第5話 ポルトの魔法使い

 早朝、イルが起き出す前にガヴィは出発した。

マーガに一番近い所まで道を繋げてもらい向かった先は――


「……いやいやいや……。お前さ、本当になんなの?!」

 開店前の扉をガシャガシャとやって叩き起こした人物は、ポルトの街のよろず屋ドムだった。

「移動魔法をあんな簡単にできるんだ。他にも色々できるよな?」


 色々ってなんだ。色々って。

 前から思っていたがこの青年、俺をなんだと思ってる。


「あのな、俺はよろず屋だけど便利屋じゃねえんだわ」

 シッシッと手を振るといつも生意気な赤毛の青年は真剣な目でドムを見た。

「便利屋だなんて思ってねえよ。オッサンにしか出来ないから頼みに来てる。

 いつもちゃんと対価は払ってるだろ?

 ……アンタは出来ないことはやらないが、出来ることは案外なんでもやってくれるじゃん。悪どい事はやらねぇ、正しく求める者には知恵を与える、魔法のよろず屋だもんな?」

 イルを助けるためにもアンタの力を借りたい。

 そう真摯に言われてドムはやれやれと頭を掻く。

「格好良く言えばいいってもんじゃねーんだよ! ……ちょっとは来る時間とか考えろォ!」

 近所迷惑だ、馬鹿野郎! と悪態をついてドムは渋々ガヴィを部屋に招き入れた。


 部屋に入った途端、事の経緯を話し出そうとするガヴィを静止し、「お前さんね、俺に朝飯くらい食べさせろ」とガヴィを無理矢理ソファに座らせる。ガヴィは不満そうな顔をしたが、ドムに「急いては事を仕損じるって言うだろが! 魔法使いは頭回んねえと仕事になんねえの! まずは腹ごしらえだバカ!」と言われてぐっと黙り込んだ。

 ドムは自分用に簡単なパンにハムを挟んだものと、ヤギのミルクを混ぜた甘いお茶を用意する。ガヴィの前にも同じお茶をおいた。

一口飲んでガヴィが顔をしかめる。

「あっま……」

「朝は糖分とって脳ミソ動かすんだよォ!

 ……で? なんだって?」

 ガヴィは飲みかけのお茶を机に置くとノールフォールの森に精獣が現れ、イルの記憶を封じられてしまった一連の経緯を話した。


 ドムに頼みたいことは三つ。


 ノールフォールに同行して欲しいこと、

耐魔法の術をかけて欲しいこと、

危なくなったら加勢、もしくは退却の為に移動魔法を頼みたい事。


「かなり危険も伴う。だから対価は弾むし、力になってくれれば国からも謝礼が出る」

 国の一級魔法使いにも引けを取らないドムの力が必要だ。頼む、とガヴィは頭を下げた。

 ドムはムシャムシャとパンを咀嚼しながらガヴィを見る。

「んー……、あのお嬢さんの記憶は取り戻してやりたいとは思わんでもないが、俺が同行したとしてもいくつか問題がある」

 ドムは人差し指を立てるとずいっとガヴィに突きつけた。

「まず! 耐魔法は火・水・風の攻撃魔法にはかなり有効だが土系の魔法には効果があまり望めない」

 魔法技で繰り出された魔法を耐魔法で防ぐ事はある程度は出来る。炎を水で消したり、風を土で防いだりと、属性の逆の力をぶつけてやれば良い。しかし土の魔法の多くは大地に作用するものであり、対象者に直接作用するものではない。

大地を揺らしたり、石のつぶてをぶつける等の力は対象者に直接作用していなかったり、物理攻撃は耐魔法で防ぎようがないのだ。

「結界を張って自分の周りの空間を守ることは可能だ。だけどボーズが相手を攻撃するには相手の間合いに入らなきゃならねえ。となると結界から出る必要がある」

 結界を出た時に攻撃を喰らえばジ・エンドだぜ。

 そう言ってガヴィの胸を拳で軽く叩く。

ガヴィは静かにドムを見ると、そっと胸に置かれたドムの拳を下ろした。

「……とりあえずは喧嘩しに行くんじゃねえ。話にいく。

 どうしても駄目だったときの最終手段としてアンタに援護を頼みたい」

「……相手は人間じゃねえ。……話が通じるかは解んねえぞ」

 ガヴィは解っていると力強く頷いた。

「あ〜〜! もう! 高くつくぞ?! これは!」

 ドムのセリフにガヴィが破顔する。

「だから礼はたっぷりするって言ってんだろ? 国からも出て二重取りだぜ」

「……その国からってのが余計なんだが……」

「ん?」

 ドムはモゴモゴと口ごもって「なんでもねえ」と話を終わらせた。

「未来ある若者を失うわけにはいかねぇしなぁ、オジサン頑張っちゃいますか」

 酒と金を持ってくる若者の間違いだろぉとガヴィが混ぜっ返すと可愛くない子は助けねぇぞ! と脅して頭を一発殴られた。




 さて、その頃アルカーナ王国では……

「……」

 アヴェローグ公爵ことゼファーの執務室で、イルは手持ち無沙汰に窓の外を眺めていた。

 朝起きると、すでにあの赤毛の青年は出立していた。

動けない自分とは違い、ガヴィに動いてもらわなければこの状況は変わらないので、彼に動いてもらう他ないのだが、彼がいないというだけで何とも落ち着かない気持ちになった。

記憶がなくなってから、彼と他の人と接している時間は特に大差ないのに、あの赤毛が視界に入っていないと急に心許なくなる。

「……不安?」

 同じ部屋で仕事をしていたゼファーが仕事の手を止めてイルに聞く。

イルは返答に困ったが、ゼファーの木漏れ日のような笑みにつられてコクリと素直に頷いた。

「ガヴィなら大丈夫。

 ただ、……思い返せば、君は故郷を出てから、ずっとガヴィと一緒にいたのだものね。そんな気持ちになるのは仕方ないよ」

 追われるように里を出て、最初に出会った頼れる大人が彼だったのだ。

元々何も考えずに周りに寄りかかることのできなかった彼女にとってみたら、初めて寄りかかれる大人だったに違いない。

ガヴィはあのような性格であるし、大人過ぎない所もよかったのだろう。

 無意識に、言いたい事を言って、それなりに甘えられていた。

 記憶どころか、彼までいなくなって、今のイルは一人小舟で大海原に放り出された気分なのだろうなとゼファーは思う。

ゼファーはイルの傍に行くと、目を合わせて手を取った。

「今君は独りぼっちの様な気持ちなんだろうね。 自分は覚えていないのに、周りは自分の事を知っている奇妙さもあるだろう。不安になるのは当然だ。

 ……だけどね、すぐにはそうは思えないだろうけれど、君の記憶がどうなろうと、君の周りにはいくつもの助けがある。私もいつも君の力になりたいと思っているよ。困ったときは言えばいい。声に出して、助けてと」


 きっと君を助けにいくから。私でなくとも、きっと誰かが。

 君を大切に思っている人が必ず。

 勇気を出して、言葉に、声にするんだよ。


 そう、優しく諭されて、ああ、この人もきっと私を大切に思ってくれていたんだなと思えた。

イルは小さく「うん」と答えた。


 ガヴィは、イルの不安がなくなるようにすると言っていた。

記憶が戻ったら、この不安は無くなるんだろうか。

 周りの人たちが自分を気遣ってくれているのも、ガヴィの気持ちも解かっていた。

皆が、自分の記憶を取り戻すために動いてくれている。

 記憶が戻るに越したことはない。けれどイルは記憶が戻る事よりも、あの赤毛が近くで揺れるのを早く見たいなと、何故か強く感じていた。


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