第7話 邂逅

 ドムは咄嗟に退却するのに魔法陣を城の内部に繋げた。

結界やら攻撃魔法やらを繰り広げた上に、かなりの距離の移動魔法を使った。疲労困憊だ。

「……お前ね、オッサンを酷使するんじゃないよ……」

 倒れ込みながら高えぞ! と悪態をつく。

「助かったぜ、アンタに頼んで正解だった……」

 ハハ、と笑いかけてぐぅっと唸る。

息をするだけで胸が痛い。これはあばらをやられている。

「おいコラ大丈夫かよ?! あー待て待て、喋るな。今治癒魔法を……」

あー、クソ。あんま今魔法力残ってねえわ、と頭をかいたところでバタバタと足音が聞こえてきた。

 ガヴィとドムが現れた所に来たのは、数人の兵士とゼファー、マーガだった。

「ガヴィ!」

 うずくまるガヴィにゼファーが駆け寄る。

「あー、そいつ動かさない方がいいぜ。多分肋骨あばらやっちまってる」

 助け起こそうとしたゼファーをドムが止める。

ゼファーは訝しげにドムを見て驚愕に目を見開いた。

「……イデア殿?!」

「え?!」

 驚きの声を上げたゼファーにマーガもまじまじとドムを見て固まる。

「イデア・オンラード様……貴方か?!」

 聞き覚えの無い名前に荒い呼吸をしながらガヴィが困惑する。

「……なんでお前ら、このオッサン知ってんの……?」

「あー……」

 ドムは、気まずそうに目をそらした。

「……イデア様、貴方今までどこに!」

 珍しく声を荒らげて掴み寄る勢いのマーガに、イデアと呼ばれたドムは手を掲げてマーガを静止した。

「ちょっと待て! まずはその坊主に治癒魔法かけてやってくれや。俺は今魔力すっからかんだからよ」

 ハッとガヴィを見ると顔色も悪く脂汗が滲んでいる。マーガは慌ててガヴィの治療にあたった。




「で? このオッサン、誰だって?」

 マーガによる治癒魔法により回復したガヴィが胡散臭そうな目をドムに向ける。

ドムは明後日の方を向いて頬を搔いているし、ゼファーもマーガも未だ困惑顔だ。

「この方はイデア・オンラード様と言って……私の前任の王家専属魔法使いです」

 ガヴィがもの凄い顔でドムを見た。

「このきったねえオッサンが?!」

「てめぇ! きったねえに力入れすぎだろ!!」

 ドムがガヴィの頭をグーで殴った。

 ガヴィは痛えなと殴られた頭を手でさすりながら改めてドムをみる。

 伸びっぱなしで適当にまとめただけの髪、無精髭、小汚い服。そしてガラクタだらけの店。

誰がコレを王家専属の魔法使いだと思うんだ。

「俺が侯爵って方が信憑性あるじゃん」

 真顔で放ったガヴィの口から飛び出した自虐ネタに、ゼファーは苦笑いするしかない。

「オッサン、なんであんなトコでガラクタ売ってんだ」

 いつもの調子で頭イカれてんのか? と言いたい放題のガヴィに額に青筋を立てる。

「お前みたいな馬鹿が求めて来るからだろうが……! 俺の事は今いいんだよ!」

 城の手前で適当に道を繋げればよかったのに、ガヴィの状態も心配して咄嗟に勝手知ったる古巣の城の内部に道を繋げてしまった。

そうすれば昔行方をくらまして出奔したここに戻ってくる事もなかったし、身バレすることもなかった。

なのに挙げ句この言われ方だ、割に合わない。


 ブツブツと文句を言うドムを見て、ガヴィは驚きと共に妙に納得していた。

国専魔法使いだったと言うならドムのあの腕は納得だ。

街のモグリの魔法使いとしては力がありすぎる。

「俺の出自はこの際どうでもいいんだよ。

 だがな、俺はこの坊主に頼まれて魔法技を使った。もう今回の事に頭を突っ込みすぎてる。ちゃんと経緯を話してくれや」

 こうなったらちゃんと対価を払ってもらわにゃ割りに合わん! とふんぞり返る。

 態度の大きいドムであったが、彼の言う事も最もだったので、彼の出奔理由については追々語る事にして一同はガヴィの過去や事の経緯をドムに説明することになった。


 話の中でガヴィが創世記に出てくる英雄の一人と知ったドムは「お前があの剣士だって方が無理があるだろ!」と先ほどガヴィに言われた事をそのまま返した。

「ってことは何だ? あの精獣は五百年前の英雄の黒狼で、あのお嬢さんの母親でもある……と」

 で、紅の里の事件の事もあって、お嬢さんの記憶を消し、取り返そうとしているって事であってる? とドムに問われてガヴィは頷いた。

「……黄昏はイリヤと姉妹みたいに育ってるんだ。昔からどこに行くのも一緒で、イリヤの側を離れたくない俺ともよくぶつかってた」

 黄昏は当時はただの黒狼であったが、イリヤの隣を取り合って吠えられたり噛まれたりはしょっちゅうだった。

 だからイリヤの死後、黄昏がひっそりと姿を消した事に、同じような心境だったガヴィは特に疑問に思わなかったのだ。


 イリヤのいない世界からの逃亡を謀った二人が、まさか五百年後の世界で再び出会うとは、なんの運命のいたずらか。


 しかもイルの母親として。


「黄昏はイリヤの死を、侵略者だけでなく、一緒に戦ってイリヤを守り通せなかった俺達のせいだと思ってる。

 ……そして、イルが一人になったのも、人間のせいだと」


 黄昏の言い分も、概ね間違いではない。


 イリヤを失った先の世界で、自分の娘までも失う一歩手前になれば、人間不信に陥るのも道理であろう。

自分がもし黄昏だったら、同じ事をしたかもしれない。


 ……でもそれは、五百年前の自分のままであったら、の話だ。


「黄昏は……もう一度、話をするべきだ。俺も、そしてイル本人とも」

 ガヴィはそう言って、前を向いた。

「……なるほどね、経緯はわかった」

 ふうっとドムが大息をつく。とんでもねぇことに巻き込まれちまったなぁとボヤくドムにガヴィが訊ねる。


「で? アンタはなんでここを出たんだよ?」

 アルカーナ王国は魔法大国ではない。

魔法使いはいる事にはいるが、国支援の学校があるわけでもないし移動魔法が使えるような一級魔法使いなど数少ない貴重な存在なのである。

 よって、ドムやマーガの様な実力のある魔法使いはその能力が認められれば間違いなく中央に召し上げられる。将来を確実に約束された職業なのだ。

 その頂天ともいえる王家専属の魔法使いに選ばれながら出奔するとは、何か本人に重大な問題があったか、謀反を起こすなどの重罪を問われたか。

 しかしガヴィが聞く限り、先日のフォルクス伯爵による事件以外でそのような不穏な話は聞いたことがなかった。

「……そもそも、お前が今のアルカーナに現れたのがここ四、五年のことだろ?

 俺がここにいたのはもう十年以上も前の話だよ。

 ……俺はその精獣の気持ちがちょこっと解からんでもないぜ」

 自嘲気味にドムが笑う。

「俺はよ、自分の魔法が誰かの役に立つのが面白くて、城に登用されれば自分の研究費も材料もふんだんにあるし面白れぇと思ってた。

でも、まぁ陛下にしろ、その精獣にしろ、人と違う能力や地位を持つって事は孤独との闘いだよな。称賛も集めれば羨望も妬みも集めちまう。俺は元からこんな性格だからな…俺を目指して上に上がって……蹴落とそうとする輩の多い事多い事」

 ドムの話を聞いていたマーガが顔をしかめる。

「当時俺の下にいた若手の魔法使いが、俺を蹴落として王家専属魔法使いの地位を手に入れるために使っちゃいけねぇ魔法使っちまってな。陛下に何かあったわけじゃねぇし、俺自身で問題解決したからあまり公にはならなかったんだけどよ、

 ……なあんか、こう、なにもかも嫌になっちまって」

 地位とか、名誉とか、自分が望んでもいないものでドロドロしていく人間関係に嫌気がさして、何も持たずに城を去った。

問題を起こした魔法使いの同期にマーガがいたので後任には彼を指名して。

 地位など関係なく、どこの誰かも知らないが、求めてきた者の役に立つ魔法技や自分で開発した魔法道具を売っての生活が肌に合った。

「自分に欲がないとは言わねぇが、欲の薄い人間が欲望の渦の中にいるには相当な精神力がいる。国王陛下やセルヴォにはその胆力たんりょくがあった。

 でも、俺や坊主やその精獣には……力はあってもその強さは無かったって事だろうな」

 押し黙ったガヴィにドムは「でもよ」と続ける。

「そんな坊主でも、ここは譲れねぇって時が来たんなら、その時が踏ん張り時だぜ」

 気張れよ! とドムに言われて、ガヴィは静かに頷いた。


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