【短編】卒業式の日に、「恋愛成就の樹」の下で告白する話

千月さかき

【短編】卒業式の日に、「恋愛成就の樹」の下で告白する話

「卒業式の日に、先輩に告白しようと思うんだ」


 正月が終わって、すぐの頃。

 幼なじみの優羽ゆうの部屋を訪ねたら、そんなことを言われた。


「だからしゅんくん。協力してくれない?」

「まじで!? 優羽が誰かに告白するのか!?」

「突然でびっくりしたと思うけど……」

「優羽に人並みの恋愛感情があったのか……」

「ひどくない?」

「いや、だってさ……」


 優羽は、生まれたときから俺のお隣さんだ。

 としも同じで、誕生日も近いから、いつも仲が良かった。


 当たり前の幼なじみと違うのは、優羽がめちゃくちゃ天才肌だったことだ。

 彼女はり性で、ひとつのことの集中すると、他のことを忘れてしまう。

 学校も、食事も、時間の経過さえも。


 優羽の家は、両親が出張でいないことが多かった。

 だから、彼女がひとつのことに熱中して、時間を忘れるのはいつものことだった。

 しょうがないから俺が毎朝、様子を見に行ったりしてたんだ。


 ゲームに熱中していたときは、俺が来たのにも気づかず、パジャマ姿でコントローラを握りしめてた。

 絵を描くのに夢中だったときは、鏡を前に下着姿で自画像を描いてた。

 服を着せて、学校まで引っ張っていくのが大変だった。


 その優羽が、誰かを好きになって、告白するのか……。

 ……人間って成長するんだな。感動してきた。


「俊くん。なにか失礼なこと考えてない?」

「なぜわかる?」

「少し前に、潜在能力を覚醒させる本を読んだからね」

「得体の知れない本に手を出すな」

「それより、卒業式のことなんだけど」

「ああ」

「せっかくだから『恋愛成就の樹』の下で告白しようと思うの」

「正気か!?」

「なんで!?」

「あの樹がどういうものか知ってるのか?」

「知ってるよ? 『卒業式の日に、あの樹の下で告白して、カップル成立したふたりは永遠に結ばれる』という伝説があるんでしょ?」

「ああ。それで合ってる」

「わたしもそこで告白しようかと思って」

「優羽は、あの樹にまつわる歴史は知らないのか?」

「歴史?」

「あの樹には、おそるべき歴史があるんだよ……」


 確かに、卒業式の日に『恋愛成就の樹』の下で成立したカップルは永遠に結ばれるらしい。

 だけどあの樹は、奇妙な歴史をたどっているんだ。


「優羽は『恋愛成就の樹』がどこにあるか知ってるのか?」

「わからないの。みんな言ってることが違うから」

「昔の話をしよう。『恋愛成就の樹』は最初に、3丁目の田中さんちの庭にあった」

「駐車場の隣だよね?」

「そうだ。そしてあの樹のせいで、田中さんはノイローゼになってしまったんだ」

「どうして?」

「卒業式の日になると、告白待ちの学生が長蛇ちょうだの列を作るからだよ」

「……あー」


 それはすさまじい光景だったらしい。


『恋愛成就の樹』は、田中さんちの板塀いたべいの向こうにあった。

 だからその近くで、告白待ちの男女が列を作っていたんだ。

 数は数十人。多いときは百人を超えることもあったらしい。


 田中さんちは、おじいさんと、その娘さんの二人暮らしだった。

 おじいさんは年金生活だったから、ずっと家にいた。

 そのせいか、卒業式のころにはいつも、精神のバランスを崩していたそうだ。


 庭仕事をすれば愛の言葉が聞こえてくる。

 家を出るときは、告白待ちの人たちに移動してもらわなきゃいけない。


 告白待ちの連中も、待っている間に疲れてきて、田中さんちの板塀に寄りかかったりする。

 そうしてついに板塀が倒れたところで、田中さんがキレた。


「田中さんは斧で、『恋愛成就の樹』を切り倒そうとしたんだよ」

「そうだったんだ……って、あれ? でも『恋愛成就の樹』って、まだあるんだよね?」

「ああ。近くのコンビニの人が、あの樹を引き取ることにしたらしい。敷地しきちに植えれば客寄せになると思ったんだろうな」

「それでどうなったの?」

「道路で告白待ちをする人はいなくなった」

「よかったじゃない」

「全員、コンビニの中で待つようになったからな」

「なんで!?」

暖房だんぼうが効いてるからだよ。卒業式がある3月は、まだ寒い時期だし」

「それならわかるよ。合理的だね」

「コンビニとしては、たまったもんじゃなかっただろうけどな」


 外で待つより、コンビニの中で待つ方がいいのはわかる。

 雑誌コーナーで待っていればひまつぶせる。

 ガラス越しに、前の人の告白が終わるタイミングもわかる。

 告白待ちの人にとっては、すごく便利だ。


 だけど、コンビニとしては迷惑だった。

 そりゃそうだ。告白待ちをする連中が買い物をするわけじゃないもんな。


 例えば……肉まんを買って、食べてる間に告白の順番が来たら大変なことになる。

 食べかけの肉まんを片手に告白するわけにはいかないし、口に入れて、もごもごしながら告白したらだいなしだ。


 そんなわけで『恋愛成就の樹』はまた、移設されることになったんだ。


「それからどうなったの?」

「『恋愛成就の樹』は、あちこちを転々としたそうだよ」


 家電量販店の前に移設されたこともあった。

 告白の順番を待つ学生の行列と、格安商品を狙う転売屋の行列が入り交じって大変なことになった。

 学生と転売屋が大乱闘だいらんとうを起こした事件は『ガンプラ特売日の乱』として、地元新聞の一面を賑わせた。


『恋愛成就の樹』が遊園地に移設されたこともあった。

 広い敷地なら、行列を作っても大丈夫だと思ったんだろう。

 そしたら『恋愛成就の樹』のうわさがより多くの人に広まって、行列がさらに伸びた。

 アトラクション待ちの行列とまざって大変なことになった。


 市役所の庭に移設されたという話も聞いてる。

 あの場所は人目が多いからな。

 衆人環視しゅうじんかんしの中なら、告白する人も減ると思ったんだろう。


 でも、市長さんは青春をめていた。

 市役所の待合室が大混雑だいこんざつになり、市民から苦情が出た。

『恋愛成就の樹』は、また移設されることになった。


「現在は、市内に5本の『恋愛成就の樹』があるそうだ」

「なんでそんなにあるの!?」

「告白の行列を分散するために、市が予算を出して増やしたらしい。ただし、5本のうち4本はダミーで、本当の『恋愛成就の樹』は1本だけだ」

「どうしてそんなことに……」

「『恋愛成就の樹』は迷惑施設だからなぁ」


 市長さんとしては、苦肉の策だったんだろう。

『恋愛成就の樹』そのものを無くしてしまえば、皆からの支持を失う。

 かといってそのままにしておけば、市民に迷惑がかかる。

 ダミーを作って分散するしかなかったんだろうな。


「『恋愛成就の樹』は、今どこにあるの?」

「ひとつは海浜公園に植えられてる。冬になると日本海から寒風かんぷうが吹いてくるところだな。3月でも、平均気温は0度前後だそうだ」

「嫌がらせすぎるよ!?」

「ふたつめは産業廃棄物処理場さんぎょうはいきぶつしょりじょうのとなりだ。廃棄物はいきぶつ重機じゅうきが引っかき回す音で、告白の声が聞こえないって言われてる」

「役所の人は本当に『恋愛成就の樹』が嫌いなんだね……」

「それほど告白する学生たちに迷惑してたんだろうな。それで、3カ所目は4車線道路の中央分離帯だ。近くに横断歩道があるから、車が通るのが気にならなければ、普通に告白できると思うぞ」

「今の車って、みんなドライブレコーダーがついてるよね?」

「告白シーンが、知らない誰かに録画ろくがされることになるな」

「……それはそれで記念になるかな?」

「そういう性癖せいへきの人間にはいいかもしれないな。あと、4カ所目は、幼稚園ようちえんの庭だ」

「意外と普通だね」

「部外者が入れないように高いさくがあるけどな。告白したい人は、園長さんの許可を取って、子どもたちがおゆうぎしてるそばで愛を語らなきゃいけない」

「…………それくらいなら」

「ただし、園長さんは幼稚園を経営して50年のベテランだ。しかも、市内の幼稚園と保育園すべてに関わってる。許可を取りにいった人は『あらー。○○ちゃん。大きくなって。色気づいて告白するとしになったのねぇ。おばさんもびっくりよー?』と言われるらしいぞ」

「その口調って、佐々木先生?」

「俺と優羽が年長組だったときの担任だな」


 俺と優羽はその頃からのくさえんだ。


 優羽も昔は『大きくなったらしゅんくんと結婚する!』とか言ってたけどな。

 その後、格ゲーにはまったときは『ロシア人のプロレスラーと結婚する!』と言い出して、RPGにはまったときは『エンシェントエルダードラゴンと結婚する!』になって、趣味しゅみでアプリを作り始めたときは『スーパーデバッガーと結婚する!』になってたんだが。


 そんな優羽が当たり前の女子高生として『先輩に告白する』と言い出したんだよな。

 やっぱり、優羽も成長してるってことか。


 幼なじみ……というか、同い年の兄貴分として、感慨深かんがいぶかいな。

 俺が優羽の面倒を見るのも、これが最後になるのか……。


「聞いた中では……幼稚園の庭が、いちばん難易度が低いと思うの」

超絶ちょうぜつの記憶力を持つ佐々木先生に『そういえば○○ちゃん。年長組のときに……』とか、思い出話を語られるらしいけど?」

「絶対に嫌!」

「だろう?」

「幼稚園のときに俊くんのぬいぐるみの腕をもいじゃって、半年間隠し通して、結局、佐々木先生から返してもらった話なんて語られたくないもの」

「犯人はお前だったのか!?」

「え?」

「え?」

「…………」

「…………」

「そ、それで俊くん。5本目の『恋愛成就の樹』はどこにあるの?」

「優羽。あとで話がある」

「……はい」


 しゅんとなる優羽。

 ……しょうがないなぁ。まったく。


「5本目の『恋愛成就の樹』は、神社の敷地内しきちないだよ。海のそばの高台にあるやつ」

「500段の石段を登った先にあるところ?」

「ああ。敷地がめっちゃ狭いところに植樹したから、ふたりくらいしか入れないそうだ」

「本当に嫌われてたんだね。『恋愛成就の樹』って」

「迷惑施設だからな」

「俊くんは、どの樹が本物だと思うの?」


 クッションを抱きしめて、優羽が聞いてくる。


「俊くんは情報収集が得意だもんね」

「それなりにな」

「わたしが格ゲーを始めたときは、一番使いやすいキャラを教えてくれたし、MMOのRPGをはじめたときは、初心者向けの装備を教えてくれたよね。わたしがアプリを作り始めたときは、売れるアプリの傾向と対策を教えてくれたし」

「俺はアドバイスしただけだ。結果を出したのはお前だろ」

「でも、俊くんなら、正しい『恋愛成就の樹』の場所がわかるんじゃない?」

「神社の樹だろうな」

「どうして?」

「一番、行きにくい場所にあるからだよ」


 俺は説明をはじめた。


 海浜公園の樹は、吹きだまりと寒い風が障害になる。

 だったら対策は簡単だ。

『恋愛成就の樹』を、風除かぜよけにすればいい。

 あの樹は幹がめちゃくちゃ太いからな。海からの風を防いでくれるだろう。


 産業廃棄物処理場の方も似たようなものだ。

 音が気になるなら、営業時間外に告白すればいい。

 早朝か夜なら重機は動いていない。落ち着いて告白できるだろう。


 4車線道路の中央分離帯もそうだ。

 早朝や深夜なら車は通らない。心ゆくまで告白できる。


 幼稚園は、佐々木先生のいないときに訪ねればいい。

 それかさくの外の『恋愛成就の樹』が見える場所で告白するって手もある。


 だけど──


「神社の石段だけは、自分の足で登るしかないだろ? 市長さんが『恋愛成就の樹』を嫌ってるなら、一番たどりつきにくい場所に本物があると思うんだ」

「なるほど……」

「納得したか?」

「でも、もしも偽物だったらどうしよう」


 優羽の目がうるみはじめる。

 こいつは本当に、その先輩が好きなんだな……。


「先輩に500段の石段を登ってもらうことになるんだよ? なのに……偽物だったら、恋愛がうまくいかないことになるかも」

「それはないな」

「どうして?」

「まだ寒い3月の時期に、わざわざ500段の石段を登って告白されに来るような奴は、最初からお前に好意を持ってるからだよ。というか、好きでもない奴に呼び出されて、そんな大変な場所に来るわけないだろ?」

「本当に?」

「ああ」

「絶対?」

「たぶんな」

「命かける?」

「かけねぇよ! なんで優羽の告白に、俺が命をかけなきゃいけないんだ!」

「かけてくれれば安心するのに」

「お前の安心のために命をかける気はねぇよ」

「……ちぇ」

「むくれてないで、先輩への告白の言葉でも考えておけ」

「『葉桜優羽はざくらゆうです。座右ざゆうめいは「初志貫徹しょしかんてつ」です。アプリストアで月間1位を取ったこともあります。一生あなたをやしなえるようにがんばりますから、わたしと付き合ってください!』」

「…………」

「きゅんとした?」

「しないけど?」

「なんで!?」

「前半は面接めんせつの自己紹介みたいだ。後半は重すぎる」

「じゃあどうしろというの!?」

「自分で考えなさい」

「もう少しアドバイスしてくれてもいいじゃない」

「……まぁ、俺が優羽の面倒を見るのも最後かもしれないからな」


 これからはその『先輩』が、優羽の面倒を見ることになるんだろう。


 ……がんばってください。先輩。

 俺は応援しかできないけど。


「じゃあ優羽は、石段を登る練習をしておけ」

「え?」

「お前は究極のインドア派だろ? 500段の石段を登れるのか?」

「──あ」

「お前に呼び出された先輩は、石段を登って会いに来るんだぞ? なのに、呼び出したお前が石段の途中でうずくまってたらだいなしだろ?」

「俊くん」

「なんだよ」

「裏技的なものはない?」

「ないよ。言っただろ。5本目の樹にあるのは物理的な障害だって。だからこそ、本物の可能性が高いって」

「……うぅ」

「あきらめて他の4本で告白するか?」

「それは嫌」


 優羽は首を横に振った。


「俊くんが本物だって言ってくれた樹で告白したい。でなきゃ意味ないもの」

「そっか」

「ありがとう。俊くん」


 優羽は真剣は表情で、


「わたし、がんばるよ。これから卒業式までの間に、石段を登る練習をする」

「そっか」

「俊くんのためにも、ちゃんと告白できるようにするね」


 きっぱりと宣言した優羽は、まるで、俺の知らない人のような顔をしていた。

 やっぱり優羽は、変わろうとしているみたいだ。


 俺は小さいころからお隣さんとして、優羽をサポートしてきた。

 優羽が、天才だと思ってたからだ。


 小学校での優羽は──学校を休みがちだったけど、図工や絵画で才能を発揮していた。彼女が作ったものが今でも小学校に飾られているくらいだ。


 格闘ゲームに熱中すれば、全国ランキングのいいところまで行ってたし、ネトゲでは高レベルのギルドの一員として活躍してた。


 ちなみに、ゲームのユーザー名やRPGのキャラ名はいつも『雪寸君子ゆきすんくんし』だった。意味不明だけど、優羽はこの名前にこだわりがあるらしい。


 その後、優羽はプログラムに興味を持つようになった。

 中でも得意だったのは、スマホのアプリ作成だ。

 アプリランキング月間1位というのは嘘じゃない。だから優羽は結構かせいでる。

 優羽の両親は仕事漬けになってるのは、優羽に収入で負けないようにするためだ。

 そのせいで優羽はさみしい思いをしてるんだけど。


 俺は、そんな優羽のサポートをすることが、自分の役目だと思っていた。

 優羽にまともな日常生活を送らせることで『天才のサポート役』をしていると思っていたんだ。


 でも、それも終わりだ。

 優羽も成長してる。

 彼女はこれから先輩に告白して……結果はどうあれ、これまでとは違う日々を送ることになるんだろうな。


「俺も、優羽に負けないくらい成長しないとな」

「ん? なにか言った? 俊くん」

「なんでもないよ。がんばれ。優羽」

「うん!」


 そんな話をしてから、俺は優羽の部屋を後にしたのだった。






 それから、優羽は身体をきたえるようになった。


 毎日早起きして、ジョギングして──

『恋愛成就の樹』がある神社の、石段を登って──

 今日は何段目まで登れたか、俺にLINEで報告するようになった。


 というか、これは俺が頼んだんだけどな。

 優羽のことだから雪の中、疲れて動けなくなることもあるから。

 安否確認のために、LINEするように言っておいたんだ。


 だけど、心配する必要なんかなかった。

 優羽はちゃんと、自分の限界をわきまえていたんだ。


『俊くんに心配かけたくないから』


 ──というのが理由らしい。


 立派なもんだ。


 1月が終わり、2月になっても、優羽は身体を鍛え続けていた。

 俺は彼女にメッセージを返しながら、受験勉強をしていた。


 来年は3年生だ。

 天才の優羽と違って、俺は普通の進路を進むことになる。

 やりたいことはまだ見つからないけど……とにかく、優羽に負けないように努力しないと。


 そうして、俺たちはそれぞれの時間を過ごして──


 ついに、卒業式の朝がやってきたのだった。





『足をくじいて歩けなくなっちゃった』


 卒業式の日の朝、優羽から、そんなメッセージが届いた。


『最後の練習中。ちょっと足、痛いみたい』

『優羽!? 今どこにいる!?』

『例の神社。石段の490段目くらい。石段に氷が張ってるの、気づかなくて』

『わかった。すぐに行く』

『え?』

『下手に動くなよ。いいな?』

『あ、あの。俊くん? これはただの報告だよ? 来て欲しいときはちゃんと──』

『いいから。じっとしてろ。先輩が来る前に、俺がなんとかしてやる』


 俺は救急箱を手に、家を飛び出した。

 昨日からの寒波で、路面が凍結してる。

 そのせいで神社の石段も凍り付いてたのか。


 優羽はもう、先輩を呼びだしたんだろうか。

 その先輩……来てくれるといいな。


 こんな日に石段を登ってくるような奴なら、絶対、優羽のこと好きだろ。

 告白がうまくいくといいんだけど。


 そんなことを思いながら、俺は神社へと向かったのだった。






「大丈夫か?」

「俊くん!? 本当に来ちゃったの!?」

「そりゃ来るだろ。あと、俺は動くなって言っといたよな?」


 優羽は、神社の敷地内にいた。

 例の『恋愛成就の樹』の根元のあたりに座ってる。

 足をくじいたときは490段目って言ってたから、残り10段をなんとか登り切ったらしい。


 制服姿の優羽は『恋愛成就の樹』の根元に座ってる。

 俺は湿布薬しっぷやくを取り出して、優羽に渡した。


「足、痛むか?」

「ちょっとだけ」

「そっか」

「うん」

「例の先輩って、もう呼んだのか?」

「うん。呼んだ」

「そうか。うまくいくといいな」

「あのね。俊くん」

「うん?」

「わたし、留年りゅうねんした」

「……え?」

「出席日数が足りなかったみたい。年末に、先生に言われた」

「あー。授業をすっぽかしてばっかりだったからな……しょうがないよな」

「新学期から俊くんは先輩」

「そうなるな」

「先輩」

「繰り返すな」

「好きです」

「そういうことは先輩が来てから言え」

「だから、先輩」

「ん?」

「終業式は終わったから、現時点で俊くんは先輩」

「…………ん?」

「先輩。好きです。付き合ってください」


 優羽は、あさっての方向を向いていた。

 耳まで、真っ赤だった。


 ……ん? どういうことだ?

 優羽がなにを言ってるのか……よくわからないんだけど。


 ……えっと。

 優羽は、出席日数が足りなくて留年した。

 来年──いや、終業式は終わってるから、現時点で俺が先輩になる。

 優羽が『恋愛成就の樹』の下で告白しようとしたのは『先輩』。

 俺は現時点で優羽の先輩だから、優羽が好きなのは……俺?


叙述じょじゅつトリックかよ!?」

「気づかない方が悪いと思う!」

「なんで!?」

「わたしずっと、ずーっと告白っぽいことしてたのに、俊くんは一度も気づいてくれなかった!」

「そうだったか?」

「そうだよ! 格ゲーのユーザー名も、RPGのキャラ名も『しゆんくんすき』のアナグラムにしてたのに!!」

「え?」

「『雪寸君子ゆきすんくんし』をひらがなにすると『ゆきすんくんし』。並べ替えると『しゆんくんすき』だから『俊くん好き』。一生懸命いっしょうけんめい考えた」

「わかりにくい!!」

「絵を描いてるときも、俊くんが来るって知ってたから、下着姿で自画像を描いてたのに!!」

「俺になにをさせるつもりだった!?」

「幼稚園のときにも、ちゃんと俊くんに告白してる。だからいつも、座右ざゆうめいは『初志貫徹しょしかんてつ』だって言ってるのに」

「ロシア人のプロレスラーとエンシェントエルダードラゴンとスーパーデバッガーはどうした」

「俊くんには敵わないもん」

「……そっか」


 今思い返すと……優羽は俺に、いろいろなメッセージを送ってたんだな。


 それに気づかなかったのは、俺が優羽を『天才』だと思ってたから……か?

 俺は凡人ぼんじんだから、優羽を恋愛対象だと思えなかったのか。


 だから、優羽は俺に気づかせるために……ここまでしたのか?

『恋愛成就の樹』で告白することを考えて。

 500段の階段を登って足腰を鍛えて……まったく。

 そういう天才的なことをされると、凡人にはわからないんだってば。


 顔を上げると『恋愛成就の樹』が揺れてる。

 花が咲くにはまだ早い時期だけど、木の芽はもう出てきてる。


 優羽は留年したから、2年生をもう一回やることになる。

 ということは、俺がこれからもこいつの面倒を見なきゃいけないわけだけど……それは、少しも嫌じゃない。逆になんだか、楽しくなってくる。


 優羽も成長してるからなぁ。

 あと1年もすれば、留年せずに学校に通えるようになるだろ。


「俊くん」

「なんだよ」

「返事、聞いてない」

「照れくさいから言わない」

「聞きたい」

「……俺は思ったんだ。こんな寒い日に、しかも石段が凍結してるってのに、500段を駆け上がってくるようなやつは、絶対に優羽のことが好きだろうって」

「うん」

「で、俺は500段を駆け上がってきたよな?」

「見てた」

「どうだった?」

「結婚したくなった」

「無茶苦茶重いな!」

「『結婚成就の樹』って、どこかにないかな?」

「探しておくよ」

「1年以内にお願い」

「早すぎないか?」

「17年待ったんだけど!?」


 そう言って、ほおを膨らませる優羽。


「俊くんが! にぶいから! わたし17年待って、500段の石段を駆け上がることになったんだけど!? ねんざまでしたんだけど!?」

「ごめん」

「おわびに、これからもずっと一緒にいて欲しい」

「わかった」

「あと、一緒に、幼稚園にある『恋愛成就の樹』に行きたい」

「佐々木先生のいるところか?」

「昔、先生の家にある樹の下で、俊くんと結婚の約束をしたことがある……ような気がするの」

「それは覚えてないなぁ」

「立派な板塀いたべいのある家だったよ?」

「そういえば佐々木先生って、結婚して名字が変わったんだっけ?」

「うん。旧姓は田中さん」

「……田中」


 それって、最初に『恋愛成就の樹』があった場所じゃ……?


「佐々木先生に確認してみようよ」

「う、うん。わかった」

「あと、幼稚園にある『恋愛成就の樹』の前でも、俊くんに告白したい」

「残り3本もフルコンプしたいとか言わないよな」

「それは足が治ったあとでね」


 そうして、俺と優羽は手を繋いで、次の『恋愛成就の樹』の場所へと向かったのだった。






おしまい


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