第12話 「運命の部屋」
部屋の先には、巨大な空間が広がっていた。
部屋の中なのにも関わらず、柔らかな風が吹いていた。
「やあ、バレルシウス。」
「、、、ここはどこですか。」
やや黒ずんだ、白い大理石で作られた広い部屋の奥で、一人の男がこちらを向いて座っていた。
「全てが記され、記され続け、そしてすでに記された場所。」
「あなたは誰ですか。」
黒い髪、黒い瞳、その体からは何の力も感じられないことが、バレルシウスには酷く不思議だった。
「僕は、、、そうだな、君の主人。糸を拵え、張り巡らせ、引く者。」
「運命、、か。」
「そうとも言う」
運命と名乗った男は、巨大な机の上に両手を組んで、バレルシウスに向かって微笑んだ。
その雰囲気に、バレルシウスは落ち着いて周りを見渡す。
部屋は巨大な円形で、螺旋を描いてひたすらに上へと続いていた。どこまでも、果てがなかった。
そしてその壁には、一部の隙間もなく本が並んでいた。壁一面に並んだ本を見て、バレルシウスは興味を持った。
「あの本には、何が書かれているのですか」
「記録」
男はただ一言そう言って、バレルシウスを指で指示した。
読んでみろ、と言われた気がして、バレルシウスは壁へと近づく。
室内にも関わらず、降り注ぐ光は不気味なほど太陽光に似ていた。しかし、暖かさはなかった。
先ほど外から見た時よりも、明らかに巨大なこの部屋の中、バレルシウスは本を手に取った。
一部の隙もない本の壁に、一冊分。小さな本の一冊分、隙間が空く。
もしかすると、この天まで伸びる本の壁がこちらに倒壊してくるのでは身構えるも、驚くほどあっけなく、本は手の中に収まった。
ゆっくりと、表紙をめくる。
バレルシウスは本に目を移した。
:
森林の中だった。
朝のようだ。靄のような霧が、腰元まで漂っている。
世界がバレルシウスの方を見た。
それは大きな人形を作って、左の方角を指差した。
指し示す通りに左を向くと、白い山脈が朝日を受けて輝き始める最中だった。
その山脈の一つ、頂上近い岩肌に、小さな集落が見えた。
遠くに立つ灰色の髪をした人影が、何事かささやいた。その人影と、バレルシウスは目が合った気がした。
ハラリと、本のページを捲る音がする。
場面が切り替わり、怒号の響く喧騒が体を包んだ。
巨人が小さな人間を握り締め、貪っていた。巨人はこのような姿をしていたのかと、バレルシウスは思った。
紙を捲る音がする。
巨大な一隻の船が、宇宙より何かを放出した。
それは、バレルシウスには馴染みのある、あの魔力だった。
船はその後、大地へと近づき、巨大な島を創造した。
魔法でもない、何か全く未知の力であった。作られた巨大な島は、バレルシウスにも見覚えのある、あのティノタン島であった。
次のページへ紙を捲る。
森の中で、一体の巨人を複数の人間が取り囲んでいる。
その先頭に立つのは、周りの人間より二回り以上大きな体躯の男であった。淡い青髪をしたその男は、巨人と何やら話ていた。首を振った男は、森の奥から眺めるバレルシウスの姿に気付いたのか、こちらへと目を細めた。
再び、紙を捲る音がする。
小高い丘の上から、広がる平原を見渡していた。
平原には、地平線にまで並んだ人間の兵士の頭が広がっている。その群れの中、幾つかの別格の力を持った存在が見える。
人間の群れの反対側には森が待ち構えており、そこには巨人がいた。
やがて大気がうねり、バレルシウスのよく知る、あの魔力の発動が始まった。それは浮かび上げた巨大な矢の大群を燃え上がらせ、巨人のいる森に向かって放たれた。
第五階梯”英雄の焔矢”
振り返れば景色が変わり、森の中の焚き火が見えた。
英雄達が、焚き火を囲んで談笑している。
バレルシウスは目を細めた。
その様子を、焚き火にあたる一人の老人に見られていることに気づき、また一歩歩みを進めた。
再び景色は変わり、一際大きな巨人の首が刎ね飛ぶ。
人間の軍が雄叫びをあげ、巨人達を虐殺する。
人間の平和な世が続き、豊かな世界が広がる。
紙を捲る。
平和でも戦乱でもない世が始まり、人間は生息域を広げていく。
一方で、ティノタン島の竜達も栄え、あの巨大な今の姿からは想像できないほど小さな、幼体のヨミガルドが海の底を這っていた。
そして、やがてあの景色がやってくる。
記憶に強く染みついた、あの懐かしい出城を外から眺めながら、バレルシウスは息を吸い込んだ。
ふと最上階の窓を見ると、腹を膨らませながらも、まだうら若い母と、青年と呼んで差し支えない父の姿が見えた。二人の姿は一瞬、見える位置から消えるも、やがて窓から外を眺める父がこちらに気づいた。
よっぽど、自分であることを伝えようと思ったが、やめた。
そしてバレルシウスは、小さな自分が育っていく様子を見た。
なんとも言えない、不思議な気分だった。
覇竜が現れ、戦争が始まり、そして両親が死んだ。
こうしてみると、自分は両親に何もしてやれなかった事に改めて気づく。だが、それでも良いのだ。ただ生きていると言うだけで、子供というのはそれでいいのだ。
紙を捲る。
覇竜と、自分との戦いが見える。
そして、覇竜がヨミガルドの亀裂に落ちて消える一瞬、目の前のバレルシウスではなく、今この光景を見ている自分の方をチラリと見て、笑った。
:
「これが、世界の元ですか」
「そうだよ」
この世界は、球体を支える数字と、それらを並べる言語によって構成されている。だがそれらで表される全ては、この本の中に書かれていた。
「ここへ、また来ることはできるのですか」
「さぁ、どうだろう。」
男は、いつの間にか手に持った本を撫でて、答える。
「全ては運命の先にある。」
この世界は、そういう物なのだ。
バレルシウスは笑った。
そして、静かに一礼した後、小屋の外へ足を向けた。
「ドット・バレルシウス。」
「、、、。」
呼び止めに振り返ったバレルシウスへ、男は挑むような微笑みを浮かべた。
「君の物語に祝福を」
「ありがとう」
バレルシウスは外へ出た。
外へ出れば、もうそこはあの宇宙に浮かぶ岩石のような景色ではなく、水平線に夕日を浮かべたヨミガルドの地だった。地面の下で、すっかり機嫌を直したヨミガルドが二、三度、眼球を回した。
バレルシウスは歩き出した。
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