第2話 ゾンビ、クリスマスグッズを探す

 さて、俺はクリスマスグッズを探すことにしたわけだけど。

 うっすら雪の積もった道を歩きながら俺は考えた。

 クリスマスグッズは、どこにあるんだろう?


 とりあえず、俺はショッピングセンターに行ってみた。

 色んな店舗が集まっているショッピングセンターはプレゼントをゲットするにはいい場所だ。


 広いショッピングセンター内の店舗のいくつかでは、ゾンビがかつて売り物だったおしゃれな洋服にくるまって寝ていた。

 雑貨屋では、エプロンをした若い女性ゾンビが床に寝っ転がって皿をかじっていた。

 このゾンビはむしろぽっちゃり体型なんだけど、ひもじそうな目でこっちを見るから、俺は近くに置いてあったお洒落なお菓子のパッケージを開けてゾンビにあげた。

 雑貨屋には色々な商品があったけど、クリスマスっぽいものはどこにも見当たらない。


 当たり前だ。

 俺は気が付いた。

 パンデミックが始まってこの辺りが封鎖地区になったのは4月。

 ここの品揃えはその頃の状態で止まっている。


 ここだけじゃない。

 春に始まった突然のゾンビパンデミックは、夏までには感染が急拡大、日本中が大パニックになって、人々はゾンビの殺戮と避難に忙しかった。

 当然、お店がクリスマス用品を仕入れる余裕なんてなかった。

 つまり、日本中のどこにもクリスマスグッズを売っている店なんてない。


 俺はショッピングセンターを出た。

 じきに日が暮れそうだった。


「店にないなら、倉庫とか、クリスマスグッズを保管してそうな施設や家かな」


 ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていると。

 ふと視線を感じて俺は立ち止った。

 俺は素早く周囲を観察した。

 周囲には誰もいない。


 だけど、俺は気がついた。

 近くのアパートの大きな窓から、誰かが俺のことを見ている。

 1階のベランダの柵の向こうに、ガラスに張り付くようにこっちを見ている人影がある。


 窓の傍にいるのは、とても小さな人影だった。たぶん、子どもだ。

 その小さな人影が片手を振った。

 俺はあたりを見わたした。でも、やっぱり俺の他にこの辺りに人はいない。

 俺は手を振りかえした。

 子どもは両手で手を振り返した。


(妙だな)


 子どもを見ながら、俺は考えた。

 この辺りに非感染者はいないはずだ。

 ここは、何ヵ月も前に国防軍がゾンビを殺すために化学兵器を使用した地域だ。

 ゾンビは生命力が強くて毒ガスをあびても生き残ったけど、隠れ住んでいた非感染者は死滅した。そんな皮肉な状態になった場所だ。


 だから、ここにいるのはゾンビだけ。

 だけど、あの子どもの振る舞いは、ゾンビらしくない。

 まるで非感染者の子どものようだ。


 俺は急いで自分のニット帽とマスク、マフラーの位置を確かめた。

 ゾンビである証拠となるアザ、通称ゾンビマークが浮かんだ皮膚が見えないように。

 俺がゾンビだとわかると、人々は即座に俺を殺そうとするから。


 俺はアパートの入り口側にまわった。

 古いアパートの入り口には柵も壁も階段も何もなかった。

 金属製のドアが一定の間隔で並んでいる。ドアの前の土地は、たぶん駐車場なんだろうけど、今は車は一台も止まっていない。放置されたバイクや自転車がいくつか転がっているだけだ。

 駐車場のスペースは白い雪で覆われ、ドアの数十センチ先にはもううっすら雪が積もっていた。


 窓のあった位置から部屋の見当がついたので、俺はインターホンを押した。

 すぐにインターホンがつながった。


「もしもし?」


「もしもし?」


 子どもの声が聞こえた。かなり小さな子どもの声。

 言葉をしゃべっている……ということは、ほぼ間違いなく非感染だ。


 俺は周囲を見回した。周囲には誰もいない。

 非感染者の大人に見つかる前に、今のうちにすぐにここを立ち去るべきかもしれない。


 だけど、なんでこんなところに非感染者の子どもがいるのかが、気になる。

 もっと情報が欲しい。

 俺は子どもにたずねた。


「そこに住んでいるの? いつから?」


「ずっとおうちにいるよ」


「食べ物はある? ちゃんと食べてる?」


 数秒の沈黙の後で、子どもは小さな声で答えた。


「だいじょうぶ」


 本当に大丈夫なんだろうか。

 パンデミック開始から半年。

 よほど沢山食料を備蓄していないと半年はもたない。

 しかも、断水になってからもかなりの日数がたっている。


(最近外から移住してきたのか?)


 そうとしか考えられない。

 食料や物資を得るために移住してきた非感染者なのかもしれない。

 子どもは「ずっと」と言っているけど、あくまで子どもの感覚で「ずっと」なだけだろう。

 

 俺はもう一度周囲を見た。

 非感染者がゾンビに襲われずに移動するには、車は必須だ。

 でも、付近に移動に使ったらしき車はない。


「大人はいる? 誰か面倒をみてくれる人は?」


 子供は小さな声で答えた。


「……いる」


 大人が近くにいるとすれば、このままここにいると俺の身が危ない。

 でも、俺はすぐには立ち去らず、最後にたずねた。


「なにかほしいものはある?」


 子どもは即答した。


「サンタさんのプレゼント。いいこにしてたから、サンタさんきてくれるの」


 俺は思わず微笑んだ。


「クリスマスだもんな。きっとサンタさんからもらえるよ。じゃあね」


「うん。じゃあね」


 俺は急いでアパートを離れた。

 

 どこに大人がいるのか、わからない。

 だけど、これは注意しないといけない状況だ。


(でも、先生への報告は明日でもいいか)


 なぜか緊急性は感じなかった。俺はもう一度ショッピングセンターに寄って適当にオモチャを入手すると、家に帰った。



 自宅のマンションの鍵を開けて俺は中に入った。

 俺はゾンビになった母さんと二人暮らしだ。父さんは行方不明。

 俺と違って母さんは普通のゾンビ状態だから、基本的に何もできない。

 しゃべることもできない。


 腹が減っていたので、俺はまずはシリアルを袋から出して口の中にほおり込んだ。……水道がとまってからは食器を洗うのも大変だから、なるべく食器を使わないようにしている。


 ちなみに、ゾンビ用の飲料水は、あちこちで雨水をためている。

 生命力の強いゾンビはたまった雨水をたまに飲むだけで生きていける。お腹を壊すこともない。

 俺は汚い水を飲むのは気分的に無理だから、水は研究所から持ってくるか、家で雨水をろ過して使っている。


 俺は感染前と同じ知力と運動能力を維持している代わりに、生命力の増強は普通のゾンビよりだいぶ低い。

 食事や水分摂取も人並みに1日3食必要だ。

 ゾンビのみんななんて、食事は週1回でも余裕で生きていけるのに。


 食べながら俺は母さんにたずねた。


「母さん。クリスマス用品ってどこにしまってある?」


 母さんは椅子に座っている。

 どこから取りだしたのか、赤と緑の毛糸のボールを両手で抱えていた。

 編み物をしている気分のようだ。

 そういえば、昔、母さんは冬になると編み物をして、セーターとかマフラーとかを編んでくれた。


「うぅー」


 母さんは小さな声で唸ったけど、あいかわず俺には母さんの言葉は理解できなかった。


 食後、俺はあちこちのクローゼットを探した。

 そんなに大きな家じゃないので、しばらくして、クリスマス用品のはいったケースを見つけることができた。

 だけど、大したものは入っていなかった。

 ちょっとしたクリスマスの飾りくらいだ。

 考えてみれば、うちではクリスマスのお祝いをそんなに盛大にしたことがない。

 やっぱり、クリスマスグッズはどこかで入手しないといけないようだ。


 でも、もうすっかり日が暮れていたので、俺は今日は寝ることにした。

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