【短編】ぽっちゃり悪役令嬢はケーキを投げつける

未知香

短編

「なんなの! 誰なのよあなたは!」


 太った身体を震わせそう怒鳴った彼女は、私にケーキを投げつけた。パーティーに参加するとしか思えないピンクのふりふりのドレスを着ているせいか、動きは鈍い。


 私がたっぷりとクリームがのったべたべたに甘そうな可愛いケーキをさっと避けると、ケーキは無残にも壁にぶつかり派手な跡となる。


「どうして避けたのよ! なんで私の部屋にいるのよ!」


「えええ。どう考えても、それは私の台詞でしょう!」


 病院でひとりぼんやりと外を見ていたら、フリルのたくさんついた可愛い部屋で光る魔法陣らしきものの上に居たのだ。


 全く意味がわからない。


 そして私を見るなり、目の前に居た彼女はケーキを投げつけてきた。

 私の状況のがだいぶ酷い。


「そんな細い身体で! 私の前で!」


「細いのは病弱だからよ! 急にこんな所に移動してて一体なんなの!? 私がこんな所に居るのはあなたの仕業なの?」


 細いと言われてかっとして怒鳴ると、彼女は両目に涙をためて子供の様に顔を歪めた。私は確かに細いが、好きでそうなわけじゃない。


「だって、だって……!」


 今にも泣きそうな彼女も状況がわからないのかもしれない。ケーキは投げつけてきたけど。


 言いすぎたかもしれない。

 私は罪悪感に苛まれ、そっと彼女に近付いて肩を撫でた。

 はっとしたように彼女はうるうると目を滲ませ、ぷよぷよとした顔をこちらに向ける。


 綺麗なミルクティー色の髪の毛とつぶらな瞳と相まってハムスターみたいだ。

 本当に何かしらの事故だったのかもしれない。


「……もしかして、あなた、世界は滅ぼせる?」


 同情いらなかった。


「どう見ても弱ったただの人間よ。無理」


「やっぱりそうよね。……結局私は、何をやっても駄目なんだわ!」


 断るとまた同じように彼女は暴れ出し、私は慌てて彼女を止めようと立ち向かった。その途端ぐらりと視界が揺れた。


「……ああ、そうだ、わたし病人だった……」


 急に動いたせいで、頭がぐらんぐらんする。よく考えたらそもそも歩ける状態ですらなかったのだ。

 入院中どころか、人生の大半を病院で暮らしている私だ。


「えっ。大丈夫!?」


 私の様子に気が付いた彼女が慌てたような声で私の腕をつかんだが、そのまま私の意識は沈んでいった。


 *****


「私はナリアラータ・ガイラスよ。……こうみえて、侯爵令嬢なの」


 目が覚めても全然私の知っている現実には戻ってなくて、さっき見たレースだらけのベッドに寝かされていた。

 私があまりにも簡単に倒れたせいか、ナリアターラは先ほどまでの勢いはなくしゅんとしていた。


 ベッドの隣に椅子を持ってきて、心配そうに私の手を握っている。

 ……悪い子ではないようだ。


「こう見えて、の意味はわからなけれど、名前はわかったわ。私は青柳比奈よ。ヒナって呼んでもらえるかな」


 状況はわからなかったものの、同い年位の子との会話が久しぶりで自己紹介をするのはなんだか嬉しかった。


「怒ってないの?」


「ええ、怒ってない。状況を教えてもらえれば助かるけど」


 私が言うと、気まずそうに視線を逸らしたナリアラータは、声を震わせながら教えてくれた。


 ナリアターラの話はこうだった。


 ナリアターラは学園に通う二年生だ。もともと出来が良くなかったし太っている彼女は、社交界では笑いものだった。

 高位の貴族だということで、表立ってからかわれることはなかったけれど、嫌味はしょっちゅうだったようだ。ほぼ引きこもって暮らしていた。


 しかし学園にはいかなければならない。大人しくしていた為か皆が青春に夢中だったせいか、学園では特に大きな問題はなかった。

 幼いころから婚約していた彼、クリスとの関係も悪くなかった。クリスは彼女の性格をわかっていたし、優しかった。彼の周りの友達も、幼馴染のような関係で優しくしてくれた。


 しかし、転校生が来てから風向きが変わった。


 とても可愛い彼女は、ナリアターラにも親切にしてくれていた人たちとあっという間に仲良くなった。

 そして、彼女の婚約者とも仲良くなった。


 婚約者が彼女に惹かれるのではと怯えた彼女は、転校生に頼むことにした。


 その時に、転校生は泣いた。ナリアターラは全く酷く言った気もなかった。

 ただ、婚約者にあまり近寄ってほしくなかっただけ。


 しかし泣いた転校生は愛らしく好かれていた。

 だからその場を見ていた皆は、そうは思わなかった。


 見た目も悪く性格も悪い。

 その日からナリアターラの評価はこうなった。


「……それで、もう何もかもが終わればいいと思って魔術を使ったの」


「それで何がどうなったか私が召喚されたのね」


「ごめんなさい。私、あなたにそんなことしようと思ったわけじゃないの。私、私…」


「それで間違って召喚されるとか、私もつくづくついてないわね……」


「もう、自分が嫌いなの。何もかもなくなってほしかったの。ごめんなさい」


 呆れた気持で言ったが、状況はわかってきた。なんと私は彼女の事を知っていた。

 話を聞いているうちに、彼女が誰だかわかったのだ。


 ナリアターラは私が病院で散々やっていたゲーム『シンデレラ・カレッジ』の悪役令嬢だ。


 悪役令嬢だけれど、太っていてどんくさくて、魔法が苦手な彼女はライバルたりえなかった。

 度々攻略相手と話しているところに近付いてきて、彼女がいると攻略相手の好感度が下がるのでそれを避けてるという邪魔キャラだった。


 たまに近付くと攻略対象者が彼女と口論になるので、悪役令嬢らしく性格が悪いんだなとなんとなく思っていた。


 ……彼女がこんなに可愛い子だとは知らなかった。性格は悪くない。ただ、不器用そうな女の子だ。


「何があったんだ! ナリアラータ!」


 ばーんと扉があいたかと思うと、眩しい程に整った鍛え抜かれた体の男が入ってきた。


「お兄様! ……これは」


「えっ。誰だこの女は! 何故ナリアラータのベッドで寝ているんだ」


「ええとこれには深い事情がありまして、私が望んで彼女をベッドに寝てもらっているというかなんというか」


 ナリアラータが下手な言い訳を並べるが、兄はそれを真剣に頷いて聞いている。

 私が異世界から急に現れたと聞いて、目を見開いている。

 クラインはそんな姿も、驚くほどにかっこいい。


 眩しいイケメンのナリアラータの兄クラインは、当然攻略対象者だ。

 ……この過保護からどうしてヒロイン派に寝返ったんだろう。

 こうなってくるとヒロイン恐ろしい。


「……いい。事情は何となく分かった」


 クラインはまだ消えていなかった魔法陣を見て、悔しそうに眉を顰めた。

 彼女が自暴自棄になっているのを知っているのだろう。


 ……好きなのにこんな風になっている妹を見るのはつらいだろうな。


 そう思ったのは、そこまでだった。


「ナリアラータ。いいんだよ。美味しいケーキを買ってきたからこれを食べよう」


「ありがとう……お兄様」


 クラインは優しい口調で驚くべきことにホールケーキを出してきた。それを当然のように受け取るナリアラータ。


 定番のやりとりだとわかる。

 私はクラインのことをにらんだ。


「あなたはどうしてナリアラータにケーキを?」


「彼女は甘いものが好きなんだ。……好きなことをしているときがしあわせだろう」


「……そうね」


 私は言いかけた言葉を飲み込んだ。


 ケーキを前に、三人でお茶会が始まった。


 メイドがお茶を運んできて、目の前に温かでいい香りのお茶が置かれる。私はそれに手を付けた。

 花のような香りが広がって、美味しい。


「……妹が、申し訳ない」


 同じように紅茶に手を付けたクラインが、つらそうな顔で謝ってくる。兄が謝る姿を見て、同じようにナリアターラは謝った。


 私は目の前にあるクリームたっぷりのケーキを見て、ため息をついた。


「大丈夫です。……でも、私は病気で、元の世界に戻れないにしてもお医者様を紹介してくれませんか?」


 先程も倒れたばかりだ。本当にこんな風に病院の人以外と話すのも久しぶりだ。

 話すだけでも楽しい。


「え? 病気なら、治したわ。あなたこんなにひどいのに治療されたことがなかったのね。平民なのかしら」


「えっ」


「結構魔力を使ったから、重かったのよね。……教会だと高いものね」


 気の毒そうにいう彼女の言葉が信じられなかった。


「すごい酷い病気だったのよ……心臓病で」


「ええ。あのままだと危なかった。……良かったわ」


 ふわりと笑ったナリアラータに、悪役令嬢の面影はなかった。私は彼女を許すために交換条件を付けることにした。


「ありがとう。でも、それで私がここに来てしまった事は帳消しにならないわ」


「当然よ……ごめんなさい」


「私とお友達になりましょう。あと、話し相手か何かで私のことを雇ってくれる? メイドでもいいけれど、この世界のことはわからない」


 好きだった乙女ゲームだとはいえ、ここは魔法もあり貴族が居るような世界だ。まったく違う。

 ナリアラータは私の提案に、目をぱちぱちと瞬いた。


「お友達に……? どうして?」


 どうしてとは単純に。


「私、あなたと仲良くなりたいの。……病気のせいで長いことお友達もいなかったし」


 もう高校生という年齢の自分がお友達になってほしいというのは少し恥ずかしい。それでも、照れた私に本当に嬉しそうにナリアラータは笑って、私の手を取った。


「うれしいわ! ありがとう! 本当に……!」


 私とナリアラータのやりとりを、嬉しそうにクレインは見ていた。


「一緒に住めるように、私が手配する。妹のことを許してくれて、本当にありがとう。……これから、よろしくね、ヒナ」


 *****


 そうしてあっという間に私は彼女の義妹になっていた。

 この家はクラインがもう家督を継ぐことが決まっていて、二人の父親は半引退で母親と二人で旅行に行ってしまっていた。


 ゲームの記憶で言えばクラインは十八で私とナリアラータの二つ上なだけだ。

 それが、もう侯爵。

 乙女ゲームはやりたい放題だ。


 私はナリアラータと二人でベッドに座った。


「一緒に暮らせるなんて不思議。……今は春休みだけど学校が始まるとあなたも一緒に来てくれるのよね?」


「ええ。クライン様が用意してくれているみたい」


「あなたが居ると思うと、気が重いのが少し変わるわ! ……こんなことになって本当にごめんなさい」


 私に身体を寄りかからせ、ナリアラータが目を伏せる。彼女は素直だ。

 言いたくはなかったけれど、これ以上彼女に負い目を与えるのは嫌だった。


「仕方ないわ。……それに、あなたに回復魔法をかけてもらわなかったら、私はそろそろ死んでたと思う。私が居た国では、この病気は治せなかったの」


「そんな……」


「それに、病院でいつも一人だったわ。色々な物はあったし端々に愛情は感じたけれど……私はただ両親に会いたかった」


 プレゼントはいつもたくさんあった。いい部屋だったし看護師さんは優しかった。

 ……でも、私の望みは一緒にいる事だけだった。たった、少しでも。


「弱っていく私を見るのが、きっと嫌だった。それは、わかってた。……だから、これでよかったのかもしれないと思ってる」


 ナリアラータは私のことをじっと見て、そのあとぎゅっと抱きしめた。彼女のやわらかな体に包まれて体温を感じ、私は息をついた。


 ……嬉しい。


 何も言わない彼女は、ただただそばにいてくれた。


 *****


「私は痩せすぎていて体力不足、あなたは太りすぎていて体力不足。お互いちゃんとした体型を目指しましょう。一緒に」


 私は健康になった。

 一週間たち、歩いても何も痛まない身体をやっと信じることができた。

 その為、思っていたことをナリアラータに提案することにした。


 何故か今日もクラインも一緒にいる。


「……一緒に? あなたは痩せてていいのに……」


「痩せすぎているのも、コンプレックスなの。どうあっても、自分が好きな体型であるのが一番自信が持てると思う。……私、病院でよくお化粧した」


「お化粧、好きなの?」


「うん。自分が理想の顔に少しでも近づくのが、嬉しくて」


 両親にメールを送ると、化粧の道具はすぐに用意され送られてきた。大事に使っていたあの道具たちはもうない。

 でも、鏡を覗くといつもと違う自分が居て、自然と笑みが浮かんだ。


「そうなんだ。……ヒナが言うなら、頑張ってみようかな」


「偉いなナリアラータ。前向きになってくれて嬉しいよ。ヒナも、ありがとう」


 体型になんて悩んだことのなさそうなクラインが、感動したように頷いている。

 しかし。


「じゃあ、まずはお茶会をしよう。新しくできたお店でクッキーを買ってきたんだ。形が可愛いし、ナッツがザクザク入っているのもあったよ」


 いそいそとクラインは紙袋を開けようとしている。

 私はクラインの手を握った。


「えっ。ヒ……ヒナ。君がそんな積極的だなんてっ」


「まあ、お兄様とヒナはいつの間にそんな関係に。お兄様良かったですね……!」


 二人は何故か顔を赤くしている。

 私は首を振った。


「お菓子は禁止です」


「えっ」

「そんなっ」


 二人は絶望したような顔でこちらを見た。……並んでみると、結構似ている。


「何故なんだヒナ。ナリアターラは、引っ込み思案で、お菓子を食べているときが楽しいんだ。私も、だから……」


 クラインが慌てたように言い募るが、私は彼をにらんだ。


「クライン様がナリアターラが好きな気持ちはすごくわかります。私も彼女が大好きです。……でも、自分を好きになるには、自分の好きな見た目になることも大事なんです。……どういう体型であろうと」


 私がそういうと、クラインは眉を下げ泣きそうな顔をして微笑んだ。

 その顔が、なんだかとても切なくて私は胸がぎゅっとなる。


 クラインをじっと見てしまっていた私の手を、ナリアラータは強くつかんだ。


「私もあなたが大好き。それに私は今の私が好きじゃない。……一緒に頑張りたい。あなたとだったら、頑張れると思うの」


「ありがとう。嬉しいわ。……私はまず運動する体力もないから、一緒にゆっくりやっていきましょう。まずは散歩からよ」


「えっ。結構初歩」


 病気が治っていても、病院生活ですっかり弱っている。走ることはできない。かなり基礎からのスタートに、可笑しくなってナリアラータとくすくすと笑いあう。


「それならば、私が手伝おう」


 クラインが張り切ったように言ってくる。


「こう見えても、騎士になれるといわれている。家を継ぐために、なることはないけれど」


 知っている。でもどう考えてもお呼びではない経歴だ。

 ひよこの中にゴリラが交ざったような感じだ。


「どう考えてもそのレベルまでいっていません。遠慮します」


 私がはっきりと断ると、クラインはがっかりと肩を落とし、それを見たナリアターラはおろおろと彼の周りをぐるぐるとする。


「ヒ、ヒナ。お兄様も仲間に入れてあげてください。気持ちを少しはわかってあげて!」


「え? 何の話?」


「今はいいんだ。……これから、こらから頑張るから」


「ええ、時間はたっぷりありますわ。お兄様は素敵ですもの、頑張りましょう」


「クライン様も、ダイエットですか?」


「違うけれど、頑張るので一緒にお願いします!」


「お願い、ヒナ!」


 全く話が分からないけれど、通じ合った二人の会話に押され、私は何度も頷いた。

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【短編】ぽっちゃり悪役令嬢はケーキを投げつける 未知香 @michika_michi

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