シーン29 [????]
ホアンさんが語るには、そもそも破滅派の設立経緯は、ある新人作家が新人賞を受賞したものの、編集者の気まぐれで単行本化されなかったことから始まっている。これ自体は出版業界においてはありがちな不運として片付けられるような事であったが、一人の作家にそれが二度も起こるとなると話が変わってくる。のちに破滅派の代表となる、もはや新人ではなくなった作家は考えた。自分で出版社を作ろう、と。
設立にあたっての理念として「我が道を行き過ぎる人たちの、風変わりすぎて商業ベースに乗らない変わった作品を提示する」「わざわざお金を出してありきたりなものを読んでも仕方ないという客をターゲットにする」ということを掲げた。この理念に共感して集まってきたメンバーの中に、ホアンさんや父さんがいたのだ。
「破滅派に集まってきた方はクセ者揃いでしたが、実力は確かな作家ばかりでした」とホアンさんは言う。
ホアンさんが語るには破滅派の代表者は非常に有能な人物だった。商流を理解し、パートナーを集め(印刷会社、取次、金融機関、配送業者など出版社の外のパートナーに協力してもらわないと商売にならないのが出版社というものなのだ)そしてその過程をすべてネットに公開した。「出版社ができた」という報告よりも「出版社ができていく」というストーリーの方が人々の関心を集めるということがわかっていたのだ。
その後、破滅派の代表者はプログラマとして生計を立てていたのもあって、小説投稿サイトを自作する。また、破滅派の投稿サイトでは投稿済みの作品を電子書籍化して、大手ショッピングサイトで販売できるような仕組みも作った。インターネット上の活動だけではなく、文学フリーマーケットなどのオフラインイベントにも参加し、地道な活動も行った。
「お話を総合すると、非常にやり手の人物に聞こえます。勢いのある団体だったんですね」
ぼくはそれまで聞いたことをまとめる。
「ただ、破滅派は商業出版社ではありましたが、儲かるかどうかが度外視されたような企画を、代表者自らやっていました。2021年だけで700万円以上破滅派に注ぎ込んだとか言ってましたね。我那覇さんは商業出版された本はなく、年二回の東京文フリで出す雑誌に原稿を送っていた形です」
「その雑誌に載せてもらう場合、どのくらいお金を払う必要があったんですか? ページ数あたりいくらとか決まっていたのですか?」
「基本タダです。原稿料もない代わりに、費用もない。執筆者は献本二冊もらって、それだけです。いわゆるアマチュア同人ではよくある形態です。雑誌を手に取った人たちからそのうち人気が出れば、単行本を書いたり、電子書籍を作ったりという形になります」
「売上部数は……?」
「文フリ一日で70部から100部の間ですね。その後ネット通販で三年かけて100部くらい。最初に300部刷っているので、残り100は次回以降の文フリの時にバックナンバーとして置いて売ってると捌けます」
なるほど。思ったよりは部数が出ている。
しかしそれなら、父さんの小説を読み、あのテロと結びつける人がいてもよさそうなものだが……
ぼくはその疑問を口にした。
「これは文フリあるあるなんですが、文フリではイベントの熱に浮かされて買ったはいいけど読んでないってことが無茶苦茶あるんですよ」
とホアンさんが言う。
「わかりました。イベントで買った人の半分は読まないとしましょう。それでも200割る2で100ですよ。100人いれば気づくんじゃないですかね」
ぼくの言葉にホアンさんは顔を曇らせる。
「複数の作者の短編が載るこの本の形態をアンソロジーというんですけど、その場合だと目当ての作者以外のお話は読まないってこともよくあります。我那覇さん目当てって人は俺は知らないなぁ……いや、いい話を書くと俺は思ってますよ」
今日まで父さんの作品を読んでいなかったホアンさんがなんのフォローにもならないことを言う。ホアンさんはぼくよりふたまわりは歳上に見えるが、言動に隙があり過ぎて調子が狂う。
「ではそれで5分の1して、20人。それなりに気づかれてもおかしくない数字ですよ」
ぼくは自分でも雑だなと思う推計を語る。
「でもテロが起きた時は本が出て6年経ってますから……忘れてたんじゃないかな」
「つまりは、そもそもほとんど読まれてなかった&忘れたから誰もこの本とテロの繋がりに気づかなかった、というのがホアンさんの推理ですか?」
「まぁそうですね。俺たちの本に影響力がなかったことを認めるようで、不本意ではありますが……あ、でも我那覇さんの作品だけ読まれてない可能性も……あ、たまたまね。偶然我那覇さんの作品だけ読まれてなかった説を俺は取ります」
ホアンさんは慌てながら言った。
どうなのだろう。そういうこともあるのかも知れないが……。テロの実行犯である山崎はそれまでに犯罪歴もなく、勤務態度は真面目だった。実行すれば確実に死が訪れるテロにも関わらず、山崎は遺書や声明のようなものも残さなかった。だから山崎の動機は長い間多くの人の間で謎だった。
謎があれば勝手な推測を言ってしまうのが人間だ。イギリスのジャーナリストによる取材によって一応の決着を見るまで、多くの人々が山崎の動機について自分の考えを語ってきた。その多くの人が語る言葉の中に、父さんの物語を読んだ人の言葉は含まれなかった。
そんなことがあるだろうか……。
突然、一つのアイディアが閃いた。
「ホアンさんが保有している破滅派23号を見せてください!」
ぼくの勢いに戸惑いながらホアンさんは自分のリュックから破滅派の冊子を取り出す。ぼくはホアンさんから受け取ったそれと、自分が持ってきた冊子の同じ号を左右に並べてページをめくっていく。
ぼくのところに届いた父の遺品だけに、テロについての詳細が書かれているのではと思ったのだ。
……だが、両者を見比べて見ても一向に違いはなかった。
「こっちも空振りです。違いはないです」
途中から手分けして別の号の確認してくれたホアンさんも、肩をすくめている。ぼくはホアンさんの確認した冊子を受け取り、念のため確認するが、違いはなかった。
「ダメか」
ぼくはため息をついて天井を仰ぐ。ええと、もしぼくのところに送られてきたものだけが特別だった場合、何が変わるのか? それは日本の遺品送付をシステム化している会社だったり、そもそも冊子を残した父さんの意図だったりが、より重要になってくるわけだが……実際にはまったく同じ冊子だったわけで……。
考えても仕方ないことを頭が勝手に考えてしまう。ぼくは自分の疲れを自覚した。
「それじゃ」とホアンさんが言う。「今日は帰ります。問題なければ明日のお昼にここに来ます」
ぼくはホアンさんに礼を言う。
ぼくがやることリストを共有しようと言うと、彼がまとめてくれた。
「明日の昼までにショッピングサイトの顧客名簿を見ておきます。ノートパソコンにデータをコピーしてくるので、色々な探し方もトライできるようにしておきます」
ぼくはホアンさんに礼を言うと、念のためと言って付け加えた。
「このことは他言無用でお願いします。山崎に恨みを持つ人は多いです。あの事件にどんな形であれ関わっている可能性があるというだけで、憎しみを向けられる対象になってもおかしくありませんから」
ホアンさんは頷いた。
「そうですね。破滅派にもその憎しみが向くでしょうし。俺も誰にも話しません」
ホテルの入り口までホアンさんを送ると、ぼくは疲れでフラフラしながら部屋に戻った。
ぼくはシャワーを浴びてから寝よう、と思いながらベッドに腰掛け、気づいたらそのまま眠ってしまった。
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