第5話 眠れる紅茶専門店の女性店員

 咎めるような、問い詰めるような。

 肌にチクチクと刺さる棘にも似た惑依さんからの視線に耐えきれなくなって、図書室を早々に後にする。

 昇降口を抜ける。

 校門を抜ける。

 歩道を歩き、見えてくるのは最寄りの駅名を掲げた看板だ。

 昔からそのまま。目に明るすぎる白色光で己の存在をアピールしている。


 街並みは変わらずクリスマス色。

 流石に1日程度じゃ変化なんかないか。

 変わっているのは太陽がビル影の裏側で沈みかけていて、茜空を瑠璃のような夜で上塗りしようとしていることぐらいだ。

「あんまり時間もかけてられないな」

 自然、右足と左足の入れ替えが早くなる。

 は、は、と断続的に口から白い呼気が漏れる。


 昨日と違い、目的地は決まっていた。

 指折り数えればクリスマス・イブ。片手の指だけで足りてしまう事実に目眩がしそうだった。事実、何日もプレゼント選びで悩みに悩み酷使した頭はくらくらしている。あわわ、と排水溝の出っ張りにつま先が引っかかって転びそうになってしまう。


 もはや考え、悩む時間はない。

 だから、せめて。

 出来うる範囲でと目指したのはポットの形をした看板。

『TEA』と金文字で書かれた看板を掲げたお店がなんなのか。未だに良くはわかっていないけれど、紅茶関係の品を取り扱っているのは間違いないはずだ。……恐らく。


 最低気温が0℃近くにもなる冬の外気にさらされた扉の取っ手は、氷に触れたかのような冷気を内包していた。つるりとした金属だからかもしれない。

 昨日は淀みなく開け放とうとした店の扉だけど、今日ばかりは小動物のように警戒して立ち止まる。

 窓ガラスで囲われた店の中。

 いないよね……? と、彼女が図書室で仕事をしているのはわかっているはずなのに、どうにも警戒してしまう。


 じっくりと見て。

 惑依さんどころかお客すら居ない店内を見て、ほっと白い息を吐き出しつつ扉を引く。

 来店を知らせるドアベルがチリンチリンと涼やかに鳴り響く。


 すんっと鼻を動かす。茶葉の香り。

 床も天井も、棚から装飾に至るまで木々で満たされていて、大木のうろにでも迷い込んだような錯覚を覚える。

 明かりは少なく、薄暗い。

 暖房が付いていないのかと、さして外と変わらない室温に両手を重ねて擦る。


 図書室にも似た静謐。

 ただ、棚に並ぶのは幾百幾千の作家が綴った物語ではなく、香りや味で人々を魅了する紅茶の茶葉だ。

 棚の中に整然と収められた缶や袋。

「……読めない」

 英語なのかなんなのか。

 アルファベットが並ぶ紅茶缶をじっと凝視し、ちらりと直下の値札を見てぎゃぁっと小さく悲鳴を上げる。

「たっかぁ」

 えぇ、こんなにするの、紅茶って。

 ティーパックとか目じゃないというか、桁が違うんだけど。


 まさか図書室で飲んでいたのも……?

 思うと、なんだか味も市販の安物とは違った気がしておごごごと喉が震えてしまう。お菓子と一緒に味なんて気にせずガブガブ飲んでいたのが悔やまれる。うぇー、胃に収められた紅茶が今になって重さを増した気がする。


「かえ、かえ、買えるぅ?」

 なにやらさっそく行き詰まったというか、プレゼント選びが暗礁に乗り上げてしまった。

 鞄の中から財布をごそごそ。

 パカリと中身を確認して、口の端が下がる。高校生の懐事情というのは季節感なんてなく、常に冬の枯れ木のように寂しかった。


 どうしようかなぁ、と途方に暮れていると、背後で物音がして肩が跳ねた。

「んふぁ……」

 欠伸のような声に釣られて振り返れば、年若い女性の店員さんがカウンターの中で瞼の閉じたままの寝ぼけ眼をごしごし擦っていた。

 い、居たのか。

 寂蒔じゃくまくとした店内の雰囲気のせいか、それとも寝ていて気配がなかったからか。

 居るのに気付かなかった店員さんに度肝を抜かれて固まっていると、目元を擦り終えた店員さんが琥珀の瞳を薄っすら僕に向けてきた。

「………………あぁ、いらっしゃいませぇ」

「い、いらっしゃいました?」

 だらけきった緩い今更な出迎えに、ぎこちなく頷くことしかできなかった。

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