第5話 悲鳴

 入院が5週間だから5話にしよう、とは我ながら安直だが、思い返しながら書いていると5話くらいが限界だったのでヨシとする。

 小説、短編で現代ドラマとなると、大抵は実体験がベースになると思っているので、劇的な終わり方などは嘘くさくて書き辛い。が、その実体験に劇的な出来事があれば話は別となる。

 それは退院が決まった5週目のある日の夜。

 晩御飯も終えてあとは寝るだけという休憩時間、私と青峰さんともう一人でカードゲームをしていた。

 1ゲームを終えて一休みしているその時だった。同じホール内に悲鳴が響き渡る。

「キャー」ではなく「ギャー」と。

 何事かとホールの声の方向を見ると、見知った中年男性が同じく見知った中年女性を両拳で殴りつけていた。悲鳴は中年女性から。

 私は椅子を飛ばして駆け出し、中年男性を後ろから羽交い絞めにして、静止させつつ「何やってんですか!」と怒鳴りつける。

 1分ほどしてから当直の看護師が駆けてきて「もういいですよ」と言うので羽交い絞めを解いた。

 加害者、被害者を看護師に任せて私はカードゲームをしていたテーブルに戻る。

 と、青峰さんから「凄いですね」「勇気がありますね」。勇気云々はともかく、咄嗟にあれだけ動けるのは凄い、という意味らしかった。

 私は「修羅場には慣れてるんですよ」と冗談めかす。半分は事実なのだが。そして「昔に合気道を齧ったことがあるので」とも付け加える。

 しかし、とも思う。中年男性の脇の下から腕を通して羽交い絞めにしたのだが、相手が肘を撃ってきたら顔か脇かを殴打されていたかもしれない、やや迂闊だったなあと。

 それはともかく「退院前にこんな事態に遭遇するとは思いませんでした」とは私。

 その後、カードゲームはお開きとなり廊下を散歩していると先刻の看護師に遭遇したので、中年女性はどうなったか、と聞くと、問題ないです、ありがとうございました、と返って来た。

 そして就寝前に1通のSMSが届く。青峰さんからだった。

『おつかれさまでした。警戒して下さいね』

 なるほど、報復というのもあり得なくはないか、と返信しつつ思った。が、その心配は稀有で、何事もなく数日が過ぎ、退院の日を迎えた。

 予想外に多い荷物を看護師に運んでもらい、タクシーを待ってそれに乗り込む。

 外面はさようなら、内面では二度とごめんだ、と挨拶して病院を去り、30分ほど揺られてようやく我が家に戻った。

 以上が精神科・閉鎖病棟での体験談である。

 5話中で書いていないことと言えば、看護師の振る舞いから精神面がかなり疲れたこと、運動不足なので肉体的には弱体したこと、重篤患者の奇行にやや悩まされたこと、くらいだろうか。

 追記すると、看護師は基本的に重篤患者に接することを前提に全患者に接するので、どうしても、あたり、が強くなってしまう。そして、上記したような唐突な暴力なども疾患が故と判断されてしまうので、暴力中年男性は恐らく保護室という、軍隊で言うところの営倉に入ったものと思われる。

 それらを省いたので全体に軽く読めるかもしれないが、文字通りの閉鎖病棟なので、任意入院する際は決して選ばないように、と付け加えておく。

 入院生活は快適であるに越したことはないのだから。


――おわり

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閉鎖病棟 @misaki21

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