第8話:願い2
私には兄がいる。
私に対して底抜けに優しく、回りにも気遣いの出来る人気者の兄だ。
そんな兄のことが私は大好きだった。同時に、私はそんな兄がいる家が嫌いだった。
物心ついたときから、両親は私を優遇していた。物を買うときも、なにかを誉めるときも私を優先した。中学生の頃、兄が好きだったピアノの教室をやめさせてまで、私がやりたいと言っていた、バレエの教室にいれようとしたことがあった。
わがままを言わなければよかった。そう思ったのはその時が初めてだっただろうか。
やめたくない。初めて私の前で兄が両親の前でそう反抗していたにも関わらず、両親は、
「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい。」
その一点張りだった。兄だからなんだと言うのだろうか。それが好きなものを奪い取る理由になると言うのだろうか。私は、迂闊に家族の目の前でバレエに行きたいと言った自分を恥じた。無意識のうちに、言ったことはだいたい叶うと思い込んでいたのかもしれない。
私は両親に、あくまでバレエは興味本位で行きたいと思っただけで、兄をやめさせてまで行きたいものではない。と言うことを伝えた。
それでもあの人たちは、暫くして兄にピアノ教室の代金くらい自分で払えと言って、兄からピアノを取り上げてしまった。高校生がバイト禁止だったことなど、分かっていただろうに。
そんな兄が家を出たいと、言い出したのはごく自然だったのかもしれない。
「兄さんが家を出るなら私もついていきます。」
考えるよりも先に口から言葉が出ていた。兄さんからすれば何を言ってるんだこいつ。と思ったに違いない。
兄さんと違って、私はここにいれば必要なものは手に入ると思っているだろうから。でも私に必要なのはそんな環境ではなく私のことをしっかりみてくれる兄だったのだ。
短編集詰め合わせ 天塚春夏 @sarashigure
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