第5話 クリスマスイブ

 研究所に戻って俺は、休憩室でコーヒーを飲んでいた中林先生にこの出来事を報告した。


「というわけなんです。ドローンのカメラに何か映ってませんでしたか? あの子、どこにいますか? アパートの別の部屋に移動したのかな」


 中林先生は興味のなさそうな声で俺に言った。


「どこにもいない。今朝おまえがでていってすぐにドローンの各種カメラでそのアパートを調べたが、中にはお前が見たゾンビがいただけだ。監視を開始してから出入りした者もおまえ以外にいない。もとから、そんな子どもはいなかった」


「どういうことですか? 俺はたしかにあの子と会ってプレゼントを……」


 中林先生はコーヒーカップを置いて、淡々と言った。


「去年の12月24日、そのアパートで子どもが殺された。殺したのは義理の父に当たる男。よくある虐待死だ」


 俺は思い出した。

 たしかに去年、まだパンデミックが始まる前の正常な時に、そんな事件があった。

 たしか、クリスマスイブの悲劇だと騒がれていた。

 虐待はだいぶ前から疑われていたのに防ぐことができなかったらしい。

 母親も虐待を見て見ぬふりをしていたとか、むしろ加担していたんじゃないかと、ネットでは随分と責められていた。


 俺は中林先生にたずねた。


「じゃあ、あの子は幽霊? クリスマスを楽しみにしていた子どもの幽霊だったんですか?」


 中林先生は即座に俺の説を否定した。


「幽霊などいるものか。おそらく、共感能力が強いゾンビの特性による幻覚だろう。つまり、クリスマスに浮かれたお前の脳と、室内にいた母親の脳が共鳴して見せた幻だ。その母親には、子どもを死なせたことへの後悔がゾンビになっても強烈に残り続けていたんだろう。クリスマスプレゼントを受け取ることもできずに24日に死んだ子どもの記憶が、おまえの浮かれたクリスマス脳と反応して、幻を見せたんだ」


「俺の幻覚?」


 そう言われれば、そうかもしれないという気分になる。だけど……。


「でも、あの子はちゃんとプレゼントをテーブルの上に持っていったし、それに、やっぱり、あれは……」


 中林先生はつまらなさそうに言った。


「好きに信じればいい。どの説にも証拠はない。だが、それにしても、お前達はクリスマスに浮かれすぎだ。なんだ、その格好は?」


 俺はまじめに答えた。


「サンタさんの格好ですが?」


 俺はまだサンタさんの衣装を着たままだ。スキー用ゴーグルは外したけど。

 中林先生は部屋の隅を見ながら吐き捨てるように言った。


「なんだ、あの邪魔な木は」


「クリスマスツリー。持ってくるの大変だったんですよ」


 さらに言えば、持ってきた後で飾りをつけるのが結構大変だった。

 中林先生は、頭痛でもするかのような表情で言った。


「そして、この忌々しい音楽……」


「いや、このミュージックは俺じゃないです」


 どこからか、クリスマスソングが流れてくる。

 一応俺もクリスマスソングのCDとかオルゴールを持ってきたんだけど。音楽は誰かがすでに用意していたようだ。


 クリスマスミュージックがこの部屋に近づいてきた。

 そして、ドアが開いた。

 カラが入ってきた。


「メリー・クリスマス! って、フミピョン準備良すぎじゃん。サンタコスしてるよ? クリパはサプライズだったのに。あ、クリスマスツリーまである!」


 そう言うカラが両手で持つお盆の上には、なんと、ケーキがのっていた! 

 粉雪のようなパウダーシュガーで白く飾られたケーキだ。


「サンタ! サンタがいるヨ! プレゼントちょーだい! サンタサン!」


 カラの後から結生が室内に入ってきて、その肩の上でオーム君が叫んでいる。

 結生が持っているお盆の上にはマグカップと紙コップ。温かい飲み物が入っているようだ。


 俺はサンタの真似をしながら言った。


「ほっほっほー。ゾンビサンタだよ。プレゼントはクリスマスツリーの下にあるよ」 


「やったぁー! フミピョンさっすがー」


 カラは跳びあがりそうに喜んでいる。

 ケーキが落ちないか心配になったくらいだ。


「ありがとう。文亮くん。サンタさんの格好してるの? サンタさんのおひげを触らせてください」


 結生はそう言って俺のほうに近づいてきたけど、俺はきっぱり断った。


「いや、ダメだよ。この白髭には感染源が付着しているかもしれないから。それより、ケーキなんてどうしたの? 作ったの?」


 結生は、ほほ笑んだ。


「カラちゃんと、こっそり準備してたんです。クリームは難しいけど、フルーツケーキなら作れそうだし、保存もきくからいいかなって」


 カラはウキウキした様子で言った。


「クリパ。クリパ。フルーツケーキにジンジャーブレッドマンもあるよ。保管していたチョコとクッキーもたーくさん食べちゃお」


 中林先生が大きなため息をついたところで、カラと結生の後ろから、神取さんが入ってきた。


「ハイハイ。先生も嫌な顔しないでください。今日と明日は」


 中林先生は、ぎょっとした様子で言った。


「このバカ騒ぎを二日もやるつもりか? 神取。なぜ、こいつらを止めないんだ?」


「人間は適度にストレス解消のための行動をとらないと精神の健康をたもてませんから。あきらめてください。この方が結局、作業効率が上がります」


 そう言う神取さんは、なんだか大きな透明の板を持っている。


「なんですか? それ」


 俺がたずねると、神取さんは簡潔に答えた。


「文亮君用のアクリル板」


 カラはテーブルにケーキを置きながら言った。


「こうでもしないと、フミピョン、いっしょに飲食しないからねー。今、組み立てるから。席はあすこかな」


 カラと神取さんは、俺のためにテーブルにアクリル板の設置をはじめた。


「ありがとう。でも、俺の唾液がついた食器の取り扱いには……」


 結生が俺の言葉を遮った。


「気をつけるから大丈夫です。もう心配性なんだから」


 こうして、俺達はクリスマスパーティーを楽しんだ。


 ちなみに、この夜、楽しんでいたのは俺達だけじゃなかった。

 公園のステージではアイドルゾンビ達がトナカイみたいなヘッドバンドをつけてクリスマス・スペシャルライブをやっていたし、かつて夜景が綺麗だったおしゃれなレストランにもゾンビがたくさん集まっていた。と、パーティーを抜け出してドローンでゾンビ観察をしていた中林先生が後で教えてくれた。


 その日、俺はフルーツケーキを一切れとお菓子をいくつか、母さんへのお土産にもらって帰った。

 その帰り道、俺はもう一度だけ、あのアパートに立ち寄った。

 暗く寒い室内には、やっぱりあの痩せこけたゾンビの他には誰もいなかった。

 俺は人型のジンジャークッキーとチョコを、テーブルの上のクリスマスプレゼントの横に置いて、手を合わせてから立ち去った。



 終わり

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クリスマスのゾンビたち しゃぼてん @syabo10

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