第7話
ついに来た孵化シーズン。ベビーが孵る。
産まれた稚ガメは明るい方向へ向かう性質がある。人工的な明かりは天敵だ。街頭や自販機の明かりの強い光に導かれ稚ガメは、海と逆に街に向ってしまう。稚ガメは月明かりを頼りに海へと向かうからだ。
そんな稚ガメを守るため、真と翼はその日、夜のパトロールに来ていた。
ときどきウミガメ見たさに、たちの悪い酔っ払いなどがいて、スマホのライトを照らし、稚ガメを撮影したりする。迷惑な彼らに注意しなくてはいけない。
「この前、稚ガメを捕まえようとしてた酔っ払いの腕をひねり上げたって聞いたわよ」
「弥生さん喋べちゃったんだぁ。あいつら弥生さんにもちょっかいかけようとしてたから」
「気をつけてよ。手を出した方が訴えられると弱いんだから」
ざざっと波が砂浜を洗う。
なんとなく、翼さんの言いように棘があるのを感じた。──っと。
「あっ」
翼は浜辺に向かって指を差した。
小さな稚ガメが手足をバタつかせ、懸命に土から這い出ているところだった。孵化が始まったのだ。
ざざ。
波の音が響く。産まれたばかりの稚ガメは海に向かって歩いていく。ボコボコとした砂浜は稚ガメにとっては障害物。
「あの子たちが、この島に帰って来るのは30年後か40年後かなぁ」
アオウミガメが成熟するのには30年から40年ほどかかる。
「ウミガメは1000匹ほどいる稚ガメの中で生き残って大人になれるのは、たった2頭から3頭ほどなのよ」
巣の中から次々と新たに稚ガメたちが土から顔を出した。
ひょこひょこと沢山の稚ガメが海に向かう。
1匹目の稚ガメが海に着水する。しかし、荒波に揉まれ、転がるように砂浜に打ちあげられた。
「こんな時だけどさ翼さん……いつかの返事聞いてもいい」
あちらこちらからも、稚ガメが海に向かっていた。
翼は一瞬、真に目を向けるが、居た堪れなくなり稚ガメに戻した。
「えっと、それって」
「告白の返事」
「まだ信じられない、子供の頃から思っててくれたなんて……他にもいたでしょう、可愛い子」
「そうだね」
真は真剣な面持ちになり、苦しげに遠い海の彼方を見やった。
「翼さんの身代わりに、いっぱい傷つけた子達がいるからね」
「えっ」
「俺ってば、結構モテるんだよ──でも、気がつけば翼さんの面影を追ってたから」
結局行き着く場所は翼さんの所だっだ。
どんなに似ていても彼女たちは翼さんじゃない。
そんなことに気がつくのに8年以上も掛かってしまった。だから追ってきた。
「ウミガメってさ、産まれた場所に帰って来るだろ。ウミガメの祖先ってさ、約1億2000万年前から生きてる……ほら、コロンビアで見つかった化石。デスマトケリス。それらも産まれた場所で産卵しに帰ってきたのかなぁー。不思議、なんで迷わないのだろうなぁ」
「磁場が関係してるじゃなかって言われてもいるわ」
「あぁ、ミトコンドリアの記憶がDMAに組み込まれてるってやつだね」
生命の営み。地球が誕生し、生命が誕生し、産まれ死んでいく世界。
真は掌を見つめ、己に流れる血潮を見つめた。潮騒のように騒ぎ立てる血流が、翼さんに触れるたびに踊りだす。真は真正面から翼を見つめた。
「翼さんか好きだよ」
「っ……」
薄暗闇にもわかるほど、翼さんは耳まで赤く染めた。
「聴かせて翼さん」
満月の中、沢山の稚ガメたちが海に着水した。
波に攫われ見えなくなる。海底では珊瑚がピンクの小さな卵を産む。オスダコがメスダコを見つけて後尾をする。恋をする。命の声が海から聴こえる気がした。
「好き」
消え入りそうな声で翼は答えた。真の心臓は五月蝿いほど鳴り響く。
黄色の満月が水面を照らし、魚がぱしゃりと跳ねた。
そっと真は翼の頬に触れて引き寄せた。
二人の影か月明かり照らされる。
ざざざ。
波が騒ぐ。
世界中の海が、ここで愛の歌を歌っている。
歌を聴かせて 甘月鈴音 @suzu96
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