第22話 バイト先での遭遇
「おはようございます」
今日は日曜日だけど、珍しく外出している。まぁ、自発的な外出ではなくて、バイトで仕方なくの外出なんだけど。
僕のバイト先は、自転車で5分ぐらいの場所にある本屋だ。通い詰めていたから配置はだいぶ覚えていたし、店員さんとも顔見知り程度の関係にはなっていたから、初めてのバイトにしては気楽にできている。
「お、やっと来た! おはよ〜」
「やっとって……別に遅くないですよね? まだ10分前ですよ」
「遅いよ! 私は君ともっと話したいんだから、もっと早く来てくれないと困るんだ」
「そうですか。なら変わらずこの時間に来て大丈夫ですね」
「ぶー。池君のいけず」
今だる絡みしてきているのは、一応僕の教育係に当たるらしい、
僕がレジ以外の大体のことをできるのを知ってるからなのか、指導と称して雑談に講じる事が多いのも理由の一つだと思うけどね。
「いけずで結構です。着替えるので出てってください」
「えー。着替えるって言っても上に着るだけじゃん。出ていく必要ないっしょ」
「うるさいです。さっさと業務に戻りなさいサボり魔が」
「酷い! 先輩になんてことを言うんだ! この調子だと、卒業する頃には『後輩君が今日も辛辣』っていう本を出せそうなぐらいエピソードが溜まっちゃうよ」
出せるわけがないでしょ。バイトのエピソードだけでそんなに長々と書けるとは思わないし、そんなにエピソードを貯める気もないからね。
朝野さんが普通にしてたら僕も普通に対応するのに、サボって僕に構ってばかりだからそういう対応をとられるんだ。言って聞くとは思わないから何も言わないけど。
「朝野さんが書くと駄作になりそうですね」
「あ、言ったなー! 絶対書き上げてヒット作にしてやるからね! 今から土下座の練習でもしといた方がいいんじゃない?」
「はいはい。期待しないで待っとくのでさっさと仕事に戻ってください」
「仕方ないにゃー。池っち、今日は棚の整理をやってね」
「なんですかその口調。了解です」
僕の返答を確認するや否や、朝野さんは仕事に戻っていった。さっき見た時、あの人はレジやってた気がするんだけど、大丈夫なのか?
カッターの上にバイトのエプロンを着て、売り場に出る。すると、すぐに朝野さんから招集がかかる。
「池君! レジ手伝って!」
やっぱり仕事をサボって僕のところに来ていたのか。何をしてるんだか……店長が怒らないからって自由すぎる。
文句は後でいいか。お客様を待たせすぎるわけにもいかない。そう思い、僕は急いでレジに立つ。
「お待ちのお客様はこちらへどうぞ!」
そう呼びかけると、一気に人が押し寄せてくる。朝野さんが離れて、5分ぐらいだったと思うんだけど、思ったより待ってる人がいたな。てか、店長も何してんだか。いるんだからレジぐらいしてくれよ。
少し時間がかかったけど、なんとか捌き終えれそうだ。こっちは後3人だけど、朝野さんの方は……うん。終わってるみたいだ。やっぱりレジ打ちの速度はまだまだ遅いな。明らかに向こうの方が減りが早かった。まぁ、そんなすぐ慣れるというのが無理な話か。そこは追々だな。
ようやく最後の一人になったんだけど、どこからどう見ても見たことある人だ。目を擦っても変わらない。確実に昨日会った人だ。
「何をしてるんですか。早くしてください。店員さん」
「あ、申し訳ございません」
そうだった。今はバイト中だ。会うと思っていなかった人と会ったからと言って、驚きで固まっている暇はない。
へぇ、この本を買ったんだ。僕はまだ読んでないけど、買うだけ買ってあるんだよな。お、これも面白そう。後で買ってみるか。いや、最近普通に話せるようになってきたし、貸してもらうほうがいいかな?
「あの、私が買った本を眺めてないで、早くしてください」
「あぁ、ごめん。面白そうだな〜って思って」
「そういう話は後にしてください。レジが止まっていますよ」
「あぁ、それは大丈夫。あの人に任せるから。そもそも、今日の僕の仕事は棚の整理だし」
朝野さんはサボらなかったら優秀だ。基本的にはあの人に任せておけばなんとかなる。サボらなかったら。
「だとしても、仕事中に雑談をするのはどうかと思いますけど」
「それ、雑談相手の黒井さんが言う?」
「私は店員さんのおしゃべりに付き合っているだけなので。そもそも、買い物に来た人が雑談をしていても何も不思議ではありませんよ」
雑談ぐらい別にいいと思うけどなぁ。なんて思うのは、多分朝野さんの悪い影響だと思う。そう思いたい。
棚の整理の日は意外と暇なのだ。雑談に講じることは別に悪いことじゃないと思う。仕事自体はしているんだし、サボってる人よりはマシだ。
「そう? 時間があるならもう少し店員さんのおしゃべりに付き合ってくれるとありがたいんだけど。どうせ暇だし」
暇つぶしに付き合ってくれないかな?なんて思って軽く聞くと、誰が見てもわかるぐらい驚いた顔でこっちを見てくる。そんなに変なこと言った?
「何その顔。なんでそんなに驚かれてるの?」
「いえ、蒼君の口からそんな言葉が出てくることに驚いたんですよ。空君から聞いていた話では、他人と話したがらない人だと聞いていたので」
なるほど。それなら確かに納得できる。人のことをベラベラ喋りやがっている空への文句はさておき、僕も自分の心境の変化に、正直驚いているから。
「昨日さ、僕のことを友達だって言ってくれたでしょ? そっち側からは、ずっと歩み寄ってきてくれてる。だから、僕からも少しは歩み寄りたいって思っただけ」
「そうですか……それは嬉しいですけど、星華に勘違いされないようにだけは気をつけてくださいね」
「勘違い?」
「はぁ……貴方は今星華への返事を保留している状態でしょうに。そうやって距離を詰めすぎて、私と付き合っていると勘違いされたらどうするんですか?」
流石に大丈夫だと思うけどなぁ。白石さんもそんなすぐ思い込まないと思うし。それに、僕と黒井さんが……っていうのがどうも想像できないから。
「大丈夫でしょ。どうせ僕だし。だって、想像できる?僕が短期間で、誰かとそういう関係になってるの」
「確かにできないですけど、もしかしたらがあるじゃないですか。星華の思考回路はよくわからないので」
「黒井さんってたまに辛辣なこと言うよね。そんなにわかりにくいかなぁ?」
最初の方は確かに『何を言ってるんだ?』ってなることが多かったけど、関わっていくと意外とわかりやすいと思うんだけど。個人差なのかな?
「もしかしてわかるようになったんですか? あの星華の言ってることが?」
「え、うん。なんとなくだけどね。こんなことを言いたいのかな〜? とか、次はこんなこと言いそうだな〜、みたいな。いつの間にかわかるようになってたんだよね」
「なるほど……思っていた以上に相性がいいんですね。珍しく星華があそこまで懐くのも納得です」
「そうなの? 誰にでもああやって接せそうだと思ってたんだけど」
クラスでも明るい感じだし、みんなに話しかけている。人懐っこい人なんだろうなと思っていたんだけど、違ったのかな?
今の白石さんのことはある程度知ってるけど、僕と出会う前の事は何も知らない。だからわからないんだ。
「まだ聞いてないんですね。なら、私から話せることはありません」
「わかってるよ。聞くつもりもなかったし」
「ならいいです」
「池くーん? サボってないで仕事しなよ」
黒井さんと話し込んでいると、朝野さんに呼ばれた。いつもサボっている人にそんなことを言われるのは癪なんだけど。
「してますよ。そもそも、朝野さんだけには言われたくないです」
「そう? 私にはその娘と話してるだけに見えたんだけど。彼女さん?」
「違います」
「またまた〜、照れちゃって。なら片想いとか? バイト先で好きな人と会って楽しく会話ですか。か〜! 羨ましいね」
うわ、面倒くさいなこの人。普段から面倒くさい人ではあるけど、今は一段と面倒くさい。色恋沙汰だと口数が増える典型的なタイプだったのか。気になるのはわかるけど、自重してほしい。
「どっちも違いますよ。私と蒼君はただの友人です。それに、蒼君が好きな人は他にいますよ」
「勝手にいる事にしないでもらえる?」
「気のせいでしたか、すいません。私からはそう見えたので、勘違いしてしまいました」
誰相手に、というのは聞くまでもないだろう。どこか特別視しているのは間違っていないからね。でも、今の僕の中にある感情は、多分友愛だ。恋愛じゃない。だって、空にも、黒井さんにも、同じ感情を抱いているから。
今の僕にとって、3人は特別な存在だ。それはこれからも変わらないと思う。だからこそ、今の関係は大事にしていきたいな。
「気にしないで。勘違いは誰にでもあるからね。それじゃあ僕は仕事に戻るから。朝野さんも、さっさとレジに帰ってください」
黒井さんに、こんな面倒くさい人の相手をさせてられない。早めに退散しよう。
「はい。頑張ってください」
僕が別の場所に移動するとき、黒井さんと朝野さんが話しているのがチラッと見えたけど、何を話していたんだろう?
まぁ、いいか。僕が詮索するようなことでもないしね。せっかく決まったバイトなんだし、頑張ろう。
「池っちー! 私サボるからレジお願い!」
「堂々と言うことか!」
うん。僕が頑張ろう。
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