第3話 ゾンビ、クリスマスの準備をする
翌日、俺は出勤してすぐ中林先生の研究室に立ち寄った。
部屋の中にはカラと神取さんもいた。
海外暮らしが長かったカラは、なぜか昔の日本ではやっていたギャルファッションが好きで、見た目はギャルだ。カラは黒人の血が入っているから日焼けしなくても黒ギャルになれるとたまに自慢している。
一方、神取さんは色白でスタイルがよく、白衣なのにやたらと色っぽい大人の女オーラが出ている。
「先生。俺、昨日、非感染者の子どもがいる家を見つけました」
俺は中林先生に昨日あった出来事を話した。
もちろん、クリスマスグッズを探していたことは、端折って。
「場所は?」
俺は地図を見せてアパートの場所と名前を中林先生たちに教えた。
中林先生は、淡々と指示を出した。
「監視を開始する。カラ、ドローンの準備をしてくれ」
「OK」
中林先生はさらに言った。
「場合によっては、威嚇して追い出す必要があるだろう。方法はこれから検討する」
俺はあわてて中林先生に言った。
「追い出すんですか? むしろ、あの子をここに避難させた方がいいと思うんですけど」
中林先生は即座に断言した。
「ばかなことを言うな。絶対に許可できない」
俺が何かを言う前に、カラが発言していた。
「えー? アラン。ひどすぎ。子どもを見捨てるなんて」
神取さんが冷静に言った。
「でもね。保護するとなると、親もつれてくるってことでしょ? その人がゾンビとの共生に賛成すると思う? それに、まともな大人は先生とうまくやっていけるはずがないわ」
「アランだもんね~。無理か」
カラは納得してしまった。
たしかに、中林先生とうまくやっていける人間は少なそうだ。
そしてなにより、たいていの非感染者はゾンビへの恐怖と憎悪に染まっている。別にゾンビは人を殺すわけでもない平和な生物なのに。
この研究所の非感染者たちは、この世界では特殊な価値観の持ち主だ。
結生やカラは、ゾンビも非感染者も人間としての価値は同じだと思っている。
人間嫌いの中林先生にいたっては、むしろゾンビは非感染者よりも素晴らしい存在だと信じている。
だけど、実はこんな人達は世界にほとんど存在しない。
ここに、ゾンビへの憎悪に燃える人が入ったら、どうなるだろう?
きっと、俺を殺そうとする。
そして、対立が起こる。
俺は逃げればいいけど。
俺以外のみんなにとって、ここは周囲をゾンビに囲まれた完全閉鎖空間。
内部で争いが始まったら、命取りになりかねない。
非情なようでも、中林先生の言う通り、外部からの侵入者は追い出す方が、お互いのためなのかもしれない。
少なくとも、あの子とその家族は今まで生き延びてきたんだから、しばらく様子を見てもいいだろう。
俺は結局、そう決めた。
「じゃあ、監視はお願いします。俺はまた偵察にいってきます」
「待て。文亮。余計なことをするな。そんな暇があったら、おまえは電力の復旧を……」
中林先生の文句を最後まで聞かずに、俺は研究所を出た。
外に出てさわやかな空気を吸いながら、俺はのんびり考えた。
(さてと、どこでクリスマスグッズを入手しようかな)
クリスマスグッズを保管していそうな所といえば、幼稚園や保育園か……。
研究所の近くにも保育園がある。
だけど、あすこには幼児のゾンビ達が住み着いていて、近づくと一斉に俺に噛みつく。
大人のゾンビが俺を襲ってくることはないけど、子どものゾンビは大人ゾンビを襲うのだ。
しかも、だいぶ前に、結生をたすけるために俺はあすこの幼児ゾンビを殴ったり蹴ったりしたせいで、相当に恨まれていた。
たくさんお菓子を貢いで幼児ゾンビ達の怒りを鎮めようとしたけど、今でもあの建物に近づくだけで襲われる。
俺はカバンの中から、もうずっとオフライン状態のスマホを取り出し、地図を見た。
地図によると、ショッピングセンターの近くに幼稚園があった。
俺はその幼稚園に向かった。
この幼稚園は、建物は古いけど園庭もあってけっこう大きかった。
俺は用心しながら門を乗り越え敷地内に入った。
俺はガラス戸から幼稚園の中をのぞき込んだ。
中に人の気配はない。
入り口のドアにカギはかかっていなかった。
俺はドアを開けて中に入った。
園内はガランとしている。
俺はクリスマスグッズがありそうな場所を探し、ミシミシと鳴る木の廊下を歩いて行った。
俺が歩いていると、突然、ガタンと音がした。
音はすぐそばの教室の方からした。
俺が部屋の中をのぞきこむと、エプロンをした大人が、ひとりで積み木で遊んでいた。
さっきの音は、積み木が崩れ落ちた音だったんだろう。
遊んでいる幼稚園の先生はもちろん、ゾンビだ。
さらに進むと、倉庫と表示のあるドアが見つかった。
俺はそのドアを開けようとした。だけど、鍵がかかっていた。
たぶん、鍵は職員室とかにあるんだろう。
俺は職員室へむかった。
途中の教室には、ボールを抱えているお兄さん先生ゾンビや、クレヨンで壁によくわからない形を描いているお姉さん先生ゾンビもいた。
職員室には、エプロンをしたおばさん先生ゾンビがいた。だけど、おばさん先生ゾンビは、鉛筆をしゃぶったまま隅でしゃがんでいた。
俺は事務室でみつけた鍵を全部もって倉庫へむかった。
その鍵の一つで、倉庫は無事に開いた。
倉庫の中には、色んな行事のグッズが段ボールに入ってところせましと置かれていた。
奥の方に、クリスマスツリーがあるのが見えた。
その近くに、クリスマスっぽい飾りがはみ出た段ボールも。
俺はどんどんと邪魔なところにある手前の箱を外に出していき、クリスマスの箱にたどりついた。
段ボール箱の中にはクリスマスツリーの飾りや大きな赤い靴下、その他色々入っていた。
例えば、赤い帽子と服、そして白い付け髭……つまりサンタさんの衣装とか。
俺はサンタの服を見て思った。
(そうだ。まずはあの子にプレゼントを運ぼう)
昨日会ったあの子どもの家は、ここのすぐ傍だ。
まだ24日の昼間だから、サンタさんが来るには少し早い時間だけど。
夜まで待つのは愚策だと、俺は知っていた。
今は数分後には何が起こるかわからない世界だ。
後で、なんて思っていたら、その「後で」は永遠に失われてやってこないかもしれない。
ちょっと早くても、サンタの衣装で変装していけば、ちゃんとサンタさんのプレゼントだと思ってくれるはず。
プレゼントは昨日用意しておいたし。
俺はダウンコートを脱ぎ、ニット帽をはずし、サンタの衣装を着こんだ。
さらに、マスクを外し付け髭をつける。
俺は一度倉庫を出て、手洗い場の鏡で自分の顔を確認した。
大きな付け髭と帽子で顔の大半は隠れるけど。目の付近のゾンビマークはかくせない。
(やっぱり、あれが必要か)
俺はカバンの中からスキー用のゴーグルを取り出して装着した。
ゴーグルをつけると、かなり個性派サンタになったけど、これで皮膚は見えなくなった。
「まぁ、サンタさんは雪国からくるから、ゴーグルくらいつけてるよな」
「うぅ」
近くにいた幼稚園先生ゾンビも賛成してくれた。
これでいけるはず。
俺は倉庫に戻り、段ボールから大きな赤い靴下を取り出し、昨日オモチャ屋で入手したプレゼントを中にいれた。
「さて、準備完了。クリスマスプレゼントの配達だ!」
俺がひとりで元気につぶやくと、背後からゾンビの唸り声が聞こえた。
「うー!」
いつの間にか、俺のいる倉庫の前に幼稚園先生ゾンビ達が集まっていた。
そして、幼稚園先生ゾンビ達は、みんなでクリスマスソングを歌うように唸っていた。
「うううー♪ うううー♪ うううーううー♫」
俺は歌声の響く幼稚園の外に出た。
外に出て、ちょっとだけ奇妙なことに気がついた。
寒くなってからは、ただでさえ活動しないゾンビの活動がさらに鈍くなって、ほとんどゾンビに遭遇しなくなっていた。
だけど今日は……妙にゾンビが多い。
しかもゾンビ達は、赤い帽子をかぶっていたり、ベルをもっていたり、すっかりクリスマスモードだ。
道ですれ違った赤い帽子のゾンビが俺に向かってニカッと笑って唸った。
「うぅー うぅーううぅ!」
(メリークリスマスって言ってるっぽい……)
俺はサンタさんっぽく手をふっておいた。
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