二次元な彼女は騎士様!?

冬ノゆきね

彼女は騎士様

「か、可愛いし、カッコいい! 今日からこの子は俺の推しに決定! この頼りになる感じ最高だよな。へへへっ! こんなクールで凛々しい女性が俺の側にいてくれたら、もっと頑張れるのに……。はぁ、推しに一度でも言ってもらいたい。私はあなたのそばから離れない、みたいな!」

 

 そう自分の部屋で一人ぶつぶつと呟いていたのは、今年三十代になる男――伊原准。

 アニメをこよなく愛するオタクの一人だ。

 

 生まれてこの方、女性との交際経験なし、当然のことながら童貞、女性関係では親が心配することが多いレベルの臆病者であり、それ故の話しかけることなどができない積極性の無さからいつも呆れられている。

 

 同じ職場の同僚、上司とは淡々と話すことができるが、どうしても異性となると上手く話すことができない。

 

 まず第一として何を話したら良いのか分からないのだ。

 同性のように下ネタの話もできず、そもそも趣味がどうこうって話になると、近頃の女性はファッション、好きな俳優、アーティストなどスラリとした高身長のイケメンの話ばかり。

 

 まさに准はその真逆といった存在になるだろう。

 ぽっちゃりとした体型にまだ三十代に入ったばかりだというのに、仕事の疲れか、それとも普段のストレスかは分からないが、若々しさは徐々に無くなりハツラツとした元気もない。

 まさに三十代にしては重症なレベルだ。


 そんな准が変わり始めたのは、推しを見つけて三ヶ月後、ある出来事がきっかけだった。

 

※※※※※※※※


「おはようございます」

 

 准はいつもと変わらないテンションで社内の同僚、上司に挨拶をした。


「おお、来たな准。って、お前何かいつも以上にやつれてるぞ、大丈夫か?」


 声を掛けてきたのは会社の上司である久根聡だ。

 准より五年前に入社し、営業成績も良く社内ではそこそこのベテラン、そして愛想もよく、イケメンてこともあり女性社員からはモテモテ。

 持ち前の陽キャっぷりで、他会社の重役ともすぐに打ち解け、よくうちの会社にと転職の誘いも来るようだ。


 そんな現実を謳歌しているであろう久根に心配されている准は返答した。

 

「まぁ、大丈夫じゃないっすか。いつもと変わらずどうもやる気が出ない感じなんで……」

「そうかそうか! あ、そうだ。今日の夜、店で一杯どうだ? 行けるか?」

「仕事の量にもよりますけど……」

「今日可愛い娘もくるから、ぜひお前を誘いたかったんだよ」

「いや、でしたら他の方と行かれたらどうですか? 俺暗いですし、まともな話なんてできませんよ……陰キャだし」

「まあ、そんなこと言わずに、な!」

「はぁ……分かりました」


 准は内心納得いかない様子で、ため息混じりの返事をした。


 (今日から新作のアニメが放送されるのに……リアルタイムで見るからこそ意味があんのにな)

 

 久根は本人が納得いっていないと察したのか、再び准に問いけてきた。


「あんま納得してないって感じだな。今日の夜、何か用でもあるのか?」

「いや、別に……」

「だったら来れるんだろ。もし何かあるならはっきり言ってもらわないとな、正直言って困るんだよ」


 (勝手に予定決めてるのは、お前だろ。何で俺が責められるんだよ。でもここは我慢だ)


 准は不服ながらも、久根に頭を下げた。


「すいません」

「分かってくれたか……で、夜どうする?」

「行かせて頂きます」


 (こうなってしまっては仕方ない。本当はリアルタイムで見たいけど録画でも……って今思えば家に帰る時間もないじゃないか!)


 盲点だった。

 仕事が終わり次第すぐに居酒屋に向かうのが、サラリーマンというもの。疲れた身体に染み渡るキンキンに冷えたビールに旨い飯。これこそ至福の時って思う人もいるだろう。

 

 しかし准は違った。

 准の疲れを癒やすのは、飯を食いながら見るアニメ。

 それのみだ。


 (仕方ない、時間が経てばサブスクで配信されるだろうから、それまで楽しみにしておくか)


 ※※※※※※


 そして仕事も終わり、久根と同僚達と居酒屋へと足を運んだ。

 早速、店の前から食欲をそそる美味そうな匂いが漂ってくる。その匂いで准は思わず唾を飲み込んだ。


 (炭火で肉を焼く良い匂いだなぁ〜)


 准はこの美味そうな匂いに心地よくなっていた。

 普段から自炊するタイプの准は、外食だと金銭的な問題、そして何よりアニメを見る時間が損なわれ、外食なんか時間の無駄という考えを持っていたからだ。

 しかし、今その考えが変わりつつあった。


(外食ってのも悪くないかもな)


「おい、どうだ准。美味そうな匂いだろ。来てよかったと思わないか?」

「はい……」

「何だよ、ホントお前って暗いよな」

 

 久根は准の背中を強く叩いた後、同僚達や後輩達に自身の背後を見るように告げた。


「なぁ、何かやばい奴いないか? 俺の後ろ……」


 そんな久根の問いかけに、その場にいる同僚や後輩達は笑い合いながら、准を指さした。


 (えっ! 何で俺指さされてんの?)


「准ってアニメとかそういうの詳しいよな?」


 そう問いかけて来たのは、准の同僚である烏丸だ。

 准より頭一つ分背が低く、その割に大人びた言動や渋い声が特徴的な男だ。

 

「まだ俺なんかにわか程度だけどな」

「まあいいさ、だったら……あれは何ていうキャラのコスプレだ?」

「へぇ? 何の話を? 誰も周りにコスプレをしてる人なんて…………」


 准はキョロキョロと辺りを見渡す。

 久根の背後に目をやると、居酒屋をジッと眺めている女性の姿があった。

 その姿はまさにアニメから出てきた女騎士のような格好。

 

 (レイヤーか? でも何でこんな居酒屋の前に? 近くでイベントでも開催していたのか?)


 准は疑問に持ちながらも、その女性から目が離せなかった。

 黄金色に輝くサラリとした長い髪に透き通ったコバルトブルーな瞳、水をも弾くであろうきめ細やかな白い肌。

 そして何よりも目立ったのは、そのスタイルの良さ。

 出るところは出て、引き締まったところは引き締まっている。

 

 (遠とすぎる! 彼女こそ理想の!)


「シュバリエのアリシアちゃん!!」


 シュヴァリエとは、今期放送されている異世界ファンタジーアニメ。

 そのアニメの中では主人公から嫌悪されている女騎士という設定のキャラだ。

 ヒロインに憎まれ口を叩くのも、それはすべて好意を抱いている主人公である王子のためであるが、王子はそのことに一切気づくことなく、アリシアとの縁を切ってしまう。

 そこからアリシアは悲痛な運命を辿るのだが……という設定だ。


 准は原作をすべて揃えるほどの大ファンであり、アリシアの主人公への一途な思いや、厳格クールなカッコよさに惚れ込んだのだ。

 アリシアを見るためだけに、原作を購入しているといっても過言ではないだろう。


 そこで准は思わず叫んでしまった。

 まさか推しキャラのレイヤーが目の前に現れるとは、思ってもいなかったからだ。


「で、どうなんだ? 知ってるキャラなのか?」


 同僚は再びそう問いかけ、准はそれに対して笑顔で答えた。


「ああ、俺の推しだ……」

「え? あのキャラが?」

「そうだけど……何かあんのか?」

「いや、准ってあんな感じの女性が好みだったのか。知らなかったな。てっきり妹みたいな年下の可愛らしい子だと思ってたからな。オタクって皆、そうじゃないのか?」

「んな訳あるか!! 推しキャラだって人それぞれに違うに決まってんだろ!!」


 准が突然大声を上げたからか、烏丸は少し驚いた様子を見せている。

 同じ時期に会社に就職したとはいえ、あんな大人しい准がここまで大声を上げる姿を一度も見たことがないからだ。


「お、おう、何か悪かったな」

「ああ、構わないさ。久しぶりに大声出したらスッキリしたしな」

「それより准、あの子こっちに来るぞ」

「へっ?」


 久根を押し退け、准の前に立ち塞がったのは、紛うことなきアリシアの格好をしたレイヤーだ。


「貴様、なぜわたしの名を知っている?」


 まさかの問いかけに、准の頭の中は真っ白になっていた。

 なぜなら、どう見ても化粧で顔を似せて見せている訳でもなく、骨格がアニメとそのままのように感じたからだ。もちろん声もだ。

 最初はアリシア役の声優さんか、その声真似をしている誰かかと思ったのだが、どうもそんな雰囲気ではない様子。

 もし声優本人ならこんな真面目に「なぜ名を知っている?」なんて聞いてくる訳ないし、確かにそのセリフがアリシアにとって代表的なセリフなのであれば、分からなくもないが、実際アニメでも数話しか登場しなかったキャラでもある。

 だから、声優ではないという結論に至った訳だ。

 なんて訳の分からない結論を頭の中で出している准なのだが、アリシアを前にするとどうしても抑えられない衝動が込み上げてくる。


「あ、あの!」


 准は大きな声と共に自分の手をアリシアに差し出した。


「良かったらサインください!!」

「な!?」

「だからサインが欲しいんです!!」

「さ? サインとは?」

「………………」


 この時、准は確信した。

 今どきサインという言葉を知らない人は世の中にいないはずだ。


(ということは……まさか! いやいやいや、待て冷静に考えるんだ俺。まさか現実にそんなことが起きるのか? これは俺に対しての挑戦、いや上司や同僚からの罠と考えることもできる。ふん、オタクだからと俺を馬鹿にするなよ)


 准は頭が悪いなりに色々と考えた。

 その結果、この状況は上司や同僚が准をからかうための罠だと判断したのだ。


「ふふん、おいアリシア。いや俺をからかうための用意された女よ。そんなんでオタクの俺を騙せると思うなよ!」


 なんとも恥ずかしい光景である。

 准はよりにもよって居酒屋のような人通りが多い場所で、声を荒らげたのだ。

 

 そして准は先輩である久根、そして同僚達の顔をそっと眺めた。

 久根は今の状況が恥ずかしいのか、頭を抱えているようだった。

 そして同僚達は、アリシアの方を指さし准に何かを伝えようとしている。

 その様子に気づいた准が振り返ると、 そこには鬼の形相で剣を振り上げたアリシアの姿があった。

 准は思わずのけぞり、急いで膝をついて土下座した。


「すいませんでした! 何に怒ってらっしゃるのかは存じ上げませんが、すいませんでした!!」


 アリシアはそんな准の謝罪を見て許すのかと思えば、実際にはそうではなく、さらなる怒りを露わにしていたのだ。


「おい、貴様! わたしに女、だと言ったか!! わたしはブリューネル王国に仕える誇り高き騎士。アリシア・シュニーゼだ!! そんなわたしに女……女だと!!」


(あ、これは……まずいんじゃないか!?)


 准は命の危険を感じ取った。

 アニメや原作でもそうだった。

 アリシアはかなりプライドが高く、自身が女性で生まれてきてしまったことを恥だと思っている。

 だからこそアリシアを女呼ばわりした連中は実家の権力を行使され、全員首落としという残酷な処刑方法で処刑されたのだ。

 そんなアリシアに対して女、なんて言葉を使うと恐ろしい目に合うことは必然であった、はずなのに。


「本当に、本当に申し訳ありませんでした! そうです、アリシア様はブリューネル王国に仕える誇り高き騎士様であります。そんなアリシア様に俺は、いや私は粗相を……」


(とりあえず、謝り続けたら何とかなるだろう)


「貴様、名は?」

「はっ! わたくしの名は伊原准と申します。どうぞ准とお呼びくださいませ」


(よっしゃああああああ!! これで推しのアリシアから准と呼んでもらえるじゃないか!! でも待てよ……この世界にアリシアはどうやって来たんだ?)


「よし、なら准よ貴様に聞く。いったい、ここは……どういった国なのだ? ブリューネル王国とは文明的な発展の差は歴然。ここまで発展した国をわたしは聞いたこともない。動く鉄の箱に、ピカピカと眩しい照明、すべてがブリューネル王国では見たこともない物ばかりだ」

「ここは日本という国でございます。アリシア様が居られたブリューネル王国とは遙か遠い地になっております。こちらも質問よろしいでしょうか?」

「許可する」

「でしたら、アリシア様はどのようにしてこちらに?」


 普通に考えれば、向こうの世界で亡くなり、こちらの世界へと転生するパターン。

 それか向こうの世界で何かこちらと繋がる空間へと入り、こちらに来たパターン。

 准は考えた、必死に考えた。

 けど、科学者でもなければ、国家機密に関与している職に就いている訳でもない。

 ただのサラリーマンのおっさんだ。

 そんなおっさんに分かることと言えば、シュバリエのアニメや原作のことだけ。

 今後、アリシアがこの世界でどう過ごすかは本人次第。

 

 (俺にできることといえば、少し手助けをしてやることぐらいなんだよな)


 その時だった。

 アリシアはここに来た経緯を語り始めたのだ。

 それはなんとも残酷で、悲痛な話だったことをまだ准は知らなかった。

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