人の時代

第13話 「そして夜明けまで」



 

 バレルシウスが王国に戻った事により、勝ち目を失った他国はこぞって同盟を結び、それが落ち着く頃には、すでにバレルシウスが人前に姿を見せることは無くなっていた。


 バレルシウスはただ一人、建てられた神殿の中に座り、瞑想していた。


とはいえ、もうあの空間に行く必要はない。

バレルシウスにはすでに、この物語の結末が見えていた。そして、その先も。


 何年も、何百年も、彼は一人で座っていた。

時々、人間が貢物を持って様子を見に来たが、その間隔も徐々に開いていった。とはいえ、この神殿の周りを包む人々の声が、この王国の繁栄を示していた。


 いつしか神殿は聖地となり、厳重になり、静寂が保たれた。

バレルシウスはただ座っていた。






 「世界の魔力が混乱している。」


言い出したのは誰であっただろうか。

しかしそのざわめきは、静かに確実に、数を増した魔術師達の間に伝わっていた。


 いつからか、魔術師の血筋を継いでいないにも関わらず、魔法を扱う者が現れ出していた。

それと同時期に、世界を満たしている魔力のバランスが崩れ、魔法はともすると使用者に牙を剥きかねない危険な状態に陥っていた。


 「平民が下手な魔法を使うからだ」


「いや、魔法全体が不安定になっているからこそ、平民まで魔法を扱えるような事になっているのでは」


「となると魔力の変質、暴走や枯渇も考えられる。」


「バレルシウス様が姿を消したのが原因ではないか?」


 今や貴族階級を埋めるまでに繁栄したドットの血筋は、大きく三つの家柄に分かれていた。

一つは、本家本元である”ドット家”。もう一つは、バレルシウス存命時にはすでに分家しており、鴉を家紋とする”シヤ家”。そして近年新たに枝分かれした、勢いのある”ユダラ家”。


 彼らはそれぞれ優れた魔術師を当主として建てながら、自らの権力拡大と魔法の探究に余念がなかった。

この頃になると、平和を脅かす外敵や力関係の差から起きる戦乱もなく、魔術師達は思う存分、研究に没頭することができた。そうなれば当然、細かく体系化された魔法は覚えきれぬほどの種類に増え、学問としての側面すら持ち始めた。


 魔法を扱えること自体が貴族階級である証であり、特権だった。

しかし、その特権を根本から揺るがす事態が訪れる。


 平民の中から、魔法を使うものが現れたのだ。

今までの常識であれば、魔法を使えるのはドットの血筋を継いだ者のみであった。しかし、明らかにそのような血統を持たない者までが、拙いながらに魔法を扱っているのだ。


 最初は、その事実を隠蔽しようとしていた王国側も、やがては平民魔術師の増加に耐えきれなくなり、各地に魔法を習う学校が建てられ、平民達に一挙に広がった。

貴族の特権は追い詰められ、貴族の自覚は「魔法が使える」というものから、「第三階梯の魔法が使える」にまで引き上げられることとなった。


 平民の魔法は、どこまでいっても貴族階級の魔術師に届くことはなかった。しかし、多くの人間が力を持てば、問題が起こるのは避けられない。


各地で混乱が起きた。

魔法による窃盗、強盗、殺人が立て続けに起きた。


 魔術師達は研究から引き戻され、治安の維持に駆り出された。

今まで学問の中でのみ力を振るっていた魔術師達は、初めての出来事に戸惑った。しかし、どう足掻いても自分達に届き得ない平民達の相手をしているうちに、その戸惑いは優越感に変わり、それは容易く傲慢へと成長した。


 そう時が経たない内に、魔術師の中からも魔法を犯罪に使う者が現れ始めた。

混乱はますます広がり、もはや目に見える形で現れ出した。


幾人かの魔術師が、国に反旗を翻した。


内戦があちこちで始まり、地獄のような世界が広がった。なんとか事を納めようと、魔術師達は頭を捻った。しかし、今暴れている芽をいくら摘んだところで、根本的な問題は野放しになるままだった。


 多くの犠牲を出しながら、国の魔術師達は反乱を鎮圧した。

その頃には、もう二度とこのような事件を起こさない方法が、皆の間に知れ渡っていた。



 それは、この世界の全ての魔力を消し去ってしまう事だった。

すなわち、もう誰も魔法を使えなくなるという事である。


 初めは反対の声が大きかった。

しかし、他の案が何もないとなると、この方法は自然と話に上がってきた。誰もが、これ以外に道がないことを悟った。



 魔力を失えば、人間は再び暗闇の世界へと入らなければならない。

もはや、道を照らしてくれる灯火は存在しないのだ。それでも、彼らはその方法を選んだ。新たなる生き方を模索しなければならない。文明は大きく衰退するだろう。もしかすると、絶滅の危機に瀕するかもしれない。


 だが、彼らは未来に託す事にした。

自らの子孫が、血を受け継ぐ者達が、必ずや歩みを進めてくれると信じた。


 儀式は、太陽の沈む夕暮れに行われようとしていた。



この世界の魔力をかき集め、固体へと封じ込める。

全員の魔術師が力を合わせれば、決して不可能な事ではなかった。しかし、横槍が入った。



 シヤ家の当主であった”シヤ・カリム”が、家内の権力争いに敗れ、魔力の封印に反対する一派が力を持ってしまったのだ。参加者の欠如により儀式を行うことができず、延期した。


 儀式の再開を交渉しているその間にも、世界は刻一刻と危機に追い込まれていた。

王国内部は詐欺や強盗、放火や盗みが至る所で見られた。それらから身を守るために、人々が魔法をさらに深く習得したことが、よりその傾向に拍車をかけていた。


 人々は、もはや魔力がその形を留める事ができないという事に、嫌が上でも気付かされる事になった。

魔力の質は変化し、人間に力と傲慢さを与える作用を含んでいた。


 

 ついには手段を選べなくなった魔力封印派の陣営が、魔力の封印に反対する一派に宣戦布告をした。

両者は互いの手駒を引き連れて、王城の見える森に近い平原にて向かい合った。



 今まさに、殺し合いを始めようとした瞬間、空が光った。

皆がその光に眼を覆う中、やがてゆっくりと、光は人の形を作った。


 真っ青な頭髪を風に靡かせ、空から降りてきたドット・バレルシウスは、右手を挙げた。

地面へと放たれた魔法は、王国を包み、そこにいた全ての人間から魔力を奪い去った。



 「”無風夜来”」 



 王国の全ての魔術師は、一瞬にして魔力を失った。

打つ手を失った反対派の軍勢が狼狽える中、魔力封印派は密かに訓練していた剣や弓を使って襲いかかった。


 魔法を使えぬ反対派の軍は総崩れとなり、主だった反乱の主導者は処刑され、魔力封印の儀式を始める準備は整った。



 儀式は、日没の下に行われた。

戦争の終わりと共にバレルシウスは去って行き、失われていた魔法は、再び魔術師達の手に戻っていた。その感触を、彼らは愛おしく感じた。


 皆が、訪れなければならない別れに胸を打たれていた。



 「我が身に眠る神の血、その力に従いて、古よりの魔力よ集わん。」


「「我らドットの血筋なり、その歴史に生まれた子なり。」」


やがて、世界の裏側からも集まってきた無数の魔力達が、一つに溶け合い、混ざり、巨大な塊になる。



 「今こそ我ら人類、その導きに別れを告げ、己が足で暗闇への旅路に行かん。」


「やがて、我らに再び夜明け来るその時まで」


 魔力の巨大な球体は、空間に蜃気楼のような揺らぎを生み、その密度を高めていく。

それを取り囲むように輪をつくる魔術師達。ある者は泣き、ある者は微笑み、やがて姿を消す魔力の塊へと、精一杯の別れを告げる。



 「「「道標無き、それでも尚、風受けて進まん。夜明けるその時まで、やがて来たるその日まで。」」」


巨大な魔力の塊は、岩石のように固く重く固体化し、細かく分裂してこの世界へと飛び散った。

あるものは巨石のまま、あるものは火山の元となり、それらは一見ただの岩と変わらぬ姿で人間を見守る。


 やがて、自ら力を手放し、暗闇を歩く決意をした勇敢なる人の子等は、魔力と同じ道を辿り、それぞれ世界中へと広がった。シヤ家は、巨大な魔力塊を追って東方の地へ渡りながら今日まで続き、ユダラ家は西方にて、魔力をキッパリと捨てて、学問と科学を興した。


 あの大きな大きなヨミガルドは、しばらくの間は動かなかったが、やがて体を浮かせるのに飽きて海底へと沈んでいった。そうして時たま、八つや百つの首を持つ多頭龍を産み、それらが人間を食い、討伐され、新たな物語を産んだ。



 バレルシウスは、今でも神殿の床で眼を閉じている。

なにも、永遠にそうしているつもりは無い。もうすぐだ。直に訪れるその時まで、、、バレルシウスはそうして座っているのだ。





来光を額の目に浴びて、高く深く、その力を取り戻し、謳歌するその日まで。




 長く暗闇を歩く人類が、再び眩い程の夜明けを見るその日まで。



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