第4話 小さな食べ痕のある苺クレープを僕の口元に寄せてくる
まさか女の子と買い食いをしながら下校することになるとは思わなかったと、チョコバナナクレープを
甘く、そして冷たい。
コートを羽織っているとはいえ、11月も終盤だ。
後、数日もしたら今年最後の月に踏み出し、冬の入り口が見えてくる。
天辺から少し西に傾いた陽の光に照らされているからか、駅に続く並木の下は早朝と比べて温かい。
けれど、枝葉の隙間を縫って吹く風が、陽で温められた体温を奪っていく。
そうなってくると、クレープなんて冷たいデザートを
美味しいは美味しいけど、やっぱり寒い。
肩を縮め、下唇を噛む。
そうして、胃から込み上げてくる震えに耐えているというのに、隣で苺クレープを涼しげな顔で食べているのを見ると、寒さと一緒に驚愕で身を震わせてしまう。
本当に同じ人間なのかな? 実は人形だったりしない?
じっと見つめても、病的に白い頬には毛穴1つ見つけられない。
つるりとしていて、陶器のように滑らかで。
触ったら硬いのだろうか。軽く握っていた手を開き、持ち上げようとして――不意に惑依さんの顔がこちらを向いてびくっと肩が跳ねた。
「や、あ……えっと。違くて」
慌てる。証拠を隠すように、開いた右手をコートのポケットに突っ込む。
一瞬、彼女の暗闇の瞳が波打った気がした。
「もしかして、食べ歩きは嫌でしたか?」
「ど、どうして?」
「先程から落ち着かない様子でしたので。
ご迷惑だったでしょうか?」
「それは、別に」
条件反射で即答する。眉尻を下げて悲痛を訴えてくる表情に心がざわついてしまう。
「ただ」と付け加えて、「ちょっと寒いです……」と正直に告白する。
代わりに。
作り物めいた君の頬に触れようとしたなんて。
衝動的で、本能めいた欲求は悟らせないように心の奥底に押し込める。実行に移さなかったけれど、変態的な発想に自分のことながら自己嫌悪に陥る。
惑依さんの目がなければ、周囲の目があっても『うぐぅうっ』と頭を抱えて懊悩していたかもしれない。
興味であって、下心ではないと思うのだけど……ちょっと自信がなかった。
自分の心すら解き明かせない僕とは違い、惑依さんはふぅっと安堵したように息を吐き出した。
「安心……しました。
寒いのは申し訳ありませんが、嫌ではないのなら良かったです」
「でも、ちょっと意外」
こういう……なんというのか。
「普通の学生っぽいものとは縁遠いと思っていましたから」
浮世離れした容姿は一種の神聖さすらあって。
品のある所作。物静かで、育ちの良いお嬢様という雰囲気からは、買い食いなんて連想もできない。
どちらかと言えば、窓際で小鳥のさえずりを背景にして読書に浸る姿がしっくりくる。
自覚はあるのか、恥じ入るように顔を俯かせる。
下を向いたせいでさらりと流れた横髪。顕になった耳が赤いのは寒さが原因ではないだろう。
「こういう……学校の帰りに食べ歩くというのはやったことがなかったので。
その……」
「やってみたかった?」
こくり、と。
小さな子供のように
やっぱり意外だなと思うけれど、そうでもないのかも? と目を上に動かして考える。
聞いている限り、彼女には友人なんて呼べる人はいないのだろう。
1人を好む。
と、いうよりは、結果的に1人になっただけ。
もちろん、雰囲気や性格から想像するに、大人数で騒がしくするよりも、静かな場所で読書をするほうが好きなのだろうけど。
ただそれは比較的であって。
友人と学生らしいことをするのを忌避しているわけじゃないんだと思う。
だからこその食べ歩きデートで、現状なのだろう。
ただなぁ、どうなんだろう。
晴天。白い雲が気持ちよさそうに泳ぐ空から、今度は横に瞳を動かす。
視線の先には部活の帰りだろうか。制服姿の女子高生が、仲良さげに喋りながら肩を寄せ合っている。
楽しげで、笑い合っていて……恋人同士ではない。多分。
対して、僕と惑依さんは形だけとはいえ恋人同士で。
友人か。恋人か。
本当のところ、求められているのはなんなんだろうなぁ……と内心零す。
そして、声に出さない代わりに、ふぅうっと口から細く息を吐き出す。
と、
「……ッ!?
ん……へぐっ!?」
初雪に触れたような冷たさの後、手のひらを覆う華奢で柔らかな感触に喉から変な声が出た。
見下ろせば、空いていた右手に絡めるようにして、惑依さんの手が重なっていた。
状況を理解して、「な、なじでっ?」とやっぱり変な感じの声が出てきてしまった。話すのってこんなに難しかったっけ。
奇行とも呼べる突然の行動に、唇の端っこが後ろに伸びて固まる。
表情筋が動かせない。きっと変な顔になっている。そう自覚しながらも、手を繋ぐなんて行動に走った少女に顔を向ける。
けれど、その顔を見ることは叶わない。
そっぽを向いて、ブラウンの長い髪で顔を隠してしまったから。
「その……ですね。
寒いと、仰っていたので。
手を繋げば、少しは温かいと思いましたので。
だから、えっと……はい」
恋人、ですから。
風に巻かれて消えてしまいそうな声だったけれど、しっかりと耳に届いてしまいすっかり顔が熱くなってしまった。
なんだそれ。
顔を覆いたい。けれど、左手には食べかけのクレープがあって。
右手は……恋人の手を握っている。
情けない顔を隠してくれる両手は空いておらず、代わりに天を仰ぐ。
嵐のように荒れ狂う胸中とは違い、どこまでも青々としていて、穏やかな天気だ。なぜだかそれがとっても憎らしい。
八つ当たりだなと思うも、たかだか人1人の鬱憤。こんな晴天なら苦もなく受け止めてくれるはずだと勝手に解釈する。
どうしてこの子はこんなにも僕を悩ませるのか。
本当にどっちなんだろうなぁ……と天秤が揺れる。友愛か、親愛か。
熱を溜めるように早鐘する心臓が煩い。
冷却だと半分ほど残っていたチョコバナナクレープをガツガツ喰らう。
どういうわけか最初に感じた甘ったるさは感じず、冷たさだけが喉を通ってお腹に落ちていく。
ただ、氷を飲み込んだわけでもない。
クレープの冷たさなんてしれたもので、瞬く間に顔の熱がお腹に広がっていってしまう。
いっそロックアイスでも買うかと半ば本気で考え始めていると、ずいっと視界一杯に赤い果実の乗ったクリームが迫ってきた。
仰け反り、目を白黒させる。
「足りなそう、でしたので……よければ」
俯き気味に。
上目遣いで見つめてくる惑依さんの瞳は潤み、その顔は風邪でも引いたんじゃないのかってぐらい赤く染め上がっていた。元が白いから、その赤みはより際立つ。
間接キス……なんて。
一瞬チラついたなにかを全力で見なかったことにして。
視線をあちらこちらに泳がせる。目が回りそうだ。
けれど、いつまで経っても真っ赤な果実が視界から消えることはなく、ヤケクソ気味に一口齧る。
おずおずと惑依さんが伺ってくる。
「美味しい、でしょうか?」
「…………。
………………甘い」
それは舌で感じたのか。それとも心から湧いたものか。
わからなかったけれど、「そうですか」とほにゃっと頬を緩める惑依さんを見て、まぁいいかと思考放棄した。
◆第2章_fin◆
__To be continued.
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