第4話 君の名は!?

「せっかくなので、本番と同じように机でやりましょうか?」


 ひじき氏が後ろのテーブルを指差した。

 そうだな、と僕も同意する。

 娘は今回の大会方式での戦いを、一度も経験したことがなかった。

 つけ焼き刃ではあるが、少しでも実戦の経験を積んでおきたい。


 立ち上がったところで、小さな男の子を抱く男性の存在に気づいた。

 僕はある予感を覚え、男性に話しかける。

「もりおさん、ですか?」

「ええ、そうです。もしかして福岡の?」

彼こそは娘のチームメンバー、もりお氏と、その息子、はるき君だった。

 

チーム戦に出場するにあたり、娘には仲間がいなかった。

つまり娘はボッチだったのである。

せっかく広島に行くのだから、1戦でも多く戦いたかった。

そこで主催者である村山氏に協力してもらって、ボッチである娘をバンドのメンバーに加えてもらったのだ。

ちなみに当初は二人の娘さんが参加する予定だったが、前回の大会に参加し、自信を失くしてキターンしてしまったので、代わりにもりお氏と6歳のはるき君が参加することになったのだ。


僕らにとっては救いの神、命の恩人である。

小さな男の子を抱いていたので、すぐにピンときた。

こういったエピソードもあり、娘のチーム名は「結束オバケ」とした。


もりお氏と軽く雑談していると、テーブル席が空いた。


「せっかくなんで、このふたりと戦ってみてください」


 ひじき氏が先に席に座っていたふたりを紹介する。

 刹那、

 ぞくりと全身が粟立った。


 尋常ではないオーラが漂っている。

素人の僕でさえ、彼らから息が止まるほどの霊圧を感じた。

ただ者ではない。

直感が警鐘を鳴らしている。

 娘が小柄なせいか、そのふたりの男性は、あまりにも大きく見えた。


 彼らふたりとはるき氏、そして娘の四人が卓を囲み、臨戦態勢をとる。

 実際の大会では、カードは4隅から15枚ずつ配る。

 今回も同じように、テーブルの隅から、ひじき氏がカードをめくって置いた。


 刹那、地面が揺れた。


 僕は思わず、一歩後ずさっていた。


 何が起こったのか分からない。

 いや、脳が理解するのを拒否していたのだ。


 卓の上から該当のオブジェである緑の瓶が、消えていた。

 それは、娘の右側に座る巨漢の男性の手に握られていた。

 娘はまだ、手を伸ばす動作すら出来ていなかった。

 

 速い、なんてもんじゃない。

 動いたのが見えなかった。

 気がついたら、大地を揺るがす振動とともに、オブジェが奪われていたのだ。

 

 右側の男性はキャッチしたオブジェの瓶を、親指で弾いた。

 瓶はくるくると空中を回転し、何事もなかったかのように、元の場所に着地する。


「ふふん」


 その威風堂々とした雰囲気と余裕のある態度は、秦の怪鳥王騎を彷彿とさせた。

 いや、オブジェを取るその拳圧は、世紀末覇者のラオウですら凌駕していた。

 広島にはまだ、こんな化物がいたのか。

 ヤバすぎて、頭がフットーしちゃうよぉおおお!


 再び、ひじき氏がカードを置く。

 凄まじい拳圧で、右手の男性がオブジェをゲットする。

 またしても娘は一歩も動けなかった。


 再び、カードが置かれる。

 今度は娘も反応できた。


 だが……


「なん…だと?」


 驚きのあまり、思わずBLEACHが口から洩れてしまう。

 確かに娘が取ったはずのオブジェ。

 それはしかし、左手に座る男性に奪われていた。

 世紀末覇者とは別の男性。

 彼もまた、世紀末を生き抜いた強者だった。


 オブジェクトをキャッチする激しい音と振動が、しばらく室内を満たした。

 はるき君も予想外に善戦をみせる。

 並みの大人なら歯が立たないほどの逸材。

 だが……


 やがて冷酷な結果が突き付けられた。

娘は、惨敗していた。


左手の男性には辛うじて勝ったものの、世紀末覇者には、10枚以上の差をつけられての惨敗だった。

娘が負ける姿を、初めて見た。


(おいおい、この人。もしかして、魔王よりも強いんじゃないのか?)


 魔王ひじき氏は、今大会の優勝候補。

 そんな人物より、強い人間がいるのだろうか? いや、いるはずがない。(反語)


 ふと、僕の中にとある確信が過ぎった。


 そうだ。どうして気づかなかったのか?

 先入観が事実を捻じ曲げていた。


 魔王よりも強い人物。

 僕はその存在に心当たりがあった。

 いや、その人物を倒すためだけに、ここ広島までやって来たと言っても過言ではない。


 そうだ、この男性こそ…。

 いや、もう男性と呼ぶには失礼極まりないだろう。


 この少女こそ、広島最強にして霊長類最強のおばけキャッチャー、さわこちゃんなのだ!!!


「いや、ぜってぇ違うだろ」

 娘に速攻で否定された。

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