第6話 因縁


 気休めだがドムに耐魔法をかけてもらい、ガヴィはドムと共にノールフォールの森へ赴いた。

宵闇色の狼が何処にいるかはわからない。けれど精獣であれば縄張りの森の中に入ればこちらの居場所は何処にいても筒抜けな気がしていた。

 なので取りあえず、イルが一番最初に邂逅したという春告花の草原に陣取る。

すぐに相まみえるかは解からないが、取りあえず草原の真ん中ですうっと息を吸い、大きな声で呼びかけた。

「おい! 聞こえてたら出てきやがれ! 話がしたい!!」

 喧嘩がしたいのか、話がしたいのか、少しばかり判断に悩みそうな呼びかけだなとドムはガヴィの横で思ったが、彼がそう怒鳴りつけたくなる気持ちは解からなくもない。

 一度目の森への訪問であの黒狼と遭遇できるかは解からなかったが、呼びかけが功を奏したのか怒らせたのか、風がざあっと吹くと森の空気が一変して森の闇の中からすうっと宵闇色の狼が現れた。


(……これは……なかなかの大物だねぇ……)


 宵闇色の狼が現れた途端、ドムはびりびりと空気が震えるのを感じた。


 沸き立つような大地の力を感じる。


『……人に物を頼むときは、丁寧にお願いするものではないのか? 

……ガヴィエイン』


 さして気分を害した風でもなく紡がれた言葉に衝撃を受ける。

「お前……なんで俺の名前……?!」

 ガヴィは流石に動揺した。

名前を知っていることに対してもそうだが、黒狼が口にした名は五百年前に名乗っていた名前である。

この時代でそのことを知っているのは王家の面々とイル、ゼファー、マーガのみ。宵闇色の狼が知るはずがない。

『……私もまさか、あの時代から五百年の時を経てそなたと顔を合わせるとは思わなんだわ。

瘴気谷の……魔法が解けたか』

 瘴気谷で起こったことも知っている。ガヴィは困惑した。

「……お前、誰だ?」

 宵闇色の狼は人間臭く鼻で笑うとガヴィに告げた。

『覚えておらぬのか? 我々は昔から険悪であったものな? イリヤを挟んで其方とは何度も対峙した』

 ドムは「イリヤって誰よ?」という顔をしたがガヴィはその言葉で宵闇色の狼の正体を察して驚愕した。

「――お前……! 黄昏たそがれか?!」

 ガヴィは思わずよろめいた。


『……いかにも。

 久しいの……創世の剣士、ガヴィエインよ』




「オイオイ、話が見えねえよ! 誰だよ! 黄昏って!」

 ガヴィは自身もまだ混乱の中、なんとかドムの問いに答えた。

「五百年前……俺の幼馴染といつも一緒にいた黒狼だ。

 昔は普通の黒狼だったし、そもそもあの後姿を消して……」


 五百年前、紅の民と黒狼の関係は今よりももっと密であった。

紅の民には大体対になる黒狼がおり、多くの民が黒狼と共に生活をしていた。

紅の民の娘、イリヤについても同じであり、イリヤは黄昏と名づけられていた黒狼と共に暮らしていたのだ。

それはガヴィ、アルフォンス、イリヤの三人でいる時も同じで、大体がその三人と黄昏の一匹でいることが多かった。

 アルフォンスはよく出来た子供であったので、イリヤの連れた黄昏と揉めることもなかったが、好きな子にはちょっかいをかけてしまう定番の子どもだったガヴィは、事あるごとにイリヤの黒狼、黄昏たそがれとぶつかった。

 ある意味それは、イリヤを好きな者同士の、いわゆる同族嫌悪という物であったが、一人と一匹の関係は犬猿の仲であり、侵略者から自分たちの村を守るために村を出てからは流石にいがみ合うことも減ったが、その関係性が良くなることはイリヤが亡くなるまで遂になかった。

 イリヤが亡くなった後は黄昏はいつの間にか姿を消し、紅の里の者たちはイリヤの後を追ったのだと噂していた。


 その黄昏とガヴィが今、何故か五百年の時を超えてここにいる。


「……一体、何がどうなってやがる?」

『……そう、難しい事ではない。

……イリヤを失った事は、私の半身を失ったのと同じ事だった。イリヤと私の故郷であるここで、この身を終えるのもいいかと思っていた。

……だがしかし、この森に帰り大地の力を再び受けた時、私は精獣化してしまった』


 元々精獣になる個体だったのだろう。

久しぶりに森に帰り、その大地の生気を吸った途端、それがきっかけとなりただの黒狼から精獣へと変化した。


『……なんの運命のいたずらか。

 イリヤと共に眠る事を望んでいたはずが、私は長き時間の中に身を落とす事となった』


 精霊と四大元素は元は同じものだ。

四大元素があるから精霊が存在し、精霊がいるから四大元素が存在する。

精霊が力を亡くしたり、その寿命を迎えるということは、自分の属する四大元素の源が枯渇したということだ。


 逆に言えば、枯渇しなければ死ぬことはない。

 地の力の化身である黄昏は精獣化したことにより力を強め、黄昏が発する大地の力に集まってくる精霊達により、さらに力を増して今日まできたらしかった。


『……悠久の時の中で久しく関わり合いになっていなかった人と交わり、産まれ落ちたのがあの子イルだ。

……まさか、そなたと共に有るとは運命とは皮肉なものだな』


「じゃああのお嬢さんの母親……?!」

 ドムが驚きの声を上げる。ガヴィには想定内の事実であったが、くだんの黒狼がまさか昔の知り合いであることまでは予想がつくはずもない。

ガヴィは動揺しながらも努めて冷静に黄昏に話しかけた。

「……今日は喧嘩をしにきたわけじゃねえ。

 お前が黄昏だったとは思いもしなかったが、それならそれで話が早い。

……黄昏、イルの記憶を返してくれ」

 ガヴィの懇願に、黄昏は静かに見つめ返す。

 二人の間に長い沈黙が降りた。


『……あの男に預けた方が良いと思うたのに……』


「え?」

 黄昏はイルによく似た金の瞳を、俄に憎しみがこもった色でガヴィを見た。

『人とは短き命の生き物だ。

 我が娘は産まれ落ちた時、私の力をほぼ受け継がず直人ただびとと変わりなかった。

……母子であっても、悠久の時を生きる私とより、同じ人であるあの男といた方がよいと思った』


 精獣に比べれば瞬きの様な一生のあの男から娘を奪うのは酷い事だと。


『――だが、現実はこれだ』

 黄昏の声が変化したことにハッとする。

『この森を留守にした僅かの間に、人間はいさかい、争った挙げ句に全てを滅ぼした』

 金の瞳に宿るのは、侮蔑と憎悪。

『……異変を感じて戻った時にはもう何もなかった。我が子も失ったと思った。

……その時の我が気持ち、貴様に解らぬとは言わせぬ……!』

 ビリビリと大気が震える。


『過去も未来も、人はくだらぬ争いを続け、過ちを繰り返す。

もう、お主らに預けてはおけぬ!』


 恐ろしい咆哮ほうこうと共に大地が震えた。

黄昏の身体がもう一回り大きくなる。

ガヴィとドムは地面の揺れに立っていられず片膝をついた。

『娘を返せ! ガヴィエイン。

人の元にいてもあの子は幸せにはなれぬ!

人との記憶など――不要!』

 一足飛びに間合いを詰め、膝をついて動けないガヴィに襲いかかる。

ドムは、咄嗟に結界を張り、すんでのところで黄昏の侵入を防いだ。

「オイオイ坊主! どうすんだ!」

 ドムの魔法はマーガにも引けを取らない。

だが、黄昏の体当たりに結界が僅かに揺らいだ。

「なんてパワーだよっ」

 ドムは腕を前に突き出して真剣に結界を張りなおす。全力でいかなければ破られてしまう。

「結界破られたら終わりだぞ!

 どうすんだコノヤロウ!」

「……っ! 黄昏! やめろ!」

 ガヴィは叫んだ。

「俺達がここでやり合う意味はねえだろ?!

 イルに会いたきゃ会えばいい! でもアイツの記憶や思い出まで持っていくのは違うだろうが!」


 いつもキラキラとしていたイル。


 なのに記憶を無くしてから途端に元気がなくなってしまった。記憶がない事で不安が強いのだろうが、どんな状況でも明るく前向きだった彼女の今の状況が彼女にとっていいとはとても思えない。

 それが、自分の母親からもたらされたものだとしたらなお。


『――戯言ざれごとを……

……短き人生しか無いというのに……あの子はこの十四年幸せだったと言えるのか……?』

 グルルと黄昏が唸る。

『母もおらず、他と見目の違う者はさぞかし一族で生きづらかったであろう。

……それなのに人同士の諍いに巻き込まれ凄惨な目にあった。その上、アルフォンスの子孫やお前と共に王宮におろうとは……過去の過ちを繰り返すわけにはいかぬ!』

 ドンッと衝撃波が来る。ミシリと結界が歪んだ。

「ボーズ! ヤベェぞ!!」

 二度目の体当たりで結界が霧散した。

ガヴィは直ぐ様後ろに飛んで距離をとり、ドムは慌てて結界を張りなおすがガヴィは結界の外だ。

「坊主!!」

 黄昏は瞬時に間合いをつめ、ガヴィもそれに対し驚くべき速さで反射的に剣を構えた。

ガキィィンと金属音が響いて二人は組み合いになる。

『貴様を殺せばイリヤが哀しむだろう……。

 命まではとらぬ……大人しく、退け!』

 大地の力が集まり、衝撃波を打つ気配がした。

力が放たれる瞬間に剣を解く、一発目は避けたが二発目は避けきれなかった。

最初から避けきれないと踏んで衝撃に備えていたにもかかわらず、ガヴィの身体は草原の外の木まで吹っ飛ばされた。

「が……はっ……!」

 木の幹に打ち付けられて息が詰まる。みしりと肋骨ろっこつが嫌な音を立てた。

『……そなたの言う通りこの戦いは無意味だ。

 我が娘を渡し、そなたは人としての暮らしを全うするがよい』

「――ふ……っざけんなよ……!」

 よろめきながらもガヴィは立ち上がり黄昏をねめつけた。

「……お前の言い分も解からんではないがよ…そこにアイツの気持ちがねぇんだよ!

 イルの十四年を知らねぇくせに、アイツを不幸だと決めてんじゃねぇ!!」

 ガヴィは大地を蹴り、黄昏に向かって高く跳躍した。

『愚か者が! 空に舞えば逃げ場はないぞ!』

 黄昏はもう一度ガヴィに向かって衝撃破を打つ構えをとる。

衝撃波によって撃ち落される未来しかないと思われたその瞬間、黄昏を囲んで炎の壁が立ち上がった。

『なに?!』

 壁の向こうにはこちらに向かって構えているドムの姿が見える。

『魔法使いか! こざかしい真似を……!

 こんなもので私を倒せるとでも思うてか!!』

「倒せるなんざ思ってねぇよ」

 炎の壁は次の瞬間には火でできた炎の網になり黄昏を抑えつけた。

「倒せるなんて思ってねぇけどなぁ! 足止めくらいにはなんだろっ!!」

 地属性と火属性は相性が悪い。

ドムの放った炎は周りを燃やしながら黄昏を締め付けた。

そこへ跳躍していたガヴィが炎の網ごと剣を振りおろす。

 黄昏は右前足に攻撃を受けて唸った。

炎はまだ黄昏を燃やしながら縛り続けている。だが炎の中に自ら飛び込んできたガヴィにダメージがあるようには見えない。

『キサマ、何故無事デイルーー!』

「俺には優秀な魔法使いがついてるんでねっ!」

 黄昏の放つ衝撃波は正確に言えば魔法ではないので耐魔法は効かないが、炎には有効である。ドムの魔法により水の衣を纏ったガヴィは剣を振り上げたが、一瞬躊躇すると、二の足を踏んで次の間には炎の檻から出て行った。

黄昏は持てる力を爆発させ、炎の網を引きちぎる。

 燃え広がる火を消し辺りを見回した時には、そこに赤毛の剣士も魔法使いの姿ももう見当たりはしなかった。

 黄昏は傷ついた前足と炎で焼かれた身体をすぐに癒やすと、僅かに残った魔法陣の軌跡を苦々しく睨みつけた。

 

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