宇蘭と駆 その②
宇蘭と駆 その②
宇蘭が特に興味を示したのは恋愛映画だった。
これは洋画邦画問わず見続けていた。コメディタッチのくすりと笑えるものから、本格的なラブロマンス、史実に基づいた悲恋の作品なども余すことなく見尽くした。
そんな作品を見ては泣いたり笑ったり、喜怒哀楽は磨かれていく。そして、そのころから宇蘭は外にも出かけるようになっていた。
最初は博士と二人で近所の軽い散歩。慣れてくると駆や翼と。そして、さらに慣れたころには駆や翼の友達らに混ざっても違和感なく接することが出来るようになった。
そんな中、一つ博士の想定外のことがあった。
それは宇蘭の精神年齢だ。当初の想定では大体が十四、五歳のつもりだった。それが大幅に上昇しているようだったのだ。今や彼女の精神年齢は成人女性のそれと遜色ないものとなっている。
「翼も駆もお子様なんだもの」
宇蘭はよくそれを言うようになった。
十四、五歳の身体に大人の精神。そのちぐはぐなバランスを博士は危惧していた。しかし、それは杞憂に終わる。彼女という存在はそのギャップすら受け入れて成長を続けていた。
天馬兄弟や手塚博士も熱心に宇蘭の成長を支えたというのもある。そして、何より宇蘭自身がもっと知りたい、もっと成長したいと願うことで、身体と精神のバランスの乱れを超越して折り合いをつけることが出来たらしい。「宇蘭」という少女は、博士が開発したものの、もはやその想定を大きく超えてしまっていた。
◯
駆が高校生になったころ、思春期のせいか、バレーボールで大成しつつある翼への対抗心か、彼の生活は荒れ始めていた。
悪い仲間と連むようになり、帰りも遅くなり続けていく。両親も心配し始めていた。さらにその頃から博士の研究所へも顔を出さなくなっていたのだった。
宇蘭も「不良」、「グレる」などと概念は承知していたので特に疑問に思うことは無かったが、友達の駆が悪い仲間と連むことで怪我をするのは嫌だった。少なくても、そう感じていた。
「気に入らないわね」
宇蘭は駆の元へ会いにいくことにした。
──。
駆は放置されている廃品回収置き場に仲間たちと毎日たむろして自堕落な生活を送っていた。元々は機械やSF、オカルトなどが好きな大人しい少年だったのだが、身体が大きくなるにつれて心境にも変化が訪れた。部活に打ち込む姉の翼への負い目もある。負けたくないと思うあまりに道を踏み外し続けて今はそのぬかるみにはまってしまっているのだ。
「カケル、お前も飲めよ」
仲間の一人がコンビニで万引きしてきたビールの缶を差し出してきた。駆は受け取ると「おう」と強がって返事をした。
実は酒を飲むのは苦手だ。頭痛がして仕方ない。だが仲間うちでは強さの証明と男らしさを何より重要視される。ここで引くわけにはいかないのだった。
駆は缶ビールを口に近づけて宙を眺めた。空を見ながら飲めば少しは気がまぎれるかも。前に飲んだときは家に帰ってからげえげえと吐いて大変なことになったのだ。あれを思い出すと胃が痛い。
「まあ、どうでもいいか」
──翼に迷惑をかけなければ。
姉はバレーボールに全力で打ち込んで青春を謳歌している。その足を引っ張らなければいい。どうせならこのままバイクに跨って家出でもしようか。そして警察に捕まっていっそ自分が消えた方が家族のためにも良いのかも。
そう思って諦めかけた時だった。
空に何かの影が見えた。最初は大きな鳥かと思った。しかし駆は妙に気になって目を細めてみる。すると、その影は空から段々とこちらに近づいてくるではないか。
「マジかよ」
駆がそう呟いた時には既に、宇蘭が飛び込んできた。
駆は宇蘭を受け止めながら後ろ向きに吹き飛ばされた。仲間たちも一瞬で何かに突撃されて視界から消えた駆に困惑し、慌てて立ち上がった。
「迎えにきたわ」
「はあ?」
駆は頭を押さえながら、上体だけ何とか起こした。自分を抱きしめるように飛び込んできた宇蘭は胸に埋めていた顔を上げて駆と目を合わせる。
「なんだよ、宇蘭かよ」
「当然でしょ、空を飛べる女の子はこの街で私くらいよ」
「お前なあ」
なんだか笑えてきてしまった。
すると、駆の仲間たちも何事かと集まってくる。
「おい、カケル。今のなんだよ、その子は」
仲間のうち一人が聞くと、宇蘭は駆を離して起き上がり、シャツの汚れを手で叩いた。
「私は宇蘭、駆の親戚のお姉さんよ」
全員ぽかんとした。どう高く見積もっても宇蘭は精々が中学生くらいにしか見えなかった。それが高校生の駆のお姉さんだというのだから困惑される。
駆はため息をついて起き上がった。
「俺の親の、歳の離れた妹だ。爺ちゃんが元気なんだよ。だから家系図的には俺の姉さんみたいなもんだ」
駆は仲間内で誰よりも背が高かったので、その威圧感ある風貌で断言されると、確かにそうなのかもという気になってくる。
宇蘭が足のジェット機能を使って空を飛んで来たことは誰も触れなかった。というより理解が及ばなかった。
「帰るわよカケル」
宇蘭が駆を見上げた。その綺麗な瞳に思わず怯む。そうだった、初めて宇蘭を見た小学生のあの日を思い出した。なんて可愛い子なんだと、本気でそう思ったのだ。どうして忘れていたのだろう。
多分、俺の初恋は──。
駆は頭をかいてから、ああ、と答えた。困惑する仲間たちは置き去りにして宇蘭と共に研究所へ帰るのだった。
◯
研究所に久しぶりに足を運ぶと、すぐに宇蘭はお腹空いたわと文句を言い出した。空を飛ぶとエネルギーを消耗するらしい。駆にはその仕組みは分からないが、本人がそうだというのだからそうなのだろう。
冷蔵庫を漁って見つけた袋の焼きそばを作ってやることにした。
ダイニングテーブルに座り、駆と宇蘭は向かい合って焼きそばを食べていた。実に奇妙な時間だ。宇蘭も黙って食べている。
「なあ、宇蘭、どうして今日来たんだよ」
「最近、私に顔見せてくれないから」
「なんだそれ」
「だってそうでしょ、来ないなら私から行かないと。放っておくなんて酷いわ。私、友達少ないんだもの」
宇蘭のいじけたような言葉に駆は噴き出した。そうかそうか、寂しかったわけか。
「しょうがねえから、これからは一緒にいてやるよ。なるべくな」
「そうよ、そうしなさい」
宇蘭はふん、と鼻を鳴らした。
「あとカケル。料理の腕前はそこそこ良いようね」
「そいつはどうも」
駆は肩をすくめて返事をした。
初恋の相手はロボットだった、かもしれない。今も恋心があるかと聞かれればそれは分からない。しかし、嫌いなんてことは決してない。危なっかしくて寂しがりの彼女を守ってやらねば。純粋にそう思っている。
そんな彼女の「居場所」を作りたい。
駆は何かいい手がないかと考えてみることにした。
────宇蘭と翼 に続く。
純喫茶URAN 星野道雄 @star-lord
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