第10話 「軌跡」



 バレルシウスの進軍は止まらなかった。


第三節の奪還の勢いを落とすことなく、そのまま第四節、第五節を支配下に置いた。

その侵略はあまりに迅速に行われたため、第五節の灰竜を殲滅した時には、まだ第三節の出城も完成していなかった。


 「ここを最前線とする。」


軍は第五節でその進行を止め、砦の建設を始めた。

両親の仇を取り、領地を奪還したバレルシウスには、再び運命の糸の先が見えるようになっていた。


 「奴が来る」


 来たるべき時に備えて、前線は着々と完成に近づいていった。






 その日の朝は、いつもとは明らかに違っていた。

太陽の光を浴び、魔力に意識を集中させてもなお、こちらに迫って来るような猛烈な危機感。


 本能が警鐘を鳴らしているかのような感覚に、神経がより一層冴え渡る。


秋を迎えたヨミガルドの静けさに、その感覚はあまりにも似合わなかった。



 「バレルシウス様、森の奥から巨大な竜の接近を確認しました。」


「そうか、私が出よう。」


 召使いから杖を受け取り、バレルシウスは頷いた。

久しく感じなていない胸の高鳴りと、緊迫の冷たさを伴って、出城の外へと踏み出した。


 

 「久しきかな、矮小なる英雄の子よ」


「会いたかったぞ、竜の王」


 開けた世界の中で、二体は向かい合った。


体の半分を森に包んだままの巨大な竜、覇竜”レグニス・ラバレス・ウロレギオス”は、以前よりも遥かに発達した肉体を太陽の下に晒し、バレルシウスを見下ろした。


 「今から退いても良いのだぞ」


「面白い戯言だ」


 薄い笑みを浮かべながら、周囲の空気を捻じ曲げるほど濃密な魔力を身に纏った両者は、ゆっくりと近づく。



 「、、、!」


声にならない驚きを、バレルシウスは顔に浮かべた。

気がついた時には、すでに覇竜の前腕が視認できない速度で自分のこめかみに触れようとしていた。


 速い、以前よりも格段に。


薄寒いものを覚える。

自分の予想を大きく飛び越えて、覇竜は成長している。


 咄嗟に屈み込み、薙ぎ払いを回避する。

目の回るような感覚と、風圧で髪が舞い上がる様子が視界に映る。そのまま踏み込んで、覇竜へと接近する。



 「集え、英雄の元へ、運命の下僕の元へ」


「集え、覇者の元へ、運命の使徒の元へ」


 魔力の風がぶつかり合い、ひび割れるような空気の悲鳴がこだまする。

その場で魔法杖を振り、バレルシウスの魔法が覇竜へと飛びかかる。


 「陽光、賛美と共に焼きつくさん。我が瞳の権威にひれ伏し、その腕を振るわん。」


「我が風の子よ、全てを遮らん。絶海の壁となりて、寄るべの波に沈まん」


 眩い光の塊が、覇竜の目前で見えない壁にぶつかり、弾ける。

暴風に目を細めるバレルシウスが、間髪を入れず魔法を放つ。光の塊が幾つもの小さな球体に分裂し、覇竜の鱗を抉る。しかしその球体の群れも、覇竜の息吹によって一瞬で消え去る。


 魔法の腕は互角に近い。


だが、このままでは負ける。

魔法の合間に繰り出される竜の肉体は、小さなバレルシウスには全てが致命傷になりうる。


 目の前を通過した覇竜の尾の先を見送って、バレルシウスは賭けに出た。



 「、、、?」


自らの武器である杖を投げ捨てたバレルシウスに、覇竜が目を細める。



 「廻わりて、揺らぎて、連結せん。輝き天の果てまで光の柱となりて仇敵を滅さん。」


「ッ!」


 焦りをあらわにした覇竜の爪が、バレルシウスの投げ捨てた魔法杖を打ち砕く。

しかしもう遅く、発動した魔法の渦が、かつては杖であった物質から噴き出して、覇竜を飲み込んだ。


 第五階梯”天登る三角形”


魔神・サリワトールが開発した魔法。

己と魔力を封じた物体と天を繋ぎ、その中心にいる者に魔力の波動を浴びせる。


 

 青黒い魔力の波が、洪水のように暴れ狂う様子を、バレルシウスの額の目が眺める。

近くの木々が根本から吹き飛び、天へと集約する三角形の歪さを物語る。


 しかし、バレルシウスの渾身の力を注いだその魔法を、覇竜は耐え切った。



「楽しかったぞ、然らば我が英雄」


 「、、、、」


 覇竜が、魔法に集中して疲れ果てたバレルシウスの首へと爪を振り下ろそうとした時、地面が揺れた。


「地鳴り、、、いや、これは、、」


 「ヨミガルド、、、」


地面の揺れは、加速度的に増していく。

出城は崩れ、バレルシウスは耐えきれずに膝をつく。


 地面の揺れに呼応するように、魔力がざわめき、パニックを起こす。

めちゃくちゃな風が吹き、森は枯れ、恐ろしい速さで雨と雷がやってきた。


 「決着は持ち越しか」


「、、、。」


 揺れる大地に、四本足でなんとかしがみつく覇竜の叫びに、バレルシウスは頷いた。

バレルシウスは一命を取り留めたと同時に、人生で初めての敗北を喫した。







 第五節の出城の再建設の現場に、バレルシウスの姿はなかった。


出城に加えて、灰竜の体当たりをものともしない砦が建てられた頃、バレルシウスは一本の杖を携えて戻ってきた。



 前回の敗北以降、バレルシウスはどうすれば覇竜に勝てるか本気で考えた。

新たな魔法の開発や、竜に対抗できるだけの剣技を修めようと苦悩もした。そして、ドット家に伝わる歴史書を読んだ時、ついに竜の弱点を見つけた。


 、、、巨人。


遥か以前に滅んだ太古の種族。

それは竜を戯れに狩り、その肉を削ぎ落とした。


 そして、王国の宝物庫には、巨人の王であるレグニス・リアドスディの頭骨が収まっている。

その骨を使って、バレルシウスは魔法杖を作り直した。



 完璧な準備を終えて、バレルシウスは未だ混沌に満ちたヨミガルドの地を平定するために進軍を再開した。

第十一節までの竜を狩り尽くし、ついに、人間の軍は、竜の故郷であるティノタン島をその眼下に捉えた。



 「ここより先へは通さぬ、英雄よ、退くがいい」


「断る、私はこの地を平定する」


そして覇竜と魔術師、最後の戦いが幕を開けた。





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