四 野次馬
翌日、丸太の仏像の首になる部分がくびれた。つぎに彫りこむのは仏像の合わせた手とそれにつづく腕だ。仏像は衣を着ているから、垂れた袖になる部分も残して彫りこまなければならない。鋸でひけるところは切りこみをいれて平鑿で彫りこみ、鋸をつかえないところは丸鑿で彫りこんだ。
今度は指をたたかないように注意したけど、やっぱり彫りこむところを見たまま金槌をふったら、鑿をにぎった左手の指をたたいてしまった。
あまりの痛さに手袋を外して指を見た。昨日何度もたたいて赤く腫れた人差指が、今日は赤紫に腫れていた。指の骨はだいじょうぶみたいだ。
こうしてなんども指をたたくのは、金槌でたたく鑿の柄の位置をまちがえるからだ。
学習していないぞ、父はきっとそう思っている。口に出さないけれど・・・。
玄関の外で音がして引き戸があいた。我家の分家の婆ちゃんが入ってきた。朝飯がすんで二時間くらいしたころだから、うちの祖母を相手にお茶を飲みに来たなと思っていたら、板の間にあがって、
「お焼きを焼いたから、じろちゃんに食わせてくれ」
持ってきた包みを母にわたした。
母は婆ちゃんを茶の間に通し、祖母を呼んだ。
「じろちゃんは、何してるん?」
茶の間から婆ちゃんの声がする。祖母が、
「木彫りださ」
と答えている。
分家の婆ちゃんは、昨日の朝からカンカン音がするから見にきたと説明している。
我家と婆ちゃんの家は五十メートル以上離れている。あいだにあるのは我家の田んぼだけだ。鑿をたたく金槌の音が聞えていたらしい。
しばらくすると祖母の従妹の婆ちゃんが我家に現れた。この婆ちゃんの家までは、我家の田んぼと畑をへだてて百メートルくらい離れている。最初に来た婆ちゃんと連絡して、我家のカンカンという音を確かめに来たらしいと母がこっそりぼくに話した。
板の間と茶の間はガラス窓がついた雪見障子でしきられている。婆ちゃんたちと祖母の声は板の間によく聞える。気がちるとまた鑿を握る手を金槌でたたくので、仏像彫りをやめた。父からいわれたとおり、衣類についた木くずをはらって、削った木くずとともにチリトリに集め、道具を一か所に集めた。
母が縫い物をする中の間のコタツの向いに入り、空想科学小説を読んだ。主人公が、シベリアの永久凍土に埋もれたマンモスの発掘現場へ行き、マンモスが生きている世界へタイムスリップする話だ。
朝から仏像彫りをしていたぼくは、いつのまにか眠っていた。そして、円空の仏像を夢に見ていた。夢の中で、ぼくは円空の仏像に何を感じていたか気づいた。
近所の庚申塔の地蔵さんや寺の仏像は、みな、整った顔で同じ感じしかしない。
ぼくがテレビで見た円空の仏像は、一つ一つがちがう顔で、みな、独特のおだやかなやさしい感じがした。庚申塔の地蔵さんや寺の仏像にくらべ、円空の仏像は荒削りの顔をしていて顔がみんなちがうけど、みんな生きていて、独特のおだやかなやさしい感じがするのだ。
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