第7話 失われた修学旅行

修学旅行が終わって日常が始まった。


ディズニーランドでカツアゲされたことは明るみにならなかったが、あの第一日目の宿「鳳明館」で私が強制された醜態は池本たちが自慢げに言いふらしたことにより、私は卒業するまでクラスの笑い者にされた。


修学旅行で起きたことはもちろん親にも話さなかったし、高校進学後の三年間誰にも話せなかった。


時間というものはどんな嫌な記憶でもある程度は消してくれるものらしいが、私の場合三年間では半減すらしなかったからだ。


高校時代に中学の卒業式の日に配られた卒業アルバムを開いたことがあったが、中に修学旅行の思い出の写真ページがあり、二日目の国会議事堂前で撮ったクラスの集合写真に写る私自身があまりにもしょっぱい顔をしているので見ていられなかった。


卒業文集の方も読んでみたら、池本と小阪がいけしゃあしゃあと修学旅行の思い出を書いていたのには思わずカッとなった。


池本の思い出にいたっては題名が『仲間と過ごした鳳明館の夜』だ。


私にとって悪夢だった修学旅行にとどめを刺した第一日目の宿の思い出を、主犯の一人である池本はかゆくなるほど詩情豊かに書いてやがった。


そこには私も二井川も登場せず、ディズニーランドの思い出や将来について小阪や大西らと部屋で語り明かしたことになっている。


「僕はこの夜のことを一生忘れない」と結んだところまで読み終えた時、私はまだ少年法で保護される年齢だったため、他の高校に進学した池本の殺害を本気で検討した。


そうは言っても、時間の経過による不適切な記憶の希釈作用が私にも働くのはそれこそ時間の問題だったようだ。


大学に進学した頃には他人に話せるようになっていたし、何十年もたった今では『失われた修学旅行』などと笑って話せるまでになっている。


もっとも、未だに中学校の同窓会には一度も参加したことがないし、どんなことがあっても東京ディズニーランドにだけは行く気がせず、ミッキーマウスを見ただけで殴りたくなるが。


しかし、あの修学旅行であれらの出来事があったからこそ今の私があるのかもしれない。


どんなに調子が良くても「好事魔多し」を肝に銘じ、有頂天になって我を忘れることがないように自分を戒め、慎重さを堅持することこそ肝要としてきた。


今まで大きな災難もなく過ごせてきたのはそのおかげだと、今の自分には十分言い聞かせられる。


中学の卒業アルバムを今開いてみると、三年二組の担任だった矢田谷、宿で私をいたぶった池本、小阪、大西たち、そして四組の二井川の顔写真はコンパスやシャープペンシルで何度もめった刺しにされて原型を留めていない。


中学卒業後の高校時代の自分がやったことに、思わず苦笑してしまう。


これではどんな顔をしていたか写真だけでは思い出すことはできないが、しばらくすると中学校時代が部分的にリプレイされ、徐々にだが彼らの顔が頭に浮かんでくる気がする。


そして、私をディズニーランドで恐喝したあの他校のヤンキーたち一人一人も。


時が過ぎてはるか昔になってしまえばどんな出来事もセピア色。


三十年後の今では中学時代のほろ苦くもいい思い出に…。


いや!そんなわけあるか!


やっぱり2021年の今でもあいつらムカつくぞ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

修学旅行でカツアゲされた私~はしゃぐことは罪なのか?~ 44年の童貞地獄 @komaetarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ