再就職(短編)

藻ノかたり

再就職

秋風が吹き始めた頃、俺のいる会社は倒産した。


ただ、前々から危ないという噂は社内を巡っていたし、社長もその事実を隠さなかった。小さい会社ならではの事であろう。倒産が確実になった時には、ほとんどの社員が再就職先を決めていた。社長が方々を回り頭を下げ、皆の再就職を支援した事も大きかったようだ。


今夜は会社のお別れパーティー。社員食堂に皆が集まり、それぞれの思いを語っている。次の職が見つかっている分、悲壮さは余りない。


「僕は、田舎に帰って家業の旅館を継ぐ事にしたよ。近くに来たら寄ってくれ。安くしとくぜ」


「私は花屋へ転職。前からやってみたかったの。行く行くは独立して、一国一城の主よ」


皆、次の仕事に希望を託しているようだ。


俺は皆の間をすり抜けながら、この何十年かの出来事に思いを馳せた。設立当初の慌ただしさ。特許を巡って裁判となり、社員一同が結束し問題を解決した事件。雑誌やテレビが取材に来た事もあったなぁ。古ぼけてしまった壁や床も、俺には大変愛着があるものになっている。


俺が感傷に浸っていると、用意されたミカン箱の上に社長が登壇し、最後の演説が始まった。


「エェ、私がこの会社を父から受け継いで三十年。創立から数えれば五十年にもなります。今回私の代で会社を畳む事になるのは非常に残念ですが、時代の趨勢というのでしょうか、仕方のないところなのでしょう。皆さんには……」


意外に鯖鯖とした社長の言葉が続く。こういった飄々とした社長だからこそ、これだけ長く会社が続いたのかも知れない。この会社の創業時からいる俺としては、万感の思いがあった。


「……ところで私は、このビルで度々不思議な体験をしてきました。今風に言えばホラーとでもいうのでしょうか。ご存知の方もいるとは思いますが……」


社長は事あるごとに同じ話を披露するので、社員は”ほら、また怪談話が始まった”と顔を見合わせ苦笑したものだった。しかしこれが最後の講釈となると、話が終わるのが名残惜しい。


「……さて、このビルも一週間後から解体工事が始まります。大切な思い出がなくなる気も致しますが、皆さん、どうか心機一転、次なる人生に歩みだして下さい」


最後は涙ぐみながらの演説に、社員の間からもすすり泣く声が聞こえてくる。


皆が社長と握手をし、一人一人食堂のドアから去っていく。今まで長い間一緒に過ごした社員たち。俺にとっても、本当に寂しい限りだ。


最後の一人と握手をし、誰もいなくなった食堂に社長がたたずむ。


「あぁ、これで本当に終わったんだなぁ。このビルとも今日でお別れだ。色々な事があったけれど、今は何もかもが懐かしい」


食堂の電気を消し、社長が出ていくのを俺は笑顔で見送った。


「次の人生に歩みだして下さい……か。当たり前だが、さすがの社長も、俺の再就職先の面倒までは見てくれなかったなぁ。しかし、困った。このビルが取り壊されたら、俺は何処に化けて出たらいいんだよ」


虚空に消え行くような下半身を眺めながら、幽霊の俺は途方に暮れた。


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再就職(短編) 藻ノかたり @monokatari

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