第23話 テスト1日目

 ついにあの日がやってきた。憂鬱だ。でも、この数日が終わると自由になれる。そう思うと少し気分も晴れる。


「今日はテストだけど、大丈夫か? 授業は遊んでたみたいだけど、ちゃんと勉強できてたのか?」


「ある程度はできてるよ。空も見てくれたからわかってるでしょ」


「そりゃそうだけどさぁ……確認だよ。昨日はやってないからな」


「一日で忘れるようなら、僕は今頃もっと成績が低くなってただろうね」


 結局、あの日以降『勉強会』と呼ばれるものには参加せず、普段通り一人で勉強して、わからないことを空に聞いていた。何度か誘いはあったけど、前のことがあってから外で合うのは控えている。


 あの時は庇ってくれて、肯定してくれたけど、次はわからない。触りだけでも聞かれてしまった以上、話す時は来たんだと思う。でも、これを話してどう思われるのか。幻滅されるかもしれない。友達でいてくれなくなるかもしれない。だから、一歩踏み出せないでいる。


 結局、僕は怖いだけなんだ。どれだけ仲良くなっても、優しい言葉をかけられても、根っこのところでは人を信じきれていない。どんな関係も、上辺だけかもしれないから。


「へーへー。忘れてないならいいや。もし忘れてそうなら、この優しい空君が直前のお勉強に付き合ってあげ――」


「お願いします」


 でも、こういう誘惑には負けちゃうんだよなぁ……もしかして僕って単純?


「早いわ! まだ最後まで言ってないだろ!」


「で、ここがわからないんだけどさ〜」


「聞け!」


  ※※


「つっかれた〜」


 今日やる科目はひとまず全て終わった。明日は国語と社会だし、今日はちょっとゆっくりしてもいいかもね。得意科目が集まるのはいいんだけど、それなら一日目に集まってくれたらいいのに。苦手科目に費やせる時間が増えるからね。


「おつかれ〜やっと終わったね〜」


「おつかれ。白石さん、寝てたよね」


「うぐっ、見られてたか……もしかしてカンニングをしようと!?」


「そんなわけないでしょ。自分よりできない人の回答を見て何になるのさ」


「酷い! 私だって勉強頑張ったんだよ!」


 頬を膨らまして、あたかも『私、怒ってます!』みたいな表情で言ってくる。


「知ってるよ。じゃあ、今日も頑張って。また明日」


 さて、今日も帰って勉強しよう。いや、ちょっと寝てからにしようかな。寝たのが遅かったから、結構眠いや。


「待って!」


 帰ろうと思って横にかけてあるカバンを取ろうとした時、その手を掴まれる。まだ人もいるからそういう目立つことはさぁ……ほら、注目を浴びてる。


「どうしたの? 何かあった?」


「今日こそは逃さないよ。付き合ってもらうから」


 この発言で、周りが少し騒がしくなる。少し耳を傾けると、

(やっぱりあの2人、そうだったんだ!)だの、(見せつけやがって。釣り合ってねーよ)だの色々言われている。


 これを引き起こした本人はというと、何も気付いていないのか、真剣な顔をしてこっちを見ている。多分、答えるまで帰さないつもりなんだろう。掴まれた手が離される気配がない。どうしようかな……よし、デコピンでもしよう。


「痛い! 何するの!」


 おでこを抑えて、こっちを睨んでくる。その姿はなんだか子供みたいで、全く怖くないけど頭を撫でたくなる。


「内容を省略しすぎて、みんなに誤解されてるよ。弁明してくれると嬉しいんだけど」


「え? なんの話?」


「やっぱり気付いてなかったのね。そのままでいいから、周りの人の声を聞いてみて」


 少し待つと、白石さんの顔が少しずつ赤く染まっていく。やっと気付いたのか。


「気付いた? 気付いたなら早く弁明してほしいんだけど」


「うーん、私は別に気にしないんだけどなぁ」


「僕が気にするんだけど」


「仕方ないなぁ……みんな!」


 よし。これで誤解を解いてくれると思うから、安心して帰れるな。なんてことを呑気に思ってたんだけど……


「私と蒼は友達だから、勝手に邪推しないで!」


 ……うん? 気のせいじゃなかったら、さっきより聞こえてくる声が多くなってない?


 どうしてだろう。そういう関係じゃないってはっきり言ったのに。もしかして、友達なのにも驚かれてる? 教室で結構話してたし、周知だと思ってたんだけどな。


「よし、帰ろ。今日は私の家に集合だから」


 うん。帰ろう。今すぐ帰ろう。やっぱり何もわかってないみたいだ。ほら、みんなからの視線が増えた。


「だからなんでそれを教室で言うかな! 僕はもう行くから!」


 手を掴まれたまま、急いで教室を出る。後ろで何か騒いでるけど、そんなことは僕の知ったことじゃない。今はこの空間から脱出することの方が重要だ。


「待ってってば!」


 教室を出て、ある程度進んだところで白石さんに呼び止められる。ずっと何か言ってた気がするけど、それだけだったのかな?


「何? どうしたの?」


「荷物! 教室に置いたまま!」


 あ、ほんとだ。そんなこと気にする間もなく走ってたから、気付かなかった。


「ほんとだ。ごめん。行ってらっしゃい。先に帰るね」


 今教室に帰ると、絶対に面倒くさい事になる。僕は先に帰らせてもらおう。そう思っていたんだけど、白石さんは手を離してくれない。無理矢理振りほどくのなぁ……


「行くよ!」


「なんで僕まで!!」


 今度は僕が引っ張られる形で教室に戻る。こうやってまた噂が広まるんだろうなぁ……


 白石さんに連れられて教室に入ると、案の定注目を集めることになった。こっちを見て驚いてる人や、指を指してくる人。寄って来ようとする人までいる。教室の一大コンテンツになったみたいで落ち着かない。


「カバン取った? さっさと帰るよ」


 こんな所に長いこといたくないから帰ろうとすると、クラスの男子に扉を塞がれた。面倒だし、押しのけて帰るか。


「待った! まだ行かせないよ」


「はいはいどけてね〜」


 手に持ったカバンを前に突き出し、人と人の間に隙間を作って無理矢理外に出る。少し強引なのは申し訳ないけど、そんなことより色々聞かれることのほうが嫌だからね。僕だけなら別にいいんだけど、白石さんも一緒だと絶対にどこかでボロが出るから。


「ここまでくれば大丈夫かな」


 教室のひとつ下の階まで降りたところで、僕は走るのをやめる。少しだけ疲れたな。どちらかと言えば身体的な疲れより、注目されたことによる気疲れの割合のほうが多いけど。


「あだっ! 急に止まらないでよ!」


「あ、ごめん」


 さっきまでずっと走っていたからか、僕が止まると後ろからぶつかってきた。背中に柔らかい感触が……


「……えっち」


「何も言ってないでしょ!」


「顔に出てるもん!」


「うぐ……そうだった……」


 白石さんには表情でバレるんだった。思ったことを表に出さない練習もしなきゃだね。


「じゃ、私の家に行こっか」


「……ほんとに行かなきゃ駄目?」


「駄目! 栞にも今日は蒼に教えてもらうって言ってるんだから! 今日は私以外誰もいないから、安心して」


「何を安心しろと!?」


「いいから、早く行くよ!」


 またも手を引かれる形で学校から出る。今回はじゃなくて形だから、さっきとは違って白石さんの体温が直に伝わってくる。手汗とか大丈夫かな……


 そうやって連れられるまま、家の前まで来てしまった。白石さんがずっと走るから、僕まで疲れたんだけど……


「ただいまー!」


 勢いよく玄関を開けて家の中に突撃していく。靴を脱いでから後ろを向くと、人影が……人影?


「おかえりなさい。……あらまぁ」


「「……え?」」


 誰もいないって……聞いてたんだけどな……

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