第4話 クリスマスに恋人がいる友人は裏切り者

 商品選びに集中しているからか、僕に気付いた様子はない。

 そのことに静かにふぅうっと息を吐き出しつつ、そのまま店内に居る惑依さんの様子を伺う。


 ……なんだかストーカーっぽい、かも。

 思うけど、これは偶然で、故意ではなく、恋でもない。

 だから、大丈夫。だいじょうぶ。


 無根拠な大丈夫を繰り返して、罪悪感を抱きながらもガラスの向こう側に目を向ける。

 目を細めて吟味しているのは茶器……だろうか。

 ポットとか、カップが並んでいる。


 なんでここに居るのか、なんて思ったけれど。

 考えてみれば図書室では紅茶を好んで飲んでいたし、僕に淹れてもくれた。

 駅近くにある紅茶を扱うお店なら、むしろ僕以上に居てもおかしくはなかった。

 タイミングが神掛かっているのはともかく。いや、もう少し早く来ていたら鉢合わせていたので、運が良かったのかもしれないが。


 にしても、なかなか棚から動きがない。

 よっぽど悩んでいるらしい。ちょっと意外。

 こだわりはありそうだけれど、悩まずスパスパと決めてしまうようなタイプに見えていたから。


 ほへーと感心なのか、ただただ間抜けなのか。声を漏らしていると、カウンターの中に居た女性店員さんがなんだかニヤニヤと惑依さんに話しかけている様子。

 いくらガラスが透明で店内の光景を伺えるとはいえ、声まで伝えてはくれない。

 ただその変化は顕著で、そわそわと身体を揺すり肩を窄めていた。

 耳にかかった茶色の髪を指先で流して、耳の裏側を撫でる。

 表情こそ変わらないが、見るからに落ち着きを失っている惑依さんに、店員さんのからかう笑みは深まるばかりだった。


 見慣れない顔だな、と思う。

 よく来る店なのか、店員さんとは仲の良さそうな雰囲気がある。

 だからかなぁ。普段見ない顔を見せるのは。

 けれど、とも思う。


 クリスマスで、プレゼント。

 僕がそうであるからといって、彼女がそうであると決まったわけではないけれど。

 それこそ、勘違いの可能性のほうが高いけれど。

「もう少し、頑張りますか」

 ぐっと上に両腕を伸ばす。

 気合を入れ直すには、十分すぎる勘違いだった。



 ■■


 10日が過ぎ。20日が迫り。

 時間というのは平等に思えて、人によって長さが違うんだなと、教室の隅で哲学的に浸る。

「ねぇ? クリスマスパーティやろう?」

「ごめん。その日は彼氏とデートが――」

「お前、抜け駆けして告った結果はどうした?」

「ろんりーくりすますぅ……」

 冬休みとクリスマス。

 そんな楽しいイベントが同時に迫ってくるからか、クラスメートたちも浮足立っている。


 泣いたり、笑ったり、嘆いたり、喜んだり。

 あぶくのように浮かぶ想いは人それぞれだけれど、そわそわうきうきと近付く"楽しい"に心躍らせているのは確かだろう。


「……先生の話、ちゃんと訊いてくれないかなぁ?」

 はぁ、と教壇の上で先生が嘆息するぐらいには、彼ら彼女らの心はクリスマスの白に染められていた。



「クリスマスに一緒に過ごす彼氏がほしぃ」

 ホームルームが終わった途端、待っていましたとばかりに椅子ごと振り返ってきた級友が人の机にへばってきた。

 ぐにょーんと頬を潰して、その顔はあまりにもだらしない。

「そんな顔してるからじゃない?」

「ひどくなぃ?」

 乙女になんて言い草だとほっぺたを抓られる。

 謂れのないほっぺたぐにぐにが僕を襲う。


「彼氏彼氏っていうけど、気になる相手もいないし、告白もしないんだからできないのも当然でしょ」

「……そういうひえっひえな現実はいらないんだよぉ。

 もっと甘やかせよぉ」

 ぶーぶーと唇を尖らせる。

 可愛らしい容姿をしているのだから、本気を出せば直ぐにでも彼氏の1人や2人できそうなものだけど。


「貢ぐだけで貢いでくれて、都合の良い日だけ付き合ってくれるような彼氏はいないものか」

「口だけだよねぇ」

 人はそれを下僕と言う。


 こういうカップルが騒がしくなるイベントごとに級友は彼氏欲しい彼氏欲しいと鳴く珍獣になるけれど、その実そんな欲しがってないんだろうなぁと思っている。

 自分優先で、実際、付き合えば鬱陶しくなるんじゃなかろうか。

 それとも、恋をすれば人様の机でぐだる彼女も人が変わったように熱に浮かされるのだろうか。

 机に突っ伏してだらしなくなっている顔からはとてもそうは見えないけど。


「で、寂しい寂しいユウちゃんはクリスマスはなにするの?」

「寂しい強調する必要なくなくなくない?」

 なくなくない。

「欲しいコートもあるし、

 クリスマスはサンタさんになってケーキを売るんだ。高時給で」

「夢も希望もないサンタだなぁ、君も」

「ミニスカサンタで男に夢と希望を配るの」

 卑しい夢と希望もあったものだ。


 ほれ、と求人票をスマホで見せられて、魅せられる。

 おぉっ。この時給は確かに……夢と希望が詰まっていた。

 反応が良好だったからか、ガバッと上体を起こして「なら」と誘ってくる。


「シオリも一緒に高時給サンタさんにならないかい?」

「あー……」

 気にはなるけど。

「……予定が」

 ちらつく惑依さんの顔。

 先約であり、バイトよりも優先すべき事項だ。しょうがない。


 級友が目を見開き、丸くする。愕然という言葉が良く似合う表情だ。かぱーっとだらしなく口が空いている。

「クリスマスに予定って……どういうことっ!?

 きさまっ、まさか私を裏切ったのか!?」

「そんな土壇場で仲間裏切ったような反応されても」

「彼女? 彼女ができたのっ!?

 どこの女よ! ママは許しませんからね!?」

「誰がママじゃい」


 ネクタイを掴まれてがっくんがっくん上下に振られる。頭が揺れて酔いそうだ。

 級友がギャーギャーにゃーにゃー騒ぐせいで、なんだなんだと他のクラスメートたちまで集まってきてしまう。

 面倒だなぁ。

 吐けぇ、吐けぇ! と揺さぶられながら考えるのは、結局、買えていないクリスマスプレゼント。

 金切り声を上げて叫ぶ級友の文句を右から左に聞き流し、どうしようかなぁと思い耽る。



 ■■


「カミネさんの好きな物、ですか?」

 悩むように司書さんが首を傾げる。

 釣られて、癖のない黒髪が音もなくさらさらと流れた。

 年上なのだけれど、その仕草は子供っぽくて可愛いなぁと胸をときめかせてしまう。

 普段の大人っぽさもあって、そのギャップはずるいと思ってしまうぐらいに可愛らしい。


「本と、……紅茶、でしょうか?」

「ですよね」

 動揺を胸の奥にぎゅっぎゅと押し込み仕舞い、新たな情報を得られなかったことに肩が下がる。

 クリスマスまで1週間を切ってるんだけど。

 気持ちがはやる。けれど、どうにも絡まってる気がしてならなかった。


 うーっと口の中で唸りながら、落ち着かない胸の辺り。ネクタイを指先で弄んで募る苛立ちを抑え込む。

 見るからに、だったんだと思う。

 司書さんが微笑ましそうに目尻を垂らす。

「贈り物?」

「っ、や……まぁ、そう、ですけど?」

 誰に、とは問われなかった。尋ねる必要もないのだろう。


 ニコニコと微笑まれ、顎が肩に触れるぐらいギギギッと顔を真横に向ける。

 汗が吹き出すのは、準備室のストーブの前で温まっているからではないだろうけど、

「ちょ、ちょっと暑いですね。

 温度下げますか」

 額の汗を拭ってピッピッとボタンを押す。

 我ながら強引な話題変更だなと思うけど、「そうですね」と追求することなく同意してくれる司書さんはやっぱり1回りも2回りも大人だった。


 それとも、僕がわかりやすくって、子供なのかなと意気消沈していると、

「呼びましたか?」

 開けっ放しだった作業部屋の入り口から惑依さんが顔だけ覗かせてくる。

 心臓が竦み、縮こまる。

 ぶわっと全身に震えが広がる感覚に気持ち悪さを覚えながら、「よ、呼んでません」と引きった笑みで応える。


「……?」

 疑問でか、黒い瞳を細める惑依さん。

 そこにたまらずと言ったように「ふふっ」と上品に口元を隠しながら吹き出した司書さんの笑い声が響く。

「どうしましたか?」

「いえ、いえ。えぇ。

 すこーし、嬉しくなりまして」

 煙に巻かれたような態度に惑依さんの顔は険しく固くなっていくが、司書さんはよっぽどツボに入ったのか陽気な笑い声を淑やかな唇の隙間から零すばかり。


 司書さんになにを言っても無駄。

 そう思ったのか、じとっとした鋭い視線が刺さる先は僕で、

「色無さん?」

「…………」

 冷たい声。

 背中にシャツがじっとりと張り付くのを感じながら、ストーブの温度をピッピと上げて極寒を耐え忍ぶ。

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