第9話 「運命の子等」


 覇竜との交差から五十年。

八十歳を迎えて成人と認められたバレルシウスは、自分が追い抜かした父の頭を横に見ながら、早馬に乗って出城までやってきた兵士の伝達を聞いていた。


 「どうやら昨年より”オベロー帝国”からの我が国への侵略軍が迫っているようです。ぜひ、英雄の力を借りたいとの国王からのお達しでございます。」


「ふむ、そうか」


 隣国であるオベロー帝国は、バレルシウスの生まれる前から世界統一を掲げて他国の侵略に余念がなかった。前王の頃は、ドットの血筋を戦力として保有する我が王国とは不可侵条約を結んでいたが、今回の帝王の代替わりによって、侵略を再開したらしい。

 まだはっきりとした宣戦布告はしていないようだが、数年前から密かに兵を準備しているような動向があったため、ここ最近、コロンソとバレルシウスは国に戻る催促を何度も受けていた。その度に、まだ大丈夫だろうという事で後回しにしていたが、今回ばかりは本当に敵の軍が迫っているらしい。


 「バレルシウス、出城を任せられるか?」


バレルシウスは顎に手をやった。


 懸念があった。


ここ数十年の間、今まで目を凝らせば見えていた運命の糸の行く末が、ひどく不明瞭で見通せないのだ。

 数え切れないほどの選択の繰り返しで、この世界は回っている。その選択の先を見ることができないのは、、、特に今回のような重大な時はなおさら、心配は付き纏う。まるで運命に邪魔をされているような、そんな思念を感じるのだ。


 「いえ、私が出陣します。父はこの地の開発を進めてください」


「そうか、、、気をつけるのだぞ。」


バレルシウスの返答に眉を寄せながらも、父は反対しなかった。彼が戦争で死ぬはずがないと、この五十年の内にまざまざと見せられてきたのだから、当然と言えば当然と言えよう。


 「人など、殺したくもないが。」


馬の背で振り返り、自分の人生の大半を過ごした出城を仰ぎ見ながら、バレルシウスは先行きの見えない未来へと目を細めた。だが、相も変わらず、運命の向かう先は濃い霧に阻まれていた。






 戦争はつまらなかった。


自分の喉元を掠めるような強敵でもいたら、この感想もまた違ったかも知れぬが。宙を走る矢の雨は、バレルシウス率いる王国軍には一本たりとも届かず、彼の指先の動き一つで、敵軍の半数は弾け飛んだ。

 ドットの遠縁か、鴉の家紋を掲げた”シヤ家”を名乗る魔術師がかかってきたが、バレルシウスの魔法を見た途端に逃げ去ってしまった。


 「帝国も災難なものだな」


攻めてきた敵に同情する気などさらさら無いが、勝ち目のない戦いに敗れ、国内を戦火に晒してしまうとなると、帝国の民には申し訳のないような気もする。


 無辜の民を虐殺する気などないので、バレルシウスは帝国にゆっくり近づきながら自軍の力を示し、相手方が降伏するのを待った。というよりも、バレルシウス一人いれば帝国など数日で滅ぼせるほど圧倒的なので、もはや戦争とも言えなかった。


 「しかし中々、降伏しようとしないな帝国の上層部は」


「敵軍の将が白旗を振ったのですから、もう直この争いも終わると思われます」


 兵の言葉に頷きながら、バレルシウスは、前方で白旗を掲げる敵軍の群れを眺めた。

もうしばらく前に、敵軍の将が一人でこちらへ来て降伏を明言した。どうにも、何をしても勝ち目のない戦いだと理解したらしい。その場で直ちに降伏を促す手紙を帝国へと送ったが、いまだに敵軍が撤退し切れていないのを見るに、上層部はまだ勝てると思い込んでいるらしい。


 「冬が近づいている、早く終わりにしたいが、、、。」



 結局、帝国が敗戦を認めて条約に署名したのは、翌年の春が過ぎた頃だった。


ヨミガルドの前線に戻る前、一時王国に戻った時初めて、バレルシウスは自分の両親の命とあの出城が、竜の攻撃によって落とされたことを知ったのであった。






 「、、、。」


 横たわった父と母の遺体が、青い炎に焼かれていく。

彼らの姿に、生前の溢れるような魔力は無く。それだけが、バレルシウスに二人の死を確信させていた。


 「ドットの血筋でも、古竜には勝てないのか、、、。」


「数も分かっていないのだろう?もし王国まで来てしまったら、、、。」


「バレルシウス様がおられるから、、、」


 小声で囁く周囲の人間をすり抜けて、バレルシウスは席を外した。

どこか静かなところで、しばらく運命と向き合いたかった。




 王国での葬列から、ヨミガルドの地へと戻ったバレルシウスは、竜に奪われた第三節の奪還を目標に据えた。

幾度かの偵察で、灰竜と空を飛ぶ飛竜、そして、いつの日か覇竜との決着を邪魔立てした白い鱗の古竜が第三節に居座っていることが分かった。


 灰竜と、その進化系であると思われる飛竜は群れをなしており、一体一体はさしたる相手ではないが、もし統率を取って囲まれると、バレルシウスと言えど隙を見せることになりかねない。そこを古竜に狙われたら、敗北も考えうる。さらには、あれ以来姿を現さない覇竜の動向も注意が必要だ。


 第二節の出城を拠点に、バレルシウスは度々、奇襲攻撃を用いて灰竜と飛竜の数を減らす作戦をとった。

古竜が現れるたびに撤退を繰り返し、灰竜相手にも決して深追いはしなかった。


 バレルシウスが百歳を越した頃、第三節を取り返すに足りるだけの兵力が集まった。

バレルシウスは兵を率いて進軍を開始した。



 「まずは古竜を仕留める」


 第三節の地に、古竜は二体いるらしかった。それが両親の仇であった。

兵力を削りながらも、バレルシウスは古竜を一体仕留めた。そしてもう一体も、兵達の一斉射撃とバレルシウスの魔法に命を刈り取られんとした。


 「人間よ、そして英雄よ、この先には覇王がいるぞ、覇王は貴様等では倒せんぞ」


「ウロレギオスは私が仕留める。竜は一匹残らず殲滅し、親の弔いと人間への手土産にすると決めた。」


「無理な話だな。」


 憎まれ口を残して、竜の細い頭は消し飛んだ。

進軍から僅か二週間で、バレルシウスは第三節を奪還した。


 

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