第11話 「竜と魔術師」



 「決めようではないか!我と主、どちらが運命の申し子なのか!!」


覇竜は、全身の鱗を逆立て、今にも飛びかからんと体を膨らませる。

しかし、バレルシウスの魔法杖を目に留めると、先制攻撃を打ちつ捨てて口を開いた。



 「なんだ、それは、、、」


「竜を呑む者”ハバレーン”、新しい魔法杖だ。」


巨人の首の骨を先端に、手持ちには骨粉を練り混ぜ、巨人の荒々しい威容さを強調させている。


 「、、、、。」


「刻め、唸れ、悠久の魔力よ。時の奴隷に、その力量を示さん。」


 天敵を模った杖に気押される覇竜へと、バレルシウスは最初の魔法を放つ。

それは宙に浮かぶ巨大な岩石の群れ。その一つ一つが覇竜の肉を貫くだけの鋭さを持っており、それを放つのはバレルシウスともあって、殺傷力は言うまでも無い。


 「我が背にて集い、我が背面を守らん。」


 覇竜の展開した風の防壁に、バレルシウス率いる人間軍の放った弓矢の雨が降り注ぐ。

それらは一本たりとも覇竜に届くことはなかったが、それすらもバレルシウスの想定の内だった。


 「ッ!」


 矢の雨に視界を塞がれた覇竜へと、流星群を地上で再現したかのような岩石の群れが殺到する。

目の前の質量に魔力を注ぐ覇竜へと、バレルシウスと人間軍が突撃を開始する。


 「小癪な!!」


尻尾のひと薙ぎで、数百の兵士が一瞬で首と胴を分断される。

それでも進軍は止まらず、剣を抜いた数千の兵が覇竜の足元を埋め尽くした。


 「無駄な、、、、!バレルシウスはどこだッ!!」


 一拍遅れて、相手の真意を悟った覇竜が、危険視する標的の姿を探す。

しかし時すでに遅く、自らの足元に群がる人間の群れの中に英雄の姿は無い。


後ろ、、、、。


その思考を頭に浮かべると同時に、覇竜は身を翻して滑るように回避行動を取る。

 先程まで自分の首があった空間を、不可視の魔力の刃が分断した。その斬撃を掠め、覇竜の片腕が切り飛ばされる。じわじわと再生する自分の左腕を認識し、さらに警戒を強めた覇竜へと新たな魔法が飛びかかる。


 「今祝福を揚げん、この”神代”の世に刻まん。」


「風の呼び声、我が生命に応えんッ、、、!!」


 巨大な魔力の矢が、覇竜の作り出した風の防壁を突き破る。

その感触と、自らの命が危機に晒された時に感じる全身が粟立つような震えを前に、覇竜は力量の差を痛感した。


 「負けた、、、」


バレルシウスから距離を取った覇竜は、未だ回復し切っていない右腕を上げようとして、辞めた。代わりに左腕を振り上げ、爪に魔力を込める。


 最後の一撃であることは、バレルシウスから見ても明らかであった。



 「ウロレギウス、”レグニス・ラバレス・ウロレギオス”なり。その命の灯火に呼応し、我が愛しき力の奔流よ、この涙に宿らん。」



「バレルシウス、”ドット・バレルシウス”なり。この芯の躍動に呼応し、我が愛しき力の輪廻よ、この瞳に映らん。」



 静かな一瞬が訪れ、やがて過ぎ去った。



 ウロレギウスの巨大な魔力の奔流は、しかし地面へと放たれた。

バレルシウスの操る魔法に体を捉えられ、全身に絶え間なく質量を浴びながら潰れていく最中、覇竜は笑った。



 「楽しかったぞ魔術師よ!先に逝く、好きにしてみせろ!!」


「、、ッ!!ウロレギウスゥゥウウ!!」


 強烈な攻撃を尻に受け、暴れ出したヨミガルドの大地に、バレルシウスは叫ぶ。



 「然らば我が英雄よ、運命によろしく言ってくれ」


「私は竜を皆殺すぞ!!」


「言ったであろう。好きにしてみせろと。」


 口を歪めて笑いながら、覇竜はひび割れた大地に飲み込まれて消えた。

その巨大な魔力を秘めた命が終わりを迎え、放出された魔力が、バレルシウスの周囲を一周した後、この深い世界へと吸い込まれて、溶けて、消えた。


 

 「、、、、!!全軍進軍せよ!ティノタン島へ、、!!」


 バレルシウスの言葉は届かず、率いてきた数千の軍は、前後左右に揺れる大地の亀裂に落ちて行く。

バレルシウスは全身から怒りを噴き出し、ただ一人駆け出した。



 、、、ティノタン島へと。







 一歩、足を地面につける。


がさりと音がして、森の奥で巨大な竜がこちらを向いた。



 自分の中で、何かが変わったような気がした。

覇竜との戦いに勝利し、そこから一転、全ての兵を失った。だが、そのどれとも関係のない気もする。


 「あぁ、、、。」


 これは、始祖竜であろう。

大きなトカゲだ。覇竜のような禍々しい漆黒の鱗ではなく、淡い焦茶色の体色をしている。何の特徴もない、むしろ野暮ったいとも言えるようなこのトカゲから、あの覇竜を含めた全ての竜は生まれたのだ。

 その肉を、魔法の風で切り裂きながら、バレルシウスは息を吐いた。


 瞬く間に傷の癒えていく始祖竜の体を、さらに加速した魔法にて圧殺する。

バレルシウスの魔法は、さらに進化していた。いや、進化という言葉すら生易しい。それはもはや覚醒と呼ぶに相応しかった。



 「見える」


 見える、この糸の先が。


この始祖竜を殺した後、自分は古竜と遭遇する。それを殺した後は、灰竜が四匹、巨大な山竜が一匹、、、。


 

 この日、ドット・バレルシウスにより、ティノタン島に生息する九匹の始祖竜、二匹の山竜、二匹の古竜、十二匹の灰竜、八匹の飛竜、十四匹の多頭竜が死滅。ティノタン島の全ての生命はその存在を消し、竜はヨミガルドただ一体を残して絶滅した。


 仕事を終えたバレルシウスは、帰路へと着いた。


もはや何の目的もなかった。

森は倒れ、山は崩れたこのヨミガルドの地は、完全に人間の所有物となった。他ならぬ自分の手によって、それは確定した。


 ゆっくりと、歩みを進める。

ヨミガルドの背には大きな亀裂が入り、そこを覗き込めば、この蛇竜の柔らかな緑の体色が暗がりに見えた。

この竜は殺さなくてもいいだろう。山竜の仲間であるので、もしかすると多頭竜を生むことがあるかも知れないが。



 「、、、なんと、美しい世界だろうか。」


ふと、そう思った。


 この世界、この美しい世界。

一部の隙間もなく、完璧な世界。



 海の潮騒が、肌を撫ぜる風が、どこかで泣いた鳥が。

全てが一つであり、同時に、異なるオブジェクトとして存在している。



 「一体誰が、こんなにも素晴らしい世界を作ったのだろうか。」


バレルシウスの覚醒した額の目が、世界を見た。


 それはもう、初めてのことかも知れなかった。

魔力や、運命の糸の先を見ることはあっても、この世界をまじまじと見つめたことはなかったのかも知れない。そうだ、この世界を見ているような気になっていた。知っているような気になっていた。


 だが、何も知らなかった。



 「そうか、、、球だ」


まず、球体が見えてきた。


 この世界のグラフィックを描き出す、小さな小さな複数の球体。無数にあるそれらの組み合わせだけで、この世界に景色は、音は、匂いはできていた。芽吹く若葉の、あのザラザラとして膨らんだ物体も、球体の並びだけで表現されている。



「、、、数字。」


 それらの球体は、数字によって並べられ、構築されていた。

無数の数字が、この世界の裏に貼り付けられて、絶えず変化し、演算し、結果を弾き出していた。その列に従って、球体は形になっていた。今やバレルシウスの目から色や形は消え去り、見える範囲の全ての景色が数字の列に覆い尽くされていた。

 聞こえる音すらも、数字でできていた。



 「言葉、、、。」


 数字は、さらに言葉によって並べられていた。

無限に広がる数字の海のさらに奥、そこには整然と積み重ねられる言葉の群れが浮かび上がっていた。

空も、空に浮かぶ雲も、全ては言葉によって動き、回り、存在していた。それはちょうど、糸なしでは動けない操り人形のようなものだった。


 数字によって並べられた球体のオブジェクトが、言葉によって役目を与えられ、その使命を全うしている。一部の隙もなく、この世界は完璧に構築されていた。



 「あぁ、あぁ、、、」


何という美しさだろうか。


 完璧なものなど、この世に存在しないと思っていた。

だがそれは間違っていた。この世界が、完璧なのだ。どこにも欠点などなく、ただひたすらに積み上げられた世界。

その全てが完璧に作られていたことを、バレルシウスは悟った。



 言葉の細部に、線が見えてきた。

それはちょうど、砂地に木の棒で線を引くように、バレルシウスの目の前を横切った。

今や、バレルシウスの目には、全く見知らぬ景色が広がっていた。いや、景色だけでない、踏みしめる大地も、見たことのないものだった。


 引かれた一本の線の上に、バレルシウスは立っていた。



 一瞬のラグの後、やがて色がついた。


見たこともない場所だった。まるで、宇宙に浮かぶ小さな岩石のような場所だった。

空には、非常に近い位置に星々が煌めき、黒い岩肌が続く地面の先には、一軒の丸太小屋が立っていた。


 無意識に右手に力を入れた時、手にしていたはずの魔法杖がなくなっていることに気付く。


仕方なく、無手のまま進む。


 一歩進むと、空の景色が変わった。


 薄ら明るかった空は、一気に澄み渡り、宇宙特有の暗く深い、青みがかった黒色へと変わった。

そして、バレルシウスの立つ地平線の先、宇宙を背景に、巨大な花のような模様が開いた。ヨミガルドよりもさらに大きなその花は、小さな沢山の花から構成され、曼荼羅の模様を描いて静かに回っていた。


 バレルシウスは、小屋の扉を開けた。


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