第2話 野獣との結婚 (2/2)

小男が指示をすると、野獣の家来どもが私の両脇を抱え、おろしたての素敵な馬車に乗せました。でも私には、それは地獄行きの馬車と同じくらい、絶望的な存在に思えたのです。


馬車が家に着いた時の、両親と妹の驚きようと言ったら、今でも忘れる事が出来ません。あの野獣が突然家へやって来たのですから、当たり前と言えば当たり前でしょう。


そして野獣は、私との結婚を無理矢理両親に約束させ、一週間後に迎えの者をつかわすとだけ言い残し、素敵な馬車で森の奥へと消え去りました。


それからの七日間、私の家は村はずれの墓地よりも、暗くどんよりとした空気が流れ続けました。号泣する母、自分の不甲斐なさを嘆く父。妹は、只々、私に謝るばかりでした。いっそ逃げようとの提案もされましたが、それが無駄な事は家族の皆が知っています。


野獣の恐ろしい執念と、貴族にも匹敵する財力をもってすれば、どこへ逃げようと必ず捕まってしまいます。そして報復として、両親と妹は殺されてしまうでしょう。もちろんそれを糾弾できる者などいるはずもありません。


村の人達も、まるでお通夜にでも来たように、私にお別れを言いました。


「結婚して、子供でもいたらねぇ」


こう申す村人も何人かおりました。確かにそうだったら、野獣も諦めたかも知れません。私はこれまで縁談を断ってきた事を後悔しました。決して自分の美貌を鼻にかけていたわけではないのですが、自分にはもっとふさわしい相手がいるのではないかと思っていたのです。


その結果が、野獣との結婚。きっと傲慢な私に、神様が罰をお与えになったのでしょう。


明日は結婚式という前の晩、私はベッドでさめざめと泣きました。決して豪華な寝床ではありませんが、安心して眠る事が出来るのはもう今夜しかないのです。


明日からは、あの野獣とベッドをともにしなければなりません。隣にいるだけでも激しい悪寒が走るのです。肌を合わせるなど想像する事すらできません。縮みあがってしまい、愛の行為など出来るはずもないでしょう。


野獣は怒って、私を殺すでしょうか。いっそそうなれば、私にとってはむしろ救いかも知れません。しかしそうなれば、やはりあいつは、私の家族を殺すでしょう。それでは余りに家族が可哀相です。


そして、いよいよ運命の朝。


両親は黙って私の手を握りしめました。妹は、自分が身代わりになれればどんなにいいかと嘆きます。しかしそれが不可能な事を、誰もがみな知っていました。


そして約束通り、迎えの馬車がやって来ました。私は家族に別れを告げ、森を越えた地獄の世界へと向かいます。


野獣の城はとても立派なもので、貴族どころか王族に匹敵するほどの大きさです。城の入り口は花々に彩られ、野獣の家来どもが恭しく馬車を迎え入れました。


私は全てを諦めました。もう、どうしようもない。逆らえるはずもない。馬車を降りた私は、絶望への階段を上っていきます。階段の先にはあの小男が待っており、私を控えの間へと案内しました。


部屋には豪華な衣装が用意され、私は召使いの手を借り着替えをします。


「ご主人様は、すでに祭壇で待っておられます」


以前とは打って変わった小男の丁寧な言葉遣いに私は苦笑しました。あぁ、私はもう、野獣のものなのだなと。


小男の後に付き、結婚式場である城内の教会へと進みます。教会の入り口には数々のレリーフが施された重そうな扉があり、それはこれから先の暗く鈍重な私の人生を暗示しているかのようでした。


扉が開かれると鼓笛隊によるファンファーレが鳴り響き、結婚式に招待された客たちが一斉にこちらを見やります。みな着飾った豪華な人々。おそらく、貴族や有力商人など、野獣に媚びへつらいたい方々なのでしょう。


私は彼らの好奇の目の中、祭壇で待っている野獣の元へ一歩一歩近づきます。


私があいつの傍らまで来ると、豪華な”花嫁衣装”で着飾った野獣は、その逞しい腕で私を引き寄せました。そして彼女は淫靡に満ちたその眼差しで、私を舐めるように見回しました。


あぁ神様、私を美男子に生まれつかせた事を、いま、心の底からお怨み申し上げます。

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野獣との結婚(短編) 藻ノかたり @monokatari

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