第三十ニ話 光の道
桜の咲く頃、僕と妻のエミちゃんは鳥取の祖父母宅を訪ねた。
おばあちゃんは弱々しく、布団に入り横になっていた。
「ごめんよぉ…こんな姿で。楽しみにしてた結婚式も行けれんかったねぇ…」
今まで見たことのない、弱々しい姿。
「気にしなくていいよ。今日は僕のお嫁さんのエミちゃん、一緒に来たよ」
「エミコです、おばあちゃん」
「…おぉ…」
おばあちゃんは皮と骨だけになった手を差し出した。
エミちゃんはその手を沿っと握る。
「…あんたは…座敷わらしちゃんかい?ワシのおばあちゃんの妹のミエちゃん…」
やっぱり、おばあちゃんにはわかるのか。
「久しぶりだね、おばあちゃん。わたしちゃんと、人間になれたよ。優樹くんと出会って、こうして結婚したよ」
「…あぁ…そうか…よかった…よかったねぇ…」
おばあちゃんはシワだらけの顔をクチャクチャにして、涙を流して喜んだ。
「佐藤の家をずっと守ってくれて…ありがとうね…優樹は自慢の孫だけん…ほんによかったぁ…」
そんなふうに言ってもらえると…
僕はもらい泣きだ。
持ってきた写真をゆっくりおばあちゃんに見せた。
一枚、一枚。
白無垢と袴姿、披露宴のタキシードとウェディングドレス。お色直しの色打掛。
どれもうなづきながら、きれい、きれいと。
障子の向こうから、おじいちゃんが僕を手招きした。
「えっ!?」
末期がん、おばあちゃんが…。
「もう手の施しようがないって」
「お母さん達はこのこと…」
「昨日伝えたよ。優樹たちと入れ替わりでこっち来るげな」
「…おじいちゃん、大丈夫?」
口数の少ない人だが、気落ちしているのはわかる。
「…人はいずれ死ぬけん、覚悟はしちょうよ。何、ワシももうすぐ逝くでな。後は頼んだけん」
おじいちゃんはそう言って、部屋にもどっていった。
おばあちゃんと話していたエミちゃんは、大粒の涙を流していた。
「いやだ、おばあちゃん。せっかく会えたばっかりなのに、そんなこと言わないで」
「どうしたの?」
「おばあちゃんが、自分はもう長くないって…」
さっきおじいちゃんからあんな話を聞いたので、僕は否定することができなかった。
バカ正直にもほどがある。
「心配せんでいいよ…あっちにはご先祖様もようけおるけんね」
冗談っぽく笑いながら言うが、声にはもう張りがない。
「それにな…優樹…エミちゃん…よう聞いてな…。ワシが死んだら、ふたりの子どもになって生まれ変わってくるげな」
「えっ!?」
生まれ変わり…そのキーワードに思わず反応してしまう。
「ワシの魂がこの身体から離れて帰る入れもんがなくなっても、他の魂を見つけてまた人間として新しい人生をやり直すけん…その時はなぁ、大好きな優樹とエミちゃんの子どもになって出るわなぁ…そう思うと楽しみだけん…何も怖いことはないが…」
そう言うと、僕とエミちゃんの手を交互に握った。
祖母がこの世を去ったのは、それから数週間後のことだった。
葬儀で再び鳥取へ行き、焼かれた祖母の煙は五月晴れの空に静かに昇っていった。
おじいちゃんは静かに静かに泣いていた。
何十年連れ添った妻を見送る想い、どれほどの苦しみなのか。
そんな父親に、僕のお母さんはそっと寄り添っていた。
「大切にすべきは、悲しみに寄り添ってくれる人だよ…。お父さんが亡くなった時、お母さんが言ってた」
「エミちゃん…」
「明るい時元気な時なら誰だって楽しいから集まってくるけど、辛い時悲しい時、そういうの重いとかめんどくさいとか言う人とは縁を切りなさい。あなたが苦しい時泣いてる時、そっと寄り添って支えになってくれる、そういう人があなたを心から大事に想い、一生つきあえる人なのよ。そう教えてくれた。わたしにとってはそれが優樹くんだった。座敷わらしの時から」
「なんだろう、ほっとけなかったんだ」
7歳の時、初めて座敷わらしの君と出会った時から、僕は君に惹き寄せられていたんだ。
きっとこういう運命なんだろうね。
僕たちはずっとずっと遠い昔から、
出会って結ばれるために生まれてきたんだ。
それが妖怪と人間であっても。
そしておたがいを想う力は神をも動かし、座敷わらしのエミちゃんは人間になれ、こうして今一緒にいる。
それは奇跡と言っても過言ではない。
ひとりの人間の人生が終わる時。
必ず涙する人がいるだろう。
それは、愛されたしるしであり、
その人は大切な存在なのだ。
おばあちゃんの四十九日法要が終わり、梅雨も明け夏の日差しがまぶしい頃。
エミちゃんの妊娠がわかった。
「3ヶ月だって…」
僕たちは、生まれてくる子はきっと、おばあちゃんの生まれ変わりだと思った。
おばあちゃんの魂がきっと、僕たちを見つけてエミちゃんのお腹に宿ってくれたのだと。
こうして、いのちは繋がれていくのだろう。
人は死に、けれどまた新しい命が生まれ。
どこかしらで魂は出会い、別れ。
時に傷つけ、時に愛し合い。
巡り巡る神秘の糸はまぶしいこの真夏の太陽のように、光の道となって僕らの進む道を照らしていく。
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