最終話 幸せな終幕

僕たちが結婚してもう何十年経ったかな。

もう少しで50年、金婚式だよ。

入籍した時僕は34歳で、今は82歳。

エミちゃん、君は18歳で、今は66歳。

あの頃は30半ばの僕がまだ17歳の女子高生だったエミちゃんとつきあうなんて犯罪ものだと、周りからも散々言われたけど、17歳の年の差なんて50を超えたらあんまり変わらなく思えるね。


結婚記念日は君の誕生日でもあるので、毎年一本ずつバラの数を増やしてプレゼントしたね。

18本から始まって、さすがに66本は多かったけど、君は細い身体に両手いっぱい抱えて喜んでくれた。


僕たちは3人の娘に恵まれ、長女にはおばあちゃんと同じ名前をつけた。

不思議なことにおばあちゃんと誕生日が一緒とか、好きなものが一緒とか、やっぱり生まれ変わりなんだろうと思うことが多々あるね。

特に短歌や俳句はうまくて、国語が得意で投句が趣味だったおばあちゃんの才能をよく受け継いでいた。


結婚後古民家の一戸建てを購入した僕らは、座敷わらしちゃんが好きな和のテイスト溢れる暮らしを楽しんできたね。

料理の好きな君は、お彼岸になるとおはぎを作ったり、お正月はおせち料理を作ってくれた。

家族の誕生日やクリスマスにはケーキを作ってくれたね。

僕は君の作るいちごのショートケーキが大好きだ。


飛行機に乗りたいと君が17歳の夏に言っていたから、毎年家族旅行は遠出したね。

泳ぐのは前世で溺死したことがあり水が怖いから、海やプールには行かなかった。

鳥取のおばあちゃん家のような、空気のきれいな山へ行って、きれいな星空を飽きるほどほど眺めたね。


20歳の成人式の時、僕は君に青い振り袖をプレゼントした。

そう、ミエちゃんのためにご先祖様が仕立てていた、あの羽ばたく鶴の振り袖。

エミちゃんが着たらきっと、ミエちゃんも喜ぶだろうと、蔵から運んでいたんだ。

君は既婚者だし振り袖なんて…と躊躇していたけれど、成人の記念だから写真も撮ったね。

とても似合っていたよ。


振り袖も夏の木綿のゆかたも、娘達が受け継いでくれた。

祖父亡きあと空き家になった佐藤の祖父母の家は、長女が田舎暮らしがしたいと移り住み、そのまま向こうで結婚して、新しい家族が増えたね。

おかけであの家も大事に守られている。

きっとおばあちゃんの魂が呼び寄せたんじゃないかと思うよ。


大事なものが受け継がれていく。

それは家や物だけでなく、

人の想いや愛情も。


エミちゃん、君のおかげで

僕も僕の周りの人達も

皆幸せな人生を歩んでいる。

君はやっぱり幸運を呼ぶ座敷わらしだ。


わらしちゃんの時から歌も踊りも好きだったエミちゃん。

僕がミュージカルに誘ったらすっかり気に入って、

たくさんの演目を観劇したね。

その影響か子ども達も皆音楽好きで、

ピアノやサックスを購入したね。

家にはいつも歌や音楽が溢れていた。


明るくて風通しの良い、すてきなわが家になったね。

それはきっとエミちゃん、

君がいつもにこにこと

笑顔でいてくれたからです。


君は最高の妻であり

母であり

今では孫もできおばあちゃんになりました。


遠い昔祖父母や両親を見送った僕らが、

今では立派なおじいちゃんおばあちゃんだ。


ヒゲも髪も白くなり、

背中も曲がり、シワも増えた。


順番に皆歳をとり、

身近な人の死を経験していく。


こうして時は流れ、人の営みは続いていくんだね。


ねぇ、エミちゃん。

君は妖怪だった時、多くの人を見送る立ち場だったから

僕に絶対100歳まで生きてって、初めて行ったあの夏祭りの日に言ったよね。


君が健康管理をしっかりしてくれたおかげで、

僕は80歳を越えた今でもピンピンしてるよ。


それなのに、

君が病で倒れてしまうなんてだめじゃないか。


家族のためにって心配かけまいとずっと笑顔で元気に振る舞ってたから、

こんなに近くにいたのに僕は君の体調の異変に気づいてあげれなかった。


チキショウ!

ちくしょう…


僕は自分が情けないよ。


もう数日意識も途切れ途切れで、寝たきりだ。


ねぇ、エミちゃん。


目を開けてよ。


もう一度僕の顔をみて、

優樹くんって言ってよ。


子供ができて孫が生まれても、

いつまでも優樹くん優樹くん。


僕はエミちゃんっていい続けて…

子供たちからもいつまでも仲良すぎて暑苦しいって言われてて。


こんな幸せが永遠に続くと思っていたのに。


いや、妖怪の座敷わらしじゃないと

永遠の命なんてないか。


こんな悲しい想いをもするくらいなら、

君を人間にしないほうがよかったのか?


「ゆうきくん…」

弱々しく目を覚ましたエミちゃんが、僕の手をとる。

「泣かないで…」


そんなこと言ったって……


僕の涙を拭って、言葉を続ける。


「わたし…人間になれてよかった…ゆうきくんととしをとれて…おばあちゃんになれてよかった…」


そんな…

今にも消えそうなその命を、

僕はどうすることもできないのに…。


「ゆうきくん…さいごまでやくそくまもってくれた…わたしよりさきにしなないって…でもゆうきくんにつらいおもいさせちゃう…ごめんね…」


そうか…

君は座敷わらしだった時、

こんなに辛い経験を何度もしてきたんだね…。


そんな想いをさせなくてよかった。

でも僕は悲しい…。

今までの人生で一番…。


「ゆうきくん…」

「なに?エミちゃん…」

僕はもう涙が滝のように止まらない。


「わたし…さきにいってるけど…うまれかわったらまた…いっしょになろうね…」

「うん、うん…」


だけど、まだ逝かないでほしい。

君とやりたいことがたくさんあるんだ。

ミュージカルもみたいし、大きな抹茶パフェも食べたい。


「ねぇ、ゆうきくん…」

「なぁに?エミちゃん…」

僕は彼女を握る手に力をこめた。


「人間のいのちにおわりがあるのはね…かぎりあるものだから…愛する人とのじかんを…たいせつにできるからだとおもうの…」

「うん、うん、そうだね…」


もうしゃべらないで


「人生の幕がおりても…物語は…続いていくよ…これからも…わたしと…ゆうきくんの…」


「あいしてる…」


それが、最期の言葉だった。




ブワァー…




虹色の光に包まれ、

心優しき座敷わらしの魂をもった

人間のエミちゃんは、

その生涯を閉じた。





葬儀が終わっても、僕は毎日毎日

泣いて過ごした。

するとある日、あの子がやってきた。






「優樹くん、何泣いてるの?」






………えっ?





「わらしがついてるから、もう泣かないで。あっ、ついてるっていうのはおばけが取り憑くって意味じゃないよ、うふふ」


着物の裾で顔を隠してほくそ笑むあのクセ。


間違いない…



「わらしちゃん!? …のエミちゃん??」


僕はエミちゃんを失ったショックで、幻をみてるのだろうか。



「あのねー、人間としての人生は終わったけど、最後までよくがんばったから、ごほうびに優樹くんの人生が終わるまで、また座敷わらしとして側にいていいって、山の大神様の取り計らいで。わらし来ちゃいました!」

「そ、そうなの!?」

「なつかしいなー、わらしのこの姿。自分で言うのもなんですけど、かわいいねー。あのね、優樹くんがおじいちゃんになっても、わらしやっぱり大好きだよっ」


えっちょっと待って


何がなんだかよくわからないけど…


いや、


目の前にわらしちゃんがいる。


それだけでいいじゃないか。


僕たちのストーリーはここから始まったんだ。



人間の僕と、座敷わらしちゃん。

僕はだいぶ見た目は老いぼれたけど…。


「大丈夫よ!優樹くん、中身は純粋な子どものままだから」


そんなもんかな


「あっ、いいこと考えた!今度は僕が妖怪になればいいんだ!座敷わらしって男の子もいるよね」

「ふふっ、それもありね」


人間として僕たちは、この世で成し遂げるべきことをできただろうか。

ただひとつ言えるのは、僕らは約束を守り、どちらかの人生が終わるまで添い遂げた。それが何より誇れることだ。


今世での僕らのステージの幕は一旦降りたが、

またきっと、新しい舞台の幕が明ける。


ともに行こう、エミちゃん。


「愛してるよ」


わらしちゃんも、

エミちゃんも。


過去も未来も前世も来世も

すべてひっくるめて。


君のすべてが大好きだ。


今も、これからも。



ー完ー








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の彼女は座敷わらし 風間絆名 @kazama_kizuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ