八 像を彫りだす
父に薪の中に顔があるから彫りだしたいと説明した。
すると、父は愛用の特別な小刀を貸してくれた。小刀の刃は反りのない片刃で切り出しに使える。先端は平鑿のようになっていて、刃の角度は平鑿より鋭く、金槌でたたかなくても、手で押すだけで平鑿のようにつかえる。金槌を使わないから手をたたかなくてすむ。
板の間に作業用の板を敷き、その上にあの特別な薪をおいた。その手前に座り、脚に古着をかけて守り、じっと薪を見つめた。やっぱり薪の中に顔がある。身体もある。どうやって彫りだせばいいだろう・・・。薪の中に見えた顔のまわりを小刀で少しずつ削って彫りだすしかない・・・。
最初は顔のまわりだ。小刀の先端を薪の中に見えた頭の上に当て、少し押して薪が削れてめくりあがると、めくりあがった部分に上から小刀の先端を押しあて、鑿をつかうように押して切りとってゆく。
こうしたことを何度もくりかえし頭を彫りだし、顎の下も同じように彫りだした。
つぎに、小刀の先端をつかい、顔の窪みに見えるところを少しずつで彫ってゆく。
冬休みの仏像彫りみたいに急がなくていい。あの丸太は大きくてかんたんに持ち運びできなかったから、家族のじゃまにならないよう板の間の北側の窓際でしか作業できなかった。そこが作業するために使っていいといわれた場所だった。
今度の薪は大人の拳くらいの太さで六十センチくらいの長さだ。手を切ったり棘を刺さないよう、薪の表面の鋭いところを削ってなめらかにした。薪の汚れを濡れ雑巾でふいた。これで、茶の間の畳の上や布団の中など、まわりを傷つけたり、壊したりしないかぎり、どこででも作業できる。布団の中はやりすぎかな。薪を彫ったあとのかたづけはきちんとしておこう。
四日間かかって、板の間で薪から顔と頭を彫りだしたら身体が見えてきた。
身体も彫りだした姿は、仏像じゃなかった。二十センチくらいの、顔の長いモアイに似た姿だった。ぼくは像をモアイと呼ぶことにした。
彫りだしたモアイを見ても、父は何もいわなかった。木材用のニスがあるから塗っておくようにいい、ニスを塗るときの注意を話した。
天気の良い日、父の書斎の大きな机のはしに新聞紙をひろげて窓をあけ、ペンキ用のちいさな刷毛でモアイにニスを塗った。もちろん使った刷毛はシンナーで洗い、新聞紙はかたづけておいた。
モアイは仏像ではなかったけれど、顔は人のように、何か話しそうな感じがした。
父もそのことがわかったから、ニスを塗っておけといい、ぼくにモアイを保存させたかったのだと思う。その木彫りのモアイは、何年も実家のテレビ台に居座っている。
そのあとも、軒下の薪をかたづけていて、薪のなかに人の顔を見つけた。今度はモアイじゃなかった。もっと人らしい顔で、どこかで見たことのある感じがした。どこで見たか思いだせなかった。
時間をかけて彫りだしたら、アメリカ大陸先住民が出てきた。なんだか、うれしそうに笑っている。ぼくは先住民をぼくの部屋の本棚においた。
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