第4話 ゾンビサンタ、プレゼントをとどける

 数分後、ゾンビサンタな俺は、昨日子どもがいたアパートの前に到着した。


(さて、どうしよう)


 家の中に大人がいると、面倒なことになるかも。

 たぶん、俺はプレゼントを置いてすみやかに帰った方がいいだろう。


 俺はまず、窓がある道路の方から様子をうかがった。

 近くの建物の屋根に、研究所のドローンがとまっているのが見えた。

 あれは国防軍から奪ったドローンで、色んな最新鋭カメラが装着されている。

 ドローンのカメラはたぶん今、アパートの入り口付近を監視している。


 アパートのベランダの窓のところに、子どもがいるのが見えた。

 俺はサンタさんっぽく手をふった。

 ガラスの向こうの子どもが、俺に手をふり返した。


 俺は玄関の方にまわった。

 今日も付近に車はなく、昨日の俺の足跡らしきもののほかに足跡は見当たらなかった。

 

 俺はインターホンを押した。

 子どもの声が聞こえた。


「もしもし。サンタさん?」


 俺はサンタさんっぽく言った。


「ほっほっほー。良い子にプレゼントを持ってきたよ」


「ありがとう。サンタさん」


「プレゼントはここに……置くわけにはいかないか。ゾンビが来るかも」


 俺は周囲を見回した。

 だいぶ離れたところでゾンビがひとりでソリに乗って寝そべっている。

 あの距離だと、ここに非感染者がいても気がつかないだろうけど。

 それでも、あの子やその親がドアの外に置いてあるプレゼントを取るときにゾンビに襲われる可能性はゼロではない。


 俺は子どもに頼んだ。


「サンタさんがプレゼントを渡すために、ちょっとだけ、ドアをあけてくれないかな?」


 こんなことを言われても、絶対にドアを開けちゃダメだけど。

 幼い子どもはサンタを疑わずに言った。


「はいって」


 (はいってと言われても、ドアをあけられないよ)と言おうと思いながら、とりあえずドアノブに手をかけたところで、俺はギョッとした。


「あいてる……?」


 中から鍵を開ける気配はなかったのに、鍵はかかっていなかった。

 つまり、最初からドアに鍵がかかっていなかった。

 ありえない。

 ゾンビがドアを開けることはめったにないけど。

 それでも、ゾンビが徘徊する世界でドアに鍵をしめないなんて、ありえない。


 俺はドアを開けて、中に入った。

 中に入ると、すぐそこの薄暗がりの中に小さな男の子が立っていた。

 男の子はひどく痩せていて、室内は外と同じくらいに冷え切っているのに薄着だった。


 男の子は一瞬ゾンビかと思うほどに顔色が悪く、目の付近には青いアザがあった。

 でも、ゾンビの皮膚に浮かぶ青や紫の斑紋、通称ゾンビマークとは少し違う。この子の顔にあるのは、ただの青アザだ。


「ほっほっほー。プレゼントだよ」


 俺がプレゼントの入った赤い靴下を渡すと、男の子は両手でプレゼントをかかえて家の奥へと嬉しそうに走っていった。


 俺はすぐに外に出る予定だった。

 あの子の親がどこにいるにしろ、見つかったら俺の命が危ない。


 だけど……気になる。

 何かがおかしい。

 ここに本当に親はいるのか?

 大人がいるなら、ドアの鍵を開けたままで放置するはずがない。

 それに、親がいるなら、サンタを名乗る不審者がやってきた時点で、親が対応しているはずだ。


 そして、あの子の痩せ具合。

 大人がいたとしても、食料調達に相当困っているはずだ。

 放ってはおけない。


「ねぇ。お父さんかお母さん、誰か大人の人はいる? 今外出中かな?」


 俺は靴を脱ぎ、中に入った。

 逃げる時のことを考えると、靴は脱ぐべきじゃなかったけど、土足で入るのは失礼な気がしたから脱いだ。


 アパートは古く、狭かった。

 当然電気はつかないので室内は薄暗く、寒い。

 居間に入ると、男の子はテーブルのところで俺があげたプレゼントを開いていた。

 男の子はプレゼントの箱を手にもって、とてもうれしそうな笑顔を俺に向けた。


「サンタさん。ありがとう」


 その瞬間。嗚咽をもらすような唸り声が聞こえた。


「うぅ」


 俺は、跳びはねるように振り返った。

 部屋の隅のうす暗がりの中に、しゃがんでいる人影があった。

 まるで死体のように見えるけど、たぶん、死体ではない。

 俺はポケットから懐中電灯を取り出し、そこにいる者を照らした。


 ゾンビだ。

 骸骨のように瘦せこけたゾンビが膝を両手で抱えこみ、俯いた姿勢で座っている。

 ゾンビは動かない。

 非感染者がいれば、感染拡大欲求で暴れ出し、すぐにも襲おうとするはずなのに。


 それじゃ、あの子はすでに感染しているのか……?

 俺は子どもの方に振り返った。


 テーブルのところには、誰もいなかった。

 俺が持ってきたプレゼントだけが置かれていた。


 俺は懐中電灯で部屋のあちこちを探した。でも、子どもの姿はどこにも見つからない。


「おーい」


 呼びかけても、誰も答えない。


 あの子は逃げたのか?

 俺に気がつかれずに? 

 ありえない。

 でも、ここにはいない。


 俺はもう一度ゾンビに視線を戻した。

 ゾンビは女性のようだけど、骨と皮だけみたいに痩せこけている。

 こんなにゾンビが痩せているのを俺は見たことがない。

 ゾンビはその辺の虫を食べるだけで体重を維持できるほど燃費がいい生き物だ。

 たぶん、このゾンビは何ヵ月も食べていない。


 俺は冷蔵庫をあけた。

 開けた途端、腐臭がした。ほとんどの食べ物は腐っていた。

 俺は戸棚を開けた。インスタントラーメンがあった。

 俺はその袋を開けて、ゾンビの横に置いた。

 ゾンビは動かない。

 食べる気がないようだ。

 俺は戸棚からマグカップを取り出し、俺のマイボトルの水を注ぎ、ゾンビの横に置いた。


 それから俺はもう一度、あの子どもを見つけようと室内をくまなく探した。

 でも、子どもはどこにもいなかった。


 俺はアパートの外にむかった。

 靴を履いてドアを開けたところで、俺は外の様子をよく観察した。

 雪の上にはやっぱり俺の足跡しかなかった。

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