シーン24 [????]

 テロの実行犯の名前は山崎直哉と言われている。と言われている、という言い方をするのは、警察もドローンによる調査しかできていないためだ。工場の敷地は放射線の影響が強く、未だ人間が立ち入って調査することはできないのだ。テロ当日、その場に居た工場のスタッフ、警備員、駆けつけた消防隊員、そのすべては急性放射線障害で三週間以内に亡くなっている。警察による調査が始まったのは火災が収まり、その後北海道と青森全域に避難指示が出されたあとだと言われている。

 警察は複数のドローンで現場を撮影し、燃え残った大型車両から焼けた犯人のDNAを採取した。車のナンバープレートから山崎直哉の名前が浮上し、DNAや焼け残った遺体も山崎の特徴と一致した。

 人類史上類を見ないほどの惨禍を引き起こした山崎の名は世界中に知れ渡った。日本人を差別する際の蔑称として[ヤマザキ]が用いられることさえある。

 山崎について書かれた本はぼくも一冊読んだ。福島県に生まれた山崎は、2011年の東日本大震災で被災する。この時十歳。その後大学進学を機に都内に上京し、卒業後は四年ほど都内でサラリーマンをやったあと、福島に戻って運送の仕事をしていた。テロに使われた大型車両も仕事で使っているもので、テロの当日、2030年の3月11日の月曜日の未明に職場から盗んだものだ。

 勤務態度は真面目。職場の人間関係も良好。

 山崎について書かれた本では、警察は動機らしいものを見つけられなかったと書いている。しかしこの本の筆者は取材を続け、山崎の既往歴に行き当たる。そして山崎が十五歳の時、甲状腺がんを発症して手術を受けていることを知ると、それが動機だろうと結論づけた。14年も前の甲状腺がんが原因だったと言ったわけではない。甲状腺がんを取り巻く社会的な問題こそが原因となったのだろうと。山崎は東日本大震災による福島第一原発の事故により被曝し、その後毎年の甲状腺検査によってがんを発見され、一年ほど経過観察ののちに手術して甲状腺を取り除いている。このこどもの甲状腺がんの原因について、被曝によるものか、過剰検査によるものかの議論が巻き起こるのはそれから五年後のことだ。今では世界保健機構の公式な見解として、こどもの甲状腺の検査については過剰診断が懸念されるため検査すべきではないとされている。山崎はこうした知見が貯まるまでの過渡期に手術した例だ。

 本の筆者は山崎の起こしたテロについて断じて許されるものではないとしながらも、被曝だけでなく、被曝後のある種の医療過誤まで背負わされたことについては同情的だった。甲状腺を切除した影響は常に山崎を蝕み、山崎の苦しみにまるで関心を寄せなかった社会に対する恨みを募らせていったのだろうと。山崎の起こしたテロにより世界中に放射性物質はばら撒かれ、多くの健康被害が起きている。この現状は、少年だった頃の山崎と同じ苦しみを全人類が味わっているのだと。それこそが山崎の望みであったのだろうと、その本は締めくくっている。

 その本は山崎の動機を明らかにした、とセンセーショナルに宣伝され、今では山崎に関するWikiなどにも必ず記されている。

 父さんの小説では、Y先生のテロを未然に防ぐためにテロの計画を物語にして出版するという、型破りなやり方をしている。そこで書かれた言わば作中作では、山崎とほぼ同じ背景を持つ人物がほぼ同じ手口でテロを起こしている。

 偶然の一致と呼ぶには一致点が多すぎる。

 今、ぼくが考えられる可能性は三つ。

 ①父さんは山崎のテロに何か関係していた。

 ②山崎はどこかで父さんの小説を読み、影響を受けてテロを起こした。

 ③六ヶ所村へのテロは誰でも思いつくありふれたエンタメの素材で、手口もなるべく容易に手に入るものを利用したに過ぎない。テロの方法だけでなく、テロを実行するに至る動機を持つ人物像までもが一致したことも偶然だが、そこまで強い動機がある人物の背景が一致するのはある種の必然であった。


 ①が最悪の予想で、②でもかなり悪い。

 他人が父さんの小説の存在に気づいたら、ぼくに危害が及ぶ可能性は否定できない。あのテロで亡くなった人の数、影響を受けて変わってしまった世界、今もなお見かけるむき出しの差別意識を考えると、無事でいられる可能性は低いだろう。

 ③は……そんな能天気な結末だったらいいなというただの願望だ。

「何をやってんだよ……父さん……」

 モニタから取り外したゲーム機を見ながら、ぼくは一人呟いていた。

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