第35話泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ捌

「酒を入れていないと話がしにくいからな」


そういって2つ目の徳利に手を伸ばしながら、豪快に笑う。


「おう弟子。何度もいうがおれのことは師匠と呼べ。あと結論を急ぐな。気分が悪い」


どさっと座敷に座ると、なおを睨みながら煙管に火をつけた。


「……うい。師匠」


幸民はもったいぶるように長く細く煙を吐き出すと、なおと喜兵寿の目を見据えた。


「書物によれば、お前たちが探しているほっぷとやらは、『ひ酒花(ひしゅか)』である可能性があると思う」


「ひしゅか?」


聞いたこともない単語だ。なおは幸民が発した音を、漢字もわからず繰り返した。


「清から入ってきている生薬だ。煎じて飲めば、鎮静や消化促進に効果があるという。その形状を表した記述が、昨晩お前がいっていたほっぷに似ている気がしてな」


そういって一冊の書物をパラパラとめくる。ミミズがのたうち回ったような、漢字ばかりの中に見覚えのある絵が書かれているページがあった。


長い弦に、たくさんの松かさが描かれた絵。それは多少の違いはあれども、確かに見慣れたホップそのものだった。


「これ!!!これだよ、これ!これホップじゃん!!!」


なおが興奮して叫ぶと、喜兵寿も「本当か!」と覗き込んでくる。それを見て、幸民は「ふんっ」と満足げに頷いた。


「やはりな。であれば堺の唐物問屋に入ってきている可能性はあるぞ」


「すげえ!師匠すげえな!そうか、堺の唐物問屋か!……ってなんだ?唐物問屋って?」


首をひねるなおに、喜兵寿が答えた。


「唐物問屋は清から入ってきた品物を売っている店のことだな。俺も行ったことはないのだが、清からの品々は堺の商人たちよって独占され、そこで売買されていると聞く」


「清……清ってことは、中国か?!まじか!」


なおは興奮して叫ぶ。


「ホップって中国のイメージ全くなかったけど、そうかたしかに中国で栽培されていたとしても不思議じゃないもんな。うわ、めっちゃおもしろいなこれ!」


居てもたってもいられず、うろうろと動き回るなおを横目に、喜兵寿は幸民に問いかけた。


「堺の唐物問屋にいけば、我らのようなものでもほっぷを購入することは可能なのでしょうか?」


幸民は目だけをぐるりと動かすと、ゆっくりと煙管を口にする。


「どうだろうな。堺の唐物問屋商人といえば、荒くれもの揃いで有名だ。おまけに今回売ってもらう先は、偏屈者ばかりの漢方医ときている」


幸民たちが属する、西洋の医学「蘭方医」と日本の伝統的な医学「漢方医」は犬猿の仲だと聞く。喜兵寿は蘭方医のことも良く知っているわけではなかったが、これだけ癖の強い幸民が「偏屈者」と呼ぶのだ。やはり一筋縄ではいかないだろう。


「まあ、どちらにせよ行ってみるしかないだろうよ」


幸民はにやりと笑うと、うまそうに喉を鳴らして酒を飲み干した。

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