シーン16 [アオシマ]

『亡霊の注文』が発表されて一ヶ月が経った頃のことだった。

 それまでまったく連絡がつかなかった我那覇さんから電話がかかってきた。訴状の件だなと思い、ぼくはアプリで録音機能をオンにして電話をとった。

「お久しぶりです。我那覇さん」

「お久しぶりです。アオシマくん。明日、そちらに伺ってお話をしたいのですが、お時間の都合をつけていただけないでしょうか」

 来た。これから始まる戦いに身が引き締まるのを感じながら、ぼくは電話に応えた。

 民事裁判の簡単な流れはこうだ。

 ①原告が訴状を裁判所に提出する。

 ②裁判所が訴状を受け付ける。

 ③被告へと訴状が送付される。

 ④口頭弁論期日が指定され、裁判所から被告側の答弁書の提出が求められる。

 ⑤裁判所で審理を行う。

 今は③と④の間で、裁判モノのドラマなどでお馴染みのシーンである口頭弁論や証人尋問などはこの⑤にあたる。

 原告であるぼくは、『亡霊の注文』に書かれていることに虚偽記載があり、それがぼくの名誉を傷つけるものであるため『亡霊の注文』の出版の差し止めを要求した。また、訴状を裁判所に提出した時点で、記者会見も行なった。

 あくまで原告はぼくだが、記者会見の会場に出版社の応接室を使わせてもらったため、会社ぐるみで訴えを行なっていることは、見る人が見れば伝わるようになっている。

 記者会見の様子は動画で公開し、テレビのニュースでも取り上げられたりした。ネットニュースなどでは大炎上といったところだ。

 元々、『亡霊の注文』の出版によって大スキャンダルとなっていたところに訴訟を行ったのだから、世間の反応はすさまじいものだった。遠慮のない好奇の目が、毎日ぼくを襲っていた。

 ぼくの読み通りならば、明日は裁判を長引かせるための相談になる。こちらの弁護士は同席させない方が良いだろうか。いや、編集長とツーカーの仲の弁護士だ、同席してもらえば良い知恵を授けてくれるかも知れない。

 我那覇さんのアポイントメントの時間に、応接室の予約を入力しながらぼくはそんなことを考えていた。

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