第2話 魔王降臨


 広島でおばけキャッチの会場を捜していた僕たちは、マジで迷子になっていた。

 おばけキャッチの大会は2部構成で、最初がチーム戦、次が個人戦だ。

 チーム戦はABCリーグに分かれており、会場のスペースの都合で、BCリーグの参加者は別の場所で待機することになっていたのだが、その待機場所がわからなかった。

「おかしい。確かに添付された写真の場所はここなのに、どこにも入り口が無い……」

 住所も確認し、場所に間違いはなのだが、やはり待機場所を見つけられずにいた。


「ふふ、やはりそうか」

 娘がドヤ顔で言った。

「ルーキーは馬鹿正直だから、大抵これに引っかかる」


 いや、どっかのハンター試験かよ?

 到着するところから試験は始まってるとか、どんだけハードル高いんだよ、広島。


「おい、何をやっている!?」

 僕が壁の隙間に顔を突っ込んで不審な行動をとっていると、厳つい感じの初老の男が話しかけてきた。

「この人不審者です」

 娘が間髪入れず僕を売りやがった。

「いや、違うだろ! 実のパパを犯罪者にしないでくれ!」

「血のつながってないパパです」

「やめろ! それもガチで捕まるやつだから!」

 ほんと冗談でもやめてくれ。子供は嘘をつかないって世間は思っているんだからな!


「もしかしてあんたら、おばけキャッチの参加者か?」

「!??」

 僕は娘と目を合わせてから頷いた。

「やはりな……。待機場所はそこの階段を昇った先だ。気をつけな、魔王がいるぞ……」

「あの、あなたは……?」

「ふっ、俺はただの通行人さ」

 初老の男はそう言うと立ち去って行った。

彼とはその後も会うことはなかった。


つまりガチでただの通行人だったのだ。


……。

いや、ほんとマジでただの通行人だったんだよ!


ただの優しい無関係の通行人に教えてもらい、僕らはおばけキャッチの控室に到着した。

1DKの部屋。

右の小部屋を見てギョッとなる。

禍々しい雰囲気の男たちが、卓を囲んでじゃらじゃらと麻雀をしていた。


しまった! ここはヤクザの事務所か!?

よし、娘を囮にして逃げよう!


いや、違う。

僕はすぐに、その事実に気づいた。


卓の上にあったのは麻雀ではなく、おばけキャッチだったのだ。

ヤクザがおばけキャッチなんてするわけがない。

いや、するかもしれないけど、ここで言いたいのは、この場所がまさにおばけキャッチ広島大会の控室であるという事実だ。


奥の広い場所にも数人の参加者たちがいた。

誰もが禍々しい霊圧を放っていた。

当然ながら顔見知りは居ない。完全なるアウトロー。

緊張しないわけがなかった。


右手には参加者のためのものだろう、飲み物とおにぎりが「どうぞ、ご自由にお取りください」の張り紙とともに置いてある。

正面には巨大モニター。

そこには、今まさに激闘が行われている本会場の様子が映し出されていた。


画面越しにも強者たちの熱量が伝わってくる。

今日ここで、おばけキャッチの日本一が決定するのだ。


大画面の前は、見る人の邪魔をしないための配慮か、人のいないスペースが出来ていた。

居場所のない僕らは、誘われるように、そこに床に腰を下ろす。


「もしかして、福岡のバニラさんですか?」


不意に声をかけられた。

近くにいた二人組の女性、その片方が話しかけてくれたのだ。


ちなみにバニラとは娘のハンドルネームで、飼っているウサギの名前である。

「ええ、そうです」

 僕が答えると、女性はパンと手を叩いて、喜んだように言った。

「やっぱり! 私は『ひじき』と言います!」


「な!! なんですとぉおおおおお!!」

 僕は思わず大声を上げていた。

「うっせえよ、クソ眼鏡」

 娘に汚い口調で叱られてしまった。くすん。


 僕が驚いたのには理由がある。

 広島の大会を知るきっかけになった出来事。

娘が「おばけキャッチ札流し」で34秒の記録を打ち立てた直後、僕はそれをSNSに公開した。

 その反応の中で気になる文言を見つけたのだ。


「この子すげえ。さわことどっちが強いかな?」

「広島のさわこと同じくらいの強さかもしれない」


さわこ……だと?


向かうところ敵無しと思って上げた動画に、ライバルが出現した。

しかもその「さわこ」という人物は、娘と年も近いらしい。

どちらが強いか。

興味が湧かないはずがなかった。


そしてさわこの情報を調べていたときに、とある人物の存在を知った。


俺より強い奴に会いに行く。


その人物は、おばけキャッチの最も熱い場所に突如として出現し、腕に自信のあるおばけキャッチャーたちの自尊心を破壊的な強さで圧し折ってきた。

道場やぶりといえば聞こえはいいが、実際に行われていたのは一方的な虐殺であった。


故についた呼び名が「魔王」。

現世に降臨した本物の魔王である。


その魔王の名前こそ、「ひじき」だったのだ。

当然ながら、本大会の優勝候補だ。


「一緒にしませんか?」


 魔王は当たり前のように、娘を潰しにかかってきた。

 どうする?

 広島という異世界に転生して、最初の相手がラスボスの魔王。

 まるで漫画のようなシチュエーションだった。

 

 相手が魔王だとは知らない娘は、「え~、どうしよっかな」と呑気にニヤニヤしている。

 いや、相手は魔王だよ? アンゴルモアの大王より恐ろしいんだよ?

 パパはもう、おしっこチビちゃったよ。


 だが、ある意味僥倖かもしれなかった。

 どのみち全員倒す気で来たのだ。

 相手が魔王だとしても、倒すことには変わりない。

 それに娘の実力がどれほどのものか、早めに把握しておきたかった。


 「バッチ来いです!」


 こうして、魔王とボーパルバニーとのバトルが始まった。


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