第6話 ギャンブル

「せーの!!」


 僕達は掛け声と同時に指をさした。誰かが夏休みに持ち帰った卒業アルバム。どの女の子がタイプか? 青春の一ページを下品極まりない遊びに使用していた。


「さっきからお前だけ、ちょっとズレてない?」


「な、なんだよ! 別にいいだろ!」


 尾栗は指摘されると顔を赤らめて狼狽した。この遊びは大盛況でクラスの隔てなく人だかりができていた。



「ハイッ! チュゥーモークッ!!」


 そこに割って入ってきたのは美輪だった。


「お前ら一円にもならないことしてねぇーでギャンブルしようぜ!」


「ギャンブル!?」



 見開らかれた卒業アルバムの上に一冊のノートが投げ出された。

 予想ノートと書かれた表紙をめくると、競馬新聞さながらに、生徒の情報が解説付きで書き綴られていた。



 ・三ヶ日

 学校屈指の実力者。ゴッドの遺伝子を引き継ぐとの噂。落ちることは考えられない。大穴。


 ・尾栗

 パワフルなフォワードではあるが一本調子。かかりぐせがあり気性難きしょうなん。対抗。


 ・深井

 技術はあるが闘争心がない。揉まれ弱い。ソラを使う。本命。




「進級できないのは誰か!? さあさあ、はったはった! みんな予想して賭けてくれ! 一口千円からだぜ!」



 人の人生でギャンブルかよ!

 てか、落選予想の本命って失礼だな!!


「まあ、そう堅いこと言うな! たった一度の人生楽しまなきゃ損だろ!?」



「ソラを使うってなんだよ!?」


「ソラっていうのは競馬用語で、走るのをやめる癖のことさ」


 あっけらかんとした様子で美輪が答えた。

 ゴールキーパーの美輪は分析力にも長けていた。

 独断と偏見で書かれた予想ノートだったが、的を得ていて妙に納得してしまった。


「お前は誰に投票したんだよ!?」

 さっきまで女性の好みを指摘され慌てふためいていた尾栗が、ここぞとばかりに食ってかかる。

 

「まあ、そんなにムキになるな! 俺は三ヶ日に投票したよ!」


 三ヶ日??

 思わぬ返答に視線が泳いだ。

 学校随一の実力者が落ちるはずがない。

 競馬で言えば、とんでもない大穴馬券だ。


「カッカッカッカ! ギャンブルは夢を買うものだからな! さあ、お前達もはった、はった!!」


「……じゃあ、自分に投票してみようかな?」


 誰かが弱気に呟いた。

 

「不合格保険か……? それはそれでアリだな。進級出来なくても、金は入る。不幸中の幸いってヤツだ!」


 美輪はそう言うと、赤ペンを指先でクルクルと器用に回転させた。


「じゃあ、俺も自分に保険をかけておくかな!」

「俺も一口買っておくか!」


 赤ペンの軌道が催眠術のような暗示をかけ、不合格保険は次々と売れていった。


「皆さん毎度ありーー!!」


 賭け引きにおいて、この学校で美輪の右に出る者はいない。柔らかな物腰と軽妙なトークは、心の隙間に上手く入り込んでくる。弱味につけ込む手法は策士ペテンシそのものだった。



 そんなゴールキーパー美輪のプレイは特殊だった。──待望の縦パスが前線へと送られ、フォワードの尾栗が飛び出す。


「もらったーー!」

 ゴールキーパーとの一対一。決定的なチャンスだ。身構えるのは美輪。念仏のようにブツブツと呟いている。


「……さっきは前で、次は後ろか? いやもう一度、前か? どっちにしても確率は二分の一。高確率!」


「よし決めた! 前!」

 果敢にボールに向かって突進した。


 尾栗がボールに追いつく。

「いける!」右足を振り上げた刹那、


 ズザザザザァーー!

 尾栗の脚がボールに触れる前に気迫溢れるスライディングでキャッチしたのは美輪だった。


「ふぅーー。危ねえ危ねえ。賭けに勝ったな!」


 一か八かのギャンブルプレイ。

 それが美輪の持ち味だ。ピンチを迎えたキーパーにとっては素早い判断力が必要になってくる。美輪はそれを天性の勘に頼っていた。生粋の勝負師ギャンブラー

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英雄を継ぐ @pink18

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