シーン25 [????]過ぎ去った思い出がぼくを苦しめる
破滅派と連絡を取って調べることにした。
父さんがあの事件になんらかの関わりがあったとして、その繋がりがこの本であるならば、破滅派もある種の共犯関係にある。
無関係な人がこの本の内容を読めば、あの事件との関連を考え、警察などに連絡するかも知れない。そして警察が調査を開始すれば調査の過程で父さんとぼくに辿り着き、調査の結果がどうであってもぼくの生活が破壊される可能性は高い。
その点、破滅派のメンバーに連絡を取るのはリスクが低いと考えた。彼らは自分たちが出版した本の内容と事件の関連性に気づいているはずだ。だからこそ、今まで警察に通報していないのだろう。捜査が始まれば、出版に関わった彼らの人生も破壊されかねない。つまりぼくと破滅派は、この件について同じ立場に立たされているのだ。
インターネット上を調べてみたが破滅派は代表者が亡くなったことで2032年で活動を終えている。当時存在していた破滅派の小説のアップロードサイトなども2040年の今では稼働していないようだ。どこかに残党が残っていないかと破滅派23号、24号に寄稿している著者の名前で検索しても、まったくヒットしない。筆名を変えたのだろうか。各著者の連絡先を見ると、SNSのアカウントだけを記載しているメンバーが多かった。しかしそれらの大手SNSは現在ではサービスを終了しており、連絡する手段がない。かろうじてJuan.Bという著者のメールアドレスだけが載っていた。ぼくはフリーメールアドレスを取得して、文面を考える。
自分は破滅派にいた我那覇キヨの息子であること。父は亡くなったが、父が書いた作品が破滅派の冊子に載っていた事実を最近知ったこと。父の作品が載った号があるなら、それを譲って欲しいことを書いた。
Juan.Bが父さんとどのような関係であったかはわからないが、メールが届けば返信くらいはしてくれるかも知れない。
メールを出す直前までぼくは迷った。
父さんの小説を読んだ率直な感想としては、父さんがあの事件と無関係とは言い難いように思う。だからあの本の存在が、ある日突然ぼくの生活を破壊する可能性は高い。しかしこれまでぼくや父さんが平穏に暮らせていたことを考えると、あの本を知る者はそれほど多くないのだろうとも思える。アップロードサイトももはやないし、紙の本もそれほど発行部数が無いのではあるまいか。
ぼくが下手に動くことで、父さんとあの事件の繋がりが発見されてしまうリスクはあるように思う。だから、一つの選択肢として、今すぐ本を処分して何も見なかったフリをするという手はある。これまでのように、あの本に書かれていることに誰かが気づいたりしなければよいのだ。
だけど……
ぼくは父さんが残した写真を見る。家族で旅行に行った時の写真、公園でボール遊びしているこどもの頃のぼくと父さん、母さん。残されたゲーム機を見てコントローラーに触れる。ふざけて冗談ばかり言っていた父さん。対戦ゲームで、ズルいワザばかり出してズルキヨと友だちから言われていた父さん。理想の父親でした、とは言わない。でも、ぼくは少年時代をこの人と過ごして来たんだ。
過ぎ去った思い出がぼくを苦しめる。
ぼくは知りたい。今ぼくが生きている世界の責任が父さんにあるのかを。
本のことを忘れようと生きるのなら、必然的に父さんのことも思い出さないようにするしかないだろう。苦しさは時間と共に薄れるかも知れないが、たぶんずっと消えない。
でも、自分の気が済むまで調べ尽くせば何か違った場所に辿り着くかも知れない。調べ尽くした先に、絶望が待っている可能性もあるけれど。
それでも、ぼくは知りたいと思ったのだ。
だって想像してみてくれ。この上、思い出まで失ってしまったら、ぼくはどう生きればいいんだ。
ぼくはメールの送信ボタンを押した。
Juan.Bからの返信が来たのはそれから三日後のことだった。
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