておいて、どうして片付けられていない部屋に呼ぼうと思ったのか……


「おまたせ! どうぞ入って!」


「凄い時間かかったね。片付けしてた?」


 やっとのことで出てきた白石さんの格好は、白地で長い、厚めのワンピースにタイツを履いただけの、どこか無防備なファッションだった。普段は制服姿しか見ていないから、新鮮な彼女の姿に少しだけ見惚れてしまった。それを誤魔化すように、僕はストレートに疑問をぶつける。そういうことを馬鹿正直に聞くなって? 知るか。僕は聞く。


「し、してないよ! 失礼じゃない?」


 なんて言ってるけど、目が泳いでいる。今まで見たことがないぐらい泳いでいる。前々から思っていたけど、白石さんも大概嘘が下手だ。空からよく『似ている』といわれる僕達だけど、こういうところの事を言われてるんだろうなぁ……


「そういうことにしといてあげる」


「あ、これは気付いてるやつだ。蒼よくそうやって言うよね」


「たしかに……」


 思い返してみると確かに、『あ、これ嘘だな~』って思ったらほぼ毎回言ってる気がする。追及するのもあれだし、さらっと流そうととした結果なんだけど、いつの間にか口癖みたいになってたみたいだ。


「よく覚えてるねそんなこと。僕は今言われるまで気付かなかったよ」


「そうでしょ。私凄いでしょ。もっと褒めてくれてもいいんだよ?」


「そう? なら……」


 いい機会だし、僕が思っていることを全部ぶちまけようかな。


「白石さんは人と関わるのがうまいよね。距離感を図るのがうまいって言った方がいいのかな、『ここまでなら大丈夫』ってところまでしか入り込んでこない。無神経に見えて意外とそういうのがうまいと思う」


「それから、自分にも他人にも素直。しっかり自分の気持ちを表面に出せているのはいいところだね」


「あと、努力家だよね。最近だって苦手であろう勉強を頑張ってるし、料理の勉強も凄く頑張ってるよね。どんどん上達してるから。僕は好きなこと以外はあんまり頑張れないから、凄いと思う。それから……」


「待って! ストップ! これ以上は辞めて!」


 このまま長々と続けようかと思っていたら、白石さんからストップが入った。まだまだ言いたいことはあった言いたいこと


「照れるからもうやめて! 恥ずか死んじゃう!」


「そんなに赤くなるぐらい恥ずかしくなるなら、褒めてなんて言わなかったらよかったのに」


「言われるとしても外見の事だと思ってたし、そんなに多く言われると思ってなかったの!」


 なるほど。多分白石さん的には、『顔がかわいいよね』的なことを言われると思っていたのだろう。それなのに、予想とお違って僕が内面のことについて褒めだしたからこうなったと。


 実際、僕もはじめは外見のことを褒めようと思っていた。恥ずかしいからね。でも、僕が白石さんが思っているよりも彼女のことを見ている事を知ってほしかったから、方針を変えた。


「別にいいでしょ。外見なんて誰でも褒めれるんだから、他のことを褒めなきゃ」


「別にいいけどさぁ……恥ずかしかったんだもん……」


「大丈夫。僕も恥ずかしかったからお相子だよ。さ、勉強しよ」


 そう言って、教科書を見るために顔を下に向けた。対面の相手から、赤くなった顔を隠すように。今感じている感情から、目をそらすように。

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