第3話 vs魔王


 広島での初勝負は、優勝候補の魔王ひじき氏とだった。

 彼女と一緒に居た女性のありた氏も加わり、3人での乱取りとなった。


 冷えたような緊張が走る。

 無敗の娘は、魔王相手にどこまで戦えるのか?


 僕が札をめくって、床に置く。

 刹那、ふたりが同時に動いた。


 バシュ!


 空気が唸る。

 ふたりの手は同時にオバケのオブジェに触れていた。

 互角……なのか?


「あ~、取られた。速いね」


 ひじき氏の科白で、わずかに娘の手が下になっていることに気づく。

 娘の刃が魔王にも届いたのだ。


 1枚先取できた。

 だが……


 対戦相手の手が娘の手に触れたのを見たのは、初めてのことだった。

 これまでの相手は誰もが、娘が取り去ったあとの何もない空間を虚しく触るだけだった。


 しかし、ひじき氏は違った。


(……強い)


 ここにも化物がいた。


 僕は2枚目のカードをめくる。

 再び、両者が同時に動く。

 今度も同時に触れたように見えた。

 

「よし!」


 だが、次に取ったのは、ひじき氏だった。

 マジか……

 僕は舌を巻く思いだった。

 まさか本当に娘から1枚取れる人間がいるとは思わっていなかったからだ。

 いや、人間ではないから、魔王なのか。


 カードをめくる。

両者が動く。

 娘がゲットすれば、次はひじき氏がゲットする。

 一進一退の攻防。

 ふたりの実力は互角に思えた。


 異変は、そのとき起こった。

 僕がカードをめくる。

 ひじき氏と娘が同時に反応する。


 しかし、そこに取るべきオブジェは存在していなかった。


「やっと1枚」


 ありた氏がほっとしたように呟く。

 オブジェは三人の中央に円形に並べられていた。ありた氏に一番近いオブジェは赤い椅子。

 それを誰よりも速く取っていた。


 ようやく1枚。

 だが人間を超えた化物たち相手に、それは文字通りの意味ではない。

 ふたりの化物が手を触れるより速く、オブジェを抜く能力。

 彼女もまた、化物のひとりだった。


 ひじき氏と娘が激しい取り合いをするなか、ありた氏も彼女の近くにある椅子だけは確実に死守していき、やがて戦いは終局を迎えた。

 

 カードをめくり、そこにある絵柄を瞬時に判断し、該当のオブジェに最初に触れたプレイヤーが、そのカードをゲットできる。

 つまり、ゲットしたカードの枚数が多いプレイヤーの勝ちなのだ。


 娘たちがゲットしたカードの枚数を数える。

 ありた氏も奮闘したが、ふたりより明らかに少ない。

 ひじき氏と娘のカード、ぱっと見ただけでは、どちらが多いか判別がつかなかった。


 どっちだ?

 どっちが勝ったんだ?


 先に声をあげたのは、ひじき氏だった。

「あ~、一枚足りない!」


 同時に娘もカウントを終える。

 ひじき氏24枚、娘は25枚だった。


 わずか1枚差。

 しかし、魔王を制した1枚。

激闘の末、娘は魔王を倒したのだった。


しかし、危うい勝利。

正直、広島を舐めていた。ここまで苦戦するとは思っていなかった。


それに…

(いつもより、若干遅い…のか?)


緊張のせいなのか遠征の影響か、娘の速度はわずかだが、いつもより遅かった。

(今のうちに体を慣らしておいたほうがいいな)。


そう判断し、僕はもう一戦、ひじき氏とありた氏に戦いを申し込んだ。

ふたりは快諾してくれ、再び白熱した戦いが始まった。

先ほどと同じように、ひじき氏と娘の僅差の攻防、そしてありた氏も確実の手前のオブジェをゲットしている。

やがて、二度目の戦いも終焉を迎えた。

先ほどと大差のない戦い…そんなふうに思えた。

しかし、


「あ~、大差で負けた! つよ~い!」

 魔王が断末魔の声をあげる。

 ひじき氏23枚に対し、娘は27枚を獲得していた。


 これが大差なのかは、はなはだ疑問ではあるとが、とりあえず、


(勝った…のか? 魔王相手に?)


 接戦とはいえ、優勝候補の魔王を下したのだ。

 娘の優勝もあながち夢ではない気がした。


 しかし、本当の悪夢はこれからだった。

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